第54帖 夢浮橋 / 第4場面
小野の夕べと小君の出立
あらすじ・人物・読み方
小野では尼君たちが夕景を眺め、浮舟は阿弥陀仏に思いを紛らわせて静かに暮らす。京の薫は翌日、小君を呼び寄せ、姉の在世を固く口止めして小野へ遣わす。
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小野では、たいそう深く茂った青葉の山に向かって、紛れることもなく、遣水の蛍だけを、昔を思わせる慰めとして眺めていらしたところ、いつもの、遥かに見渡される谷の軒端から、前駆〔の者〕が心を急かして追い立て、たいそう多く灯した火の、のどかでない光を見ようと、尼君たちも端に出て座っていた。
「誰がいらっしゃるのだろう。お付きの者などたいそう多く見えること」
「昼間、あちらに干し物を差し上げた返事に、『大将殿がいらっしゃって、ご饗応のことを急にすることになったが、たいそうよい折だ』と、あったそうですよ」
「大将殿とは、この女二の宮の御夫でいらっしゃるのだろうか」
などと言うのも、たいそうこの世から遠く、田舎じみていることよ。本当にそうなのだろうか。時々、このような山路を分けておいでになった時、たいそうはっきりしていた随身の声も、急に混じって聞こえる。
月日が過ぎてゆくままに、昔のことがこのように思い忘れられないのも、「今は何をすべきことか」と情けないので、阿弥陀仏に思いを紛らわして、いよいよ何も言わずに座っていた。横川に通う人だけが、このあたりでは近い頼りであった。
あの殿〔薫〕は、「この子をすぐに行かせよう」とお思いだったけれど、人目が多くて都合が悪いので、お邸にお帰りになって、翌日、わざわざ出発させなさる。親しくお思いの人の、大げさでない二、三人を、送りとして、昔もいつも遣わした随身を添えなさった。人に聞かれない間に呼び寄せなさって、
「お前が亡くした姉の顔は、覚えているか。今は世に亡き人と思い果てていたが、たいそう確かに、生きていらっしゃるそうだ。疎い人には聞かせまいと思うので、行って尋ねよ。母に、早まって言うな。かえって驚き騒ぐうちに、知るべきでない人も知ってしまうだろう。その親の御思いの痛ましさにこそ、こうも尋ねるのだ」
と、早くから固く口止めなさるのを、幼い心にも、姉弟は多いけれど、この君〔浮舟〕の容姿は、似る者がないと思い込んでいたのが、お亡くなりになったと聞いて、たいそう悲しいと思い続けてきたところに、このようにおっしゃるので、嬉しくも涙が落ちるのを、恥ずかしいと思って、
「は、はい」
と荒々しく答えて座っていた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第54冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。