ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第51帖 浮舟 / 第14場面

文の応酬と浮舟の苦悩

あらすじ・人物・読み方

帰京した匂宮の文がしきりに届き、浮舟は薫の文への返事にも苦しみ、手習に思いを紛らわせる。

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このようなお帰りは、やはり二条においでになる。たいそうお悩みになって、物など絶えてお召し上がりにならず、日を経て青ざめ痩せなさって、お様子も変わるのを、内裏にもどこにも、お思い嘆くのに、ますます物騒がしくて、

お手紙さえ細かにはお書きにならない。あちらにも、あの賢い乳母が、娘の子を産む所に出ていたのが、帰って来たので、心安くも会えない。

このような不思議な住まいを、ただあの殿のおもてなしになる様子をゆかしく待つことにして、母君も思い慰めていたところ、忍んだ様子のままでも、近くお渡しになることをお心に決めたので、

たいそう見苦しくなく嬉しいはずのことに思って、だんだん人を頼み、童の見苦しくないのなどを迎えにやらせなさる。自分の心にも、「それこそは、あるべきことに、初めから待ち通した」とは思いながら、強引な人のことを思い出すと、恨みなさった様子、おっしゃったことどもが、

面影にぴったり添って、少しうとうとすると、夢にお見えになりながら、たいそう辛いまで覚える。雨が降り止むまで、日頃が多くなる頃、ますます山路をお思い絶えて、無体にお思いになるので、「親の孝行は窮屈なものだ」とお思いになるのも畏れ多い。

尽きないことどもをお書きになって、眺めるあなたの方の雲も見えないほど、空まで暮れてしまう頃のわびしさよ。筆に任せて書き乱しなさったのも、見所があり、趣深い。特にたいそう重くなどはない若い心地に、

「たいそうこのような心は思いも増すだろうけれど、初めから契りなさった様子も、さすがに、あの方は、やはり物深く、人柄の素晴らしいことなども、世の中を知り始めたからだろうか、

このような辛いことを聞きつけて、お思い疎みになる世では、どうしていられようか。いつかとお思い惑う親にも、思いがけず、心が付かないと、持て煩わされるだろう。

こんなに心焦がれなさる人は、また、たいそう浮気なご心の本性だと聞いていたので、こんなほどこそあるだろう、またこうしながらも、京にも隠し据えなさって、生き長らえてもお思い数えになるにつけても、

あの方(中の君)がお思いになること。万事隠れのない世なので、不思議だった夕暮れの案内ばかりにさえ、こうして尋ね出しなさるらしい。まして、私の有様がどうにあろうと、お聞きにならないはずがあろうか」

と思い辿るのに、「私の心も、傷があって、あの人に疎まれ申し上げるのは、やはり大変だろう」と思い乱れる折しも、あの殿からお使いがある。

あれこれと見るのもたいそう辛いので、やはり言葉の多かったのを見ながら、臥していらっしゃると、侍従、右近が、顔を見合わせて、「やはり、移ってしまった」などと、言わないように言う。

「もっともだな。殿のお容貌を、比類がおいでになるまいと見たけれど、このお有様は大変だった。打ち乱れなさった愛敬よ。私だったら、これほどのお思いを見ながら、こうしてはいられない。后の宮にも参って、いつも拝見していよう」

と言う。右近が、「後ろめたくないお心のほどだな。殿のお有様にまさりなさる人は、誰がいようか。容貌などは知らない、お心構えや気配などが。

やはり、このことは、たいそう見苦しい業だな。どうお成りになるのだろう」と、二人で語らう。心一つに思っていた時よりは、虚言も伝手が出て来た。

後のお手紙には、「思いながら日頃になっていること。時々は、それより驚かれなさるのが、思う様子なのでしょう。並々なのでしょうか」などと、端書きに、

水かさの増す遠い里の人はどうしているでしょう。晴れない長雨にかき暮らす頃です。いつもより、思いやり申し上げることが増して」と、白い色紙で立文である。お手も細かく趣深くはないけれど、書き様が由々しく見える。

宮は、たいそう多いのを、小さく結びなさったのが、さまざま趣がある。「まず、あれを、人の見ないうちに」と申し上げる。「今日は、申し上げられない」

と恥じらって、手習いに、里の名をわが身に知るにつけ、山城の宇治のあたりはますます住み憂く思われます。宮がお描きになった絵を、時々見て泣かれた。「生き長らえてはならないことだ」と、あれこれ思いなすけれど、外に絶え籠もって止んでしまうのは、たいそうあわれに思われるだろう。

かき暮らして晴れない峰の雨雲に浮かんで世を送るこの身を、いっそ無くしてしまいたい。混じったならば」と申し上げたのを、宮は、よよとお泣きになる。「そうはいっても、恋しいと思うだろう」とお思いやるのにも、物思いしていらっしゃる様子だけが面影に見えなさる。

真面目な人は、のどかにご覧になりながら、「あわれ、どう眺めているだろう」と思いやって、たいそう恋しい。

つれづれと身にしみる雨が小止みもないので、袖までますます濡れまさっています。とあるのを、置きもせずご覧になる。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第51冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。