薫る香
によそふるより
は郭公。きかばや同じ
聲やまさると。
薫る香に寄せるよりは、郭公よ、聞きたい、同じ声が(あの時より)勝っているかと。
発音の読み:かおるかに / よそふるよりは / ほととぎす。 / きかばやおなじ / こえやまさると。
薫る香
によそふるより
は郭公。きかばや同じ
聲やまさると。
薫る香に寄せるよりは、郭公よ、聞きたい、同じ声が(あの時より)勝っているかと。
発音の読み:かおるかに / よそふるよりは / ほととぎす。 / きかばやおなじ / こえやまさると。
おなじえに
なきつゝをりし
郭公。聲はかはらぬも
のと知らなん。
同じ枝に鳴き続けていた郭公よ、声は変わらないものと知ってほしい。
発音の読み:おなじえに / なきつつおりし / ほととぎす。 / こえはかわらぬ / ものとしらなん。
うちいでい
もありにしもの
を。中〳〵に苦しきまで
もなげくけふ哉。
打ち出して言うこともできずにいたのに、かえって苦しいほどに嘆く今日であることよ。
発音の読み:うちいでい / もありにしもの / お。なかなか / にくるしきまで / もなげくきょうかな。
けふのまの
心にかゝて思
ひやれ。ながめつゝのみす
ぐす月日を。
今日の間の心にかけて思いやってほしい。物思いに耽ってばかり過ごす月日を。
発音の読み:きょうのまの / こころにかけて / おもいやれ。 / ながめつつのみ / すぐすつきひお。
かたらはば
なぐさむかたも
ありやせむ。いふかひなくは
思はざらなむ。
語り合えば慰む方もあろうか。言い甲斐がないのなら思うまい。
発音の読み:かたらわば / なぐさむかたも / ありやせむ。 / いうかいなくは / おもわざらなむ。
なぐさむと
きけばかたらま
ほしけれど。みのうきことに
いふかひぞなき。
慰むと聞けば語りたいけれど、身の憂いことには言い甲斐がない。
発音の読み:なぐさむと / きけばかたらま / ほしけれど。 / みのうきことに / いうかいぞなき。
はかもなき
夢をだにみて
明しては。なにをか夏の
夜語にせむ。
はかない夢をさえ見て夜を明かしてしまったら、何を夏の夜語にしようか。
発音の読み:はかもなき / ゆめおだにみて / あかしては。 / なにおかなつの / よがたりにせむ。
よと共に
ぬるとは袖を
思ふみも。のどかに夢を
見るよひぞなき。
夜と共に濡れるものとは袖のことと思う我が身も、のどかに夢を見る宵はない。
発音の読み:よとともに / ぬるとはそでお / おもうみも。 / のどかにゆめお / みるよいぞなき。
戀といへ
ばよのつねのと
や思ふらん。今朝の心
はたぐひだになし。
恋といえば世の常のことと思うだろうか。今朝の心は比べるものもない。
発音の読み:こいといえ / ばよのつねのと / やおもうら / ん。けさのこころ / はたぐいだになし。
よの常の
事とも更に
おもほえず。初めて物を
思ふみなれば。
世の常の事ともまったく思われない。初めて物を思う身なればこそ。
発音の読み:よのつねの / ことともさらに / おもおえず。 / はじめてものお / おもうみなれば。
またましも
かばかりこそは
有ましを。思も懸ぬけ
ふの夕暮。
待っていようとも、これほどのことがあろうとは。思いもかけない今日の夕暮よ。
発音の読み:またましも / かばかりこそは / あらましお。 / おもいもかけぬ / きょうのゆうぐれ。
ひたすらに
待つ共いは
ゝやすらばでゆくべきもの
を妹が家路に。
ひたすらに待つと言えば、ためらわずに行くべきなのに、妹の家路に(行けない)。
発音の読み:ひたすらに / まつともいわば / やすらばで / ゆくべきものお / いもがいえじに。
郭公よ
にかくれたる忍
びねを。いつかは聞かん
けふしすぎなば。
郭公よ、世に隠れた忍び音を、いつ聞くことができるのか、今日さえ過ぎてしまったら。
発音の読み:ほととぎす / よにかくれたる / しのびねお。 / いつかはきかん / きょうしすぎなば。
忍びねは
くるしきものを。
郭公。こだかき聲をけ
ふよりはきけ
忍び音は苦しいものだ。郭公よ、木高い声を今日からは聞け。
発音の読み:しのびねは / くるしきものお。 / ほととぎす。 / こだかきこえお / きょうよりはきけ
よど共に
物思ふ人
は夜どても。うちとけてめ
のおふときもなし。
夜と共に物思う人は、夜といっても、打ち解けて寝の合う時もない。
発音の読み:よとともに / ものおもうひと / はよるとて / も。うちとけてね / のおうときもなし。
おもすきは
さてもこそやめ。
五月雨のこよひあや
めのねをやかけまし。
思い過ぎはもう止めよう。今宵は五月雨、あやめの根を懸けようか。
発音の読み:おもすぎは / さてもこそやめ。 / さみだれの / こよいあやめの / ねおやかけまし。
つらけれど
忘れやはする。
程ふればいと戀しきに
けふはまけなん。
つらくても忘れるだろうか。月日が経てばひどく恋しいことに、今日は負けてしまいそうだ。
発音の読み:つらけれど / わすれやはする。 / ほどふれば / いとこいしきに / きょうはまけなん。
まくるども
みえぬ物から
玉葛。間人すらも絶
まがちにて。
巻いても見えないものだから、玉葛よ、問う人すらも絶えがちである。
