方丈記 / 第1場面
序・川の流れとうたかた
あらすじ・人物・読み方
ゆく川の流れと泡に、都の人と住まいの無常を重ね、四十余年の世のありさまを思い返す序。
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流れてゆく川の流れは絶えることがなく、しかも、〔それは〕もとの水ではない。よどみに浮かぶ水の泡は、消えたかと思うとまた生じ、長くとどまっていた例はない。
世の中にある人と住まいと、またこのとおりである。
玉を敷いたような都の中で、棟を並べ、屋根を競い合うような、身分の高い者も低い者も、人の住まいは、代々を経ても、なくならないものだけれど、これを本当かと尋ねてみると、昔あった家はまれである。あるいは去年焼けて今年建て直されていたり、あるいは大きな家がほろびて小さな家に変わっていたりする。そこに住む人も、はかないこの世にとどまり続けるものではあるが、人は大勢いても、昔見た人は、二、三十人のうち、わずかに一人二人しか残っていない。あるいは夕方に死んで、朝に生まれる人のありさまこそ、〔川の〕泡に似ている。
分からない。生まれては死ぬ人が、どこから来て、どこへ去ってゆくのか。また分からない。〔この世の〕仮の宿に、誰のために心を悩ませ、何のために目を楽しませるのか。そのたとえは、朝の露が落ちて花が残るようなもの。残った花も、朝日に当たって枯れてしまう。あるいは花がしぼんでも、露はまだ消えずに残る。消えずにいても、夕方まで持ちこたえることは難しい。
〔人の命は〕泡に似ている。万物の心を知ろうとして、尋ねることもなかった四十余年の世のありさまを、はるかに思い返してみると、世の不思議さが思われてならない。
底本:『方丈記』正保4年[1647]村上平楽寺刊(京都・二条通玉屋町)・国立国会図書館蔵 857-80。本文画像:所蔵機関の公開資料。正保4年[1647]村上平楽寺刊『方丈記』(国立国会図書館蔵 857-80)の本文を原画像と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。