ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第51帖 浮舟 / 第19場面

末の松の歌

あらすじ・人物・読み方

薫は浮舟に文を送るが、浮舟は所違いとして返してしまう。薫はその態度にほほ笑みながらも、思いを断ち切れない。

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浮舟・第19場面0 / 36
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道すがら、「やはり、たいそう恐ろしく、隈なくおいでになる宮だな。どんな機会に、そのような人がいるとお聞きになったのだろう。どうやって言い寄りなさったのだろう。

田舎びた辺りで、このような筋の紛れは、あるはずがない、と思っていたのが幼かった。それにしても、知らない辺りにこそ、そのような好き事をおっしゃるだろうに、昔から隔てなくて、不思議なまで案内して、連れ歩き申し上げた身にまで、後ろめたくお思い寄りなさるはずがあろうか」

と思うと、たいそう心が付かない。「対の御方のことを、大変にお思いながら、年頃を過ごすのは、私の心の重さが、格別だった。それは、それは、今初めて様子の悪くなるはずのほどではない。

もとからの伝手にもよるのを、ただ心のうちに隈があるのが、私のためにも苦しいはずなので、思い憚るのも愚かな業だった。この頃こんなに悩ましくなさって、いつもより人の多い紛れに、どうして遥々と書き遣わしなさるのだろう。おいでになり始めたのだろう。

たいそう遥かな懸想の道だな。不思議で、おいでになる所を尋ねられなさる日もある、と聞こえたなあ。そのようなことに思い乱れて、とりとめなくお悩みになるのだろう。昔をお思い出すのにも、おいでになれなかったほどの嘆き、たいそう気の毒だったなあ」

と、つくづくと思うと、女がひどく物思いした様子だったのも、片端をお心得始めなさっては、万事お思い合わせると、たいそう辛い。「稀なものは、人の心にもあるものだな。可愛らしくおっとりしていると見えながら、色めいた方面は添っている人だな。

この宮のお具としては、たいそうよい間柄だ」と思い譲りもできそうで、退く心地がなさるけれど、「大切に思い始めなさった人ならばこそあるだろう、やはりそういうものとして置いたら。今はと言って見ないのは、また、恋しいだろう」

と人悪く、色々心の内にお思いになる。「私が、すさまじく思い成って、捨て置いたら、必ず、あの宮が、呼び取りなさるだろう。人のため、後の気の毒さをも、特に辿りなさるはずがない。そのようにお思いになる人こそ、一品宮の御方に人を、二人、三人差し上げなさったそうだ。

そうして、ご出発になったのを見聞きするのは、気の毒で」など、やはり捨てがたく、様子を見たくて、お文を遣わす。いつもの随身を召して、お手ずから人気のない所に召し寄せた。

「道定朝臣は、やはり仲信の家に通っているのか」「そうです」と申す。「宇治へは、いつもこの男を遣わすのだろうか。微かにしている人なので、道定も思い隠すだろうな」

と、少し呻きなさって、「人に見られないように行け。愚かだ」とおっしゃる。畏まって、少輔がいつもこの殿のことを案内し、あちらのことを問うたのも思い合わせるけれど、物慣れて申し出ることができない。

君も、「下衆に詳しくは知らせるまい」とお思いになるので、お問わせにならない。あちらでは、お使いがいつもより頻繁なにつけても、物思うことがさまざまである。ただこのようにおっしゃっている。

波が越える頃とも知らず、末の松のように、ただ待っているだろうと思い続けていました。人に笑わせなさいますな」とあるのを、たいそう不思議に思うと、胸が塞がった。お返事を心得顔に申し上げるのもたいそうはばかられ、間違いであろうも不思議なので、お文はもとのようにして、

「所違いのように見えますので。不思議に悩ましくて、何事も」と書き添えて差し上げた。ご覧になって、「さすがに、ひどくもしたな。少しも見及ばない心構えだ」

とほほ笑まれなさるのも、憎いとは、お思い果たせないようだ。

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底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第51冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。