発音の読み:まくれども / みえぬものから / たまかずら。 / とうひとすらも / たえまがちにて。
あけざりし
槇の戸口
に立ながら。つらき心の
ためしとぞ見し。
開けなかった槇の戸口に立ちながら、つらい心の例しと見た。
発音の読み:あけざりし / まきのとぐちに / たちながら。 / つらきこころの / ためしとぞみし。
いかでかは
槇の板戸
もさしながら。つらき心の
ありなしをみん。
どうして槇の板戸も閉ざしながら、つらい心のあるなしを見ようか。
発音の読み:いかでかは / まきのいたとも / さしながら。 / つらきこころの / ありなしおみん。
大方に
さみだるゝとや
思ふらん。君戀わたる
けふの詠めを。
おおかた、さみだれていると思うだろうか。君を恋い続けている今日の眺めを。
発音の読み:おおかたに / さみだるるとや / おもうらん。 / きみこいわたる / きょうのながめお。
忍ふらん
物ともしらで
をのがたい。みをしる雨と
思ひけるかな。
忍んでいるだろうとも知らず、己の憂いを、身を知る雨と思ったことよ。
発音の読み:しのぶらん / ものともしらで / おのがうい。 / みおしるあめと / おもいけるかな。
降ばよの
いとゞうきみの
去らるゝを。今日の詠
めに水増らなん。
降れば世のいよいよ憂き身の去られるのを、今日の眺めに水が増すだろう。
発音の読み:ふらばよの / いとどうきみの / さられるお。 / きょうのながめに / みずまさらなん。
なにせんに
みをさへ捨て
んと思らん。天か下に
は君のみやふる。
何のため、身をさえ捨てようと思うのだろう。天下には君だけに(雨が)降るのに。
発音の読み:なにせんに / みおさえすてん / とおもうら / ん。あめがしたに / はきみのみやふる。
我もさぞ
おもひやりつる
雨の音を。させゐるつま
んなき宿はいかにと。
私もそう思いやっていた、雨の音を。さし出ている妻もない宿はどうかと。
発音の読み:われもさぞ / おもいやりつる / あめのおと / お。させいるつま / らなきやどはいかにと。
おぼえづの
きしつききるに
くらぶれど。深き心はな
をぞ増れる。
覚えのない岸が漬くほどに比べると、深い心はなお増している。
発音の読み:おぼえずの / きしずききるに / くらぶれど。 / ふかきこころは / なおぞまされる。
今はよも
きしもせしかし
かし大水の深き心
は川と見せつゝ。
今はもう岸もせき止めた。しかし大水の深い心は川と見せながら。
発音の読み:いまはよも / きしもせきしか / しかしおお / みずのふかきこ / ころはかわとみせつつ。
朝露に
おくるおもひに
くらぶれば。たゞに歸らん
よひはまされり。
朝露に送る思いに比べると、そのまま帰る宵は勝っている。
発音の読み:あさつゆに / おくるおもいに / くらぶれば。 / ただにかえらん / よいはまされり。
ころしても
猶あかぬ哉。
ねぬ鳥の折ふし志ら
ぬ今朝の初聲。
殺してもなお飽きないことよ。寝ない鳥の、折節を知らない今朝の初声よ。
発音の読み:ころしても / なおあかぬかな。 / ねぬとりの / おりふししらぬ / けさのはつこえ。
いかゝとは
我こそ思へ。
おさな〳〵啼きかせつる
鳥を殺せば。
どうしてかとは私こそ思う。幼くて啼かせてしまった鳥を殺したならば。
発音の読み:いかがとは / われこそおもえ。 / おさなおさ / ななきかせつる / とりおころせば。
我如く
思ひはいつや
山のはの。月にかけつゝ
なげく心を。
私のように思うことはいつだろうか。山の端の月に懸けながら嘆く心を。
発音の読み:わがごとく / おもいはいつや / やまのはの。 / つきにかけつつ / なげくこころお。
松山に
波高しとは
見てしかど。今日の詠
めはたいならぬかな
松山に波が高いとは見てきたけれど、今日の眺めは例のないほどだ。
発音の読み:まつやまに / なみたかしとは / みてしかど。 / きょうのながめは / たいならぬかな
吾をこそ
末の松とは
思ひつれ。ひとしなみには
誰か越べき。
我をこそ末の松と思い続けてきた。万人並みには誰が越えようか。
発音の読み:われおこそ / すえのまつとは / おもいつれ。 / ひとしなみには / たれかこゆべき。
つらしとも
又戀しとも
さま〳〵に。思ふ事こそ
たえせざりけれ。
つらいとも、また恋しいとも、さまざまに思うことこそ絶えることがない。
発音の読み:つらしとも / またこいしとも / さまざまに。 / おもうことこそ / たえせざりけれ。
あふ事は
とまれかくまれ
なげかしを。うらみ絕せぬ
中となりせば。
逢うことは、どうあろうと嘆かしいけれど、恨みが絶えない仲となってしまったら。
発音の読み:あうことは / とまれかくまれ / なげかしお。 / うらみたえせぬ / なかとなりせば。
月をみて
あれたる宿に
詠むとは。見にこぬまで
も誰に告よと。
月を見て荒れた宿に眺めるとは、見に来ないまでも誰に告げようと。
発音の読み:つきおみて / あれたるやどに / ながむとは。 / みにこぬまでも / たれにつげよと。
こゝろみに
雨もふらなん。
宿過て浦行月の
影やどまるど。
試みに雨も降ってほしい。宿を過ぎて浦を行く月の影は宿るだろうか。
発音の読み:こころみに / あめもふらなん。 / やどすