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和泉式部日記 / 第2場面

五月――宮の訪れ

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五月――宮の訪れをもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

五月に入り、宮は右近のぞうを取次として文を重ね、やがて忍んで式部のもとを訪れるようになる。贈答の歌が行き交い、二人の仲は深まっていく。

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和泉式部日記・第2場面0 / 36
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扉をつけ奉っておいた。翌朝、とても珍しく夜を明かしてしまった、などとおっしゃって。「さあ、またこんな思いを知らないのか。老いてもおいでにならずに明けるものとは、浅慮とある。さぞあさましい様子に思いなさったろう」と、とても惜しくて。夜と共に物思う人は、夜といっても、打ち解けて寝の合う時もない。珍しいとも思われませんと申し上げた。次の日、今日は物詣にお出になる。いつお帰りになるのだろう。どうしても覚束ないだろうと(あるので、女は)。思い過ぎはもう止めよう。今宵は五月雨、あやめの根を懸けようか。と思いなさった。帰るべきであると申し上げて参って、一二三日ほどあって帰ったところ、宮からはとても覚束なくなってしまったけれど、参ろうと思うにつけ、とても心憂いことに、物憂く恥ずかしく思われて、とても疎かに思われなさるにちがいない。この頃は。つらくても忘れるだろうか。月日が経てばひどく恋しいことに、今日は負けてしまいそうだ。浅からぬ心のほどを、「それでも」とあるので。巻いても見えないものだから、玉葛よ、問う人すらも絶えがちである。と申し上げた。宮はいつものように忍んでおいでになった。女はそうかしらと思ううちに、日頃の物音に、苦しくてうとうとしていた時に門を叩くのを、聞き咎める人もいない。お聞きになることもあるので、誰かいるのかと思し召して、そっとお返しにならなかった。翌朝。開けなかった槇の戸口に立ちながら、つらい心の例しと見た。憂いことはこれかと思ったことも(次ページへ続く)。

あはれに、とある。昨夜おいでになったらしい。心もなくお休みになったのかと思って。どうして槇の板戸も閉ざしながら、つらい心のあるなしを見ようか。推し量らせなさるだろうことを、お見せしたならばとある。今宵もおいでいただきたいけれど、こうしたお忍び歩きを、人々も制止すると聞こえるのを、内の大臣や東宮などがお聞きになることも軽々しいようだなどと、お包みになるうちに、とても間遠くなった。雨が打ち降ってとてもつれづれな頃、女はいよいよ雲間のない眺めに、世の中はどうなってしまうのだろうと、尽きることなく物思いに耽って、好き事をする人々は数多くいるけれど、今もどうとも思わないのを、世の人はさまざま言うだろうけれど、身があってこそとだけ思って過ごす。宮から、雨のつれづれはどうかとて。おおかた、さみだれていると思うだろうか。君を恋い続けている今日の眺めを。とあるので、お返事をすぐに引き返して。忍んでいるだろうとも知らず、己の憂いを、身を知る雨と思ったことよ。と書いて。紙の(次へ続く)。降れば世のいよいよ憂き身の去られるのを、今日の眺めに水が増すだろう。待つのは遠いだろうかと、書きさびたのをご覧になって、たちかへり(宮は次の歌を)。何のため、身をさえ捨てようと思うのだろう。天下には君だけに(雨が)降るのに。誰も憂き世を、とある。五月六日になった。雨はなお止まない。先日のお返事の、いつもより物思いに耽った様子であったのを、あはれと思い出して、ひどく降りおかしい。翌朝、今宵の雨の音は、とてもおどろおどろしかったことを(次ページへ続く)。などと、まめやかにおっしゃったのを。夜通し何事を思っていたのか。窓を打つ雨の音を聞きながら、姿も見せずにいながらあやしいほどであると申し上げたので、なお言い甲斐がないわけではないと思し召して、お返事。私もそう思いやっていた、雨の音を。さし出ている妻もない宿はどうかと。昼頃、水が増したと聞いて、人々が見ると、宮もご覧になって、今のほどはどうか、水見に出ていた。覚えのない岸が漬くほどに比べると、深い心はなお増している。とご存じでいらっしゃるとある。お返し。今はもう岸もせき止めた。しかし大水の深い心は川と見せながら。甲斐ないことと申し上げた。おいでになろうと思し召して、お火取りなどお召しになる頃に、侍従の乳母が参上して、「お出させなさらなければどこへ。このことはひどく人々が申しますのは、名残惜しいような人でもないのに。お召し遣いになろうと思し召すなら、せめて召してこそお遣わせなさるべきです。軽々しいお身の歩きは、やはりとても見苦しいことです。その中にも人々がひどく通う所です。ない事も出てきかねません、すべてよろしくない」と、この右近のぞう何某が言い始めた。故宮もこれこそは率いて歩き奉ったが、夜中にお歩きになっては、よいことがあろうか。こうしたお歩きのお供に歩く人々は、大殿(道長)に申し上げよう。世の中は今日推すとも知らず、変わってしまうだろう。どのお言いつけの事々もある物を、世のありさまをご覧になり尽くすまでは、こうしたお歩きなくてこそおいでなさるな、などと申し上げなさると、どこへ行こうか。つれづれなので、はかない慰み事などをなさる(次ページへ続く)。でこそあれ。いちいち人が言うべきことでもない。とばかりおっしゃるには、あやしくどうしようもない物でこそあれ。それはとても口惜しくない物でこそあるらしい。呼んでお置きになったらと思いなさるけれど、そうもできず聞きにくいことがあろうなどと、思い乱れるうちに覚束なくなった。かろうじておいでになって。お帰りになるのを無粋だと思う人々が数多くあるように聞くと、とても惜しい。大方も遠慮がちなうちに、いよいよ間が空いてしまうと、まめやかにお話しなさって、「さあいらっしゃい。今宵だけは人の見ない所がある。心のどかに物も聞こえよう」とて、車を差し寄せなさって、お乗せになると、自分でもなく乗りながらも、人も事を聞けと思い思い行くと、ひどく夜が更けたので知る人もいない。そっと人のいない廊のある所に差し寄せて、お降ろしになった。月もとても明るいので降りようと忍んでおっしゃるので、様子が惜しいようなので下に。いや、人の見ない所だ。今からもこうして申し上げよう。人がいる折かと思うと、遠慮がちで。などとあはれにお話しなさって、明けたので車をお寄せになってお乗せになり、お送りにも参るべきだけれど、明るくなってしまうだろうから、ほかにいた人たちが見ても相応しくないとて、お止めなさった。女は帰る道すがら、あやしい歩きだこと、人がどう思うだろうと思いながらも、明け方の御姿が、すべてにはないお姿だったことも思い出されて。宵に返しはするけれど、どうしてなお暁の起きを君にさせようか、苦しかったとあるので。朝露に送る思いに比べると、そのまま帰る宵は勝っている。さすがにこういうことは聞くまい。夜の歩きは方が塞がっている。お迎えに参ろうとあるので、ああ苦しい。いつもは、などと思うけれど、いつもの(次ページへ続く)。

次の場面:夏、宮は車を寄せて訪れ、松や露に寄せた歌を交わす

次の場面:第3場面 夏の贈答
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底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「和泉式部日記」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、柱・振り仮名・小字の編者註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。