第54帖 夢浮橋 / 第3場面
小君に文を託す
あらすじ・人物・読み方
薫は小野行きを願うが僧都に日延べされ、せめてと浮舟の弟の童を呼び出し、その人とは名指ししない言伝ての文を託す。帰り際、僧都は童を褒め、ほのめかしを頼む。
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などと〔僧都が〕おっしゃって、さて、
「たいそう不都合な案内役とお思いでしょうとも、あの坂本〔小野〕にお下りください。これほど聞いて、いい加減に思い過ごせそうには思えなかったお方なのですから、夢のようなことどもも、今になって語り合わせたい、と思っております」
とおっしゃる様子を、〔僧都は〕たいそう心打たれることと思いなさったので、
「姿を変え、世を背いたと見えたけれど、髪や鬚を剃った法師でさえ、妙な心は失せないこともあるという。まして、女のお身の上はどうであろうか。お気の毒に、罪を得るようなことにもなりかねないな」
と、〔僧都は〕つまらなく心が乱れてしまった。
「〔小野へ〕下りますことは、今日明日は差し支えがございます。月が改まる頃に、ご消息を申し上げさせましょう」
と〔僧都は〕申し上げなさる。〔薫は〕たいそう心もとなく思うけれど、「どうか、どうか」と、しきりに急き立てられなさるのも、体裁が悪いので、「それでは」と言って、お帰りになる。
あの〔浮舟の〕御弟の童が、〔僧都の〕お供に連れられていらしていた。異母兄弟どもよりは、容姿も清らかなのを、〔薫は〕呼び出しなさって、
「この子が、その人の近い縁の者ですから、この子にどうにか〔文を〕持たせましょう。ご文を一行お与えください。その人とは名指しせず、ただ、尋ね申し上げる者がある、とだけの心をお知らせください」
とおっしゃると、
「私は、この案内役では、きっと罪を得てしまいましょう。事の次第は、詳しく取り次いで申しました。今は、ご自身でお立ち寄りなさって、しかるべきことはなさいますのに、何の咎がありましょう」
と〔僧都が〕申し上げなさると、〔薫は〕微笑んで、
「罪を得るような案内役と見なしなさるらしいことが、恥ずかしい。こちらは、俗人の姿のままで、今まで過ごしていることがたいそう不思議なくらいです。
幼かった頃より、〔仏道を〕思う志が深くございますのを、三条の宮〔女三の宮〕が、心細げで、頼りなさそうな身一つを頼りに思いなさったのが、避けがたい絆に思えまして、関わり合っておりましたうちに、自然と位などということも高くなり、身の処し方も心に適いがたくなどして、思いながら過ごしておりますうちには、また避けられないことも、数ばかり増えつつ過ごしてはおりますが、公私ともに、逃れがたいことについては、そうしたこともありましょうが、そうでない場合は、仏がお制しになった方面のことを、わずかにも聞き及ぶようなことがあれば、どうして過ちを犯しましょうと、慎んで、心の内は聖に劣りはしませんものを。
まして、たいそう儚いことにつけてまで、重い罪を得るようなことを、どうして思いましょう。決してあってはならないことでございます。疑いお思いなさいますな。ただ、お気の毒な親の思いなどを、聞き慰められもしましょうことが、嬉しく安心できるでしょう」
などと、昔から深かった方面の心〔仏道への志〕を語りなさる。
僧都も、もっともなことと、頷いて、
「いよいよ尊いこと」
など申し上げなさるうちに、日も暮れてしまったので、
「途中の宿りもたいそうよさそうだけれど、落ち着かない気持ちでいたなら、やはり不都合だろう」
と、思い煩ってお帰りになると、この弟の童を、僧都が、目に留めて褒めなさる。
「この子につけて、まず〔浮舟に〕ほのめかしてください」
と〔僧都が〕申し上げなさると、〔薫は〕文を書いて〔小君に〕取らせなさる。
「時々は山にいらして遊びなさいよ」と「むやみに思ってはならない理由もあるのだった」
と、語らいなさる。この子はわけも分からないけれど、文を受け取ってお供に出る。坂本〔小野〕に着くと、お付きの人々が少し立ち明かして、「静かに」とおっしゃる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第54冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。