和泉式部日記 / 第1場面
四月――小舎人童と橘
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あらすじ・人物・読み方
四月十日、亡き為尊親王を偲んで暮らす和泉式部のもとへ、故宮に仕えた小舎人童が訪ねてくる。童は帥宮(敦道親王)の仰せを伝え、橘を手渡す。式部は歌を贈り、宮との文のやり取りが始まる。
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夢よりもはかないこの世を嘆きながら明かし暮らしているうちに、むなしく四月十日になった。あまりにも月日が過ぎてしまったので。この下暗がりのほうへ行って、端の方を眺めると、築地の上の草が青々としているのも、とりわけ人の目をとめることもなく、あわれに眺めていると。近くの透垣のもとに人の気配がする。誰かと思うと、差し出てきたのを見れば、故宮(為尊親王)に仕えていた小舎人童であった。あわれに物思いをしている時に来たので、「どうして長らく見えなかったのか。遠ざかる昔の名残だと思うにつけても、どうして」と言うと。「そのこととおっしゃるなら」と、馴れ馴れしいようだと遠慮しながら言うには、「この頃は山寺に参っておりました。ひどく頼りなく、つれづれでございましたので。お代わりにご覧に入れようと、帥の宮(敦道親王)のもとに参っておりました」と語るので、「それはとてもよいことだ。その宮はとても高貴で近寄りがたくいらっしゃるというから、昔のようにはお目にかかれまい」などと言うと。「いえ、そうではなく、とても親しみやすくていらっしゃって、『参るか』とお尋ねになります。『参っております』と申し上げると。『これを差し上げよ。どうご覧になるか』と、橘を取り出されたけれど、昔の人(故宮)の所持品と言われて見るにつけ、さしあげようと思う。どう申し上げようかと言うと、言葉で申し上げるのも傍ら痛くて気が引けて。何かは(次ページへ続く)。まるでお返事を申し上げないのも、はかないことだと思って。薫る香に寄せるよりは、郭公よ、聞きたい、同じ声が(あの時より)勝っているかと。(文を)差し出していた。また、端の方においでになった時に、あの童が隠れの方に気配を立てていたので、隠れの方でご覧になり、「どうだ」とお尋ねになると、童がお文を差し出したので、ご覧になって。同じ枝に鳴き続けていた郭公よ、声は変わらないものと知ってほしい。とお書きになって、童にお渡しになるとて、「こういうことを人に言うな。好き心の業のようなことだ」とおっしゃってお返事なさった。持って行ったところ、おかしいとご覧になるけれど、いつもはお文も申し上げず、歌を賜り始めた。次の日。打ち出して言うこともできずにいたのに、かえって苦しいほどに嘆く今日であることよ。とお詠みになった。もとから心深くはない人の、慣れないつれづれがはかなく思われるにつけ、はかないことではあるが、目にとまる歌を(詠む)。今日の間の心にかけて思いやってほしい。物思いに耽ってばかり過ごす月日を。こう宮が詠み詠みなさるので、お返しも時々申し上げる。また、つれづれも少し慰む心地でいるうちに、またお文があった。言葉など細やかで。語り合えば慰む方もあろうか。言い甲斐がないのなら思うまい。「あはれなお話も聞きたい。忍んで来るのにはどうか」とおっしゃったので。慰むと聞けば語りたいけれど、身の憂いことには言い甲斐がない。「老いた足では甲斐がないでしょう」と申し続けていたところ、思いがけなく、忍んで来ようと覚悟なさって、昼から(次ページへ続く)。支度をして。日頃もお文を取り次いで差し上げる右近のざうという者が、人を静めて忍んでお召しになり、「あちらへ行こう」とおっしゃるので、その通りだろうと思ってお仕えする。粗末な車で、「こうこう」と言わせなさったので。女はとても田舎めいた心地がするけれど、ないことと聞こえる筋でもない。昼もお返事を申し上げたので、このままでは、そのままお帰し申し上げるのも情けない。物(姿)だけでもお目にかけようと思って。西の妻戸に円座を差し出して、お入れ申し上げると、世の人が言うのももっともかと思われるほどで、まったく並々のお姿ではない。とても優艶である。こちらも気を遣われて、物音などが聞こえるうちに月が出た。「とてもはしたない支度もするものだ。そのおいでの所にお据えになってください。まさか以前ご覧になった人のようではありますまい」とおっしゃるので、あやしい、今夜だけのことなのに。お目にかけようなどと思っておりました。先々はどうして(お目にかかれましょう)と、はかないと聞こえるうちに夜もようよう更けた。こうして夜が明けようとするのかとて。はかない夢をさえ見て夜を明かしてしまったら、何を夏の夜語にしようか。とおっしゃるので、(女は)こう詠んだ。夜と共に濡れるものとは袖のことと思う我が身も、のどかに夢を見る宵はない。いよいよ押しとどめ申し上げる。軽々しい行き来などできるはずもなく、情けなくお思いになろうとも、本当に恐ろしいほどに思われますなどとおっしゃって、そっと滑り入りなさった。とても無理な心地がするけれど、言い甲斐もないことに、事々を言い契って、夜が明けたのでお帰りになった。今朝の間はどうかと、とてもあやしく思って。恋といえば世の常のことと思うだろうか。今朝の心は比べるものもない。お返し(は次ページ)。
世の常の事ともまったく思われない。初めて物を思う身なればこそ。と申し上げても、やはりあやしい我が身であることよ。これはどうしたことかとあはれに、故宮があれほどくださった物をと、悲しく思い乱れるうちに、いつもの童が来た。お文があるかと思うと、そうでもないので、心憂いと思う間も、好き心だろうか。帰り参る童から聞く。待っていようとも、これほどのことがあろうとは。思いもかけない今日の夕暮よ。宮がご覧になって、まことにいとおしいことだと思いなさるけれど、こうしたお忍び歩きを重ねてなさることもなく、北の方も並の人の仲のようでいらっしゃるのではないが、夜ごとにお出になるのはあやしいとお思いになるにちがいない。故宮の御果てまではひどく誹られまいと包み隠すのも、ひどく恋しく思わないからこそで、暗い頃にお返事があった。ひたすらに待つと言えば、ためらわずに行くべきなのに、妹の家路に(行けない)。「疎かに思し召すだろう」と、思うこそ苦しいとあるので、ただ何かと尋ねるにはとて。そうではあっても覚束なく思われて、これも昔の縁であろうかと思いなさると、慰めずにはいられないだろうか。露ほどに歌を申し上げた。おいでになろうとお思いになるけれど、日数が経った。晦日の日、女は。郭公よ、世に隠れた忍び音を、いつ聞くことができるのか、今日さえ過ぎてしまったら。と申し上げたけれど、人々が数多く伺候している頃なので、童にご覧に入れさせて。翌朝持って参った返歌をご覧になって。忍び音は苦しいものだ。郭公よ、木高い声を今日からは聞け。とあって。二三日あって、忍んでお渡りになった。女は物詣をしようと精進などしているうちに、とても戸惑うようなお心ざしのないことがあろうかと、情けなかろうと思うばかりに見ると、ほかに物なども聞こえず、仏に(次ページへ続く)。
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「和泉式部日記」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、柱・振り仮名・小字の編者註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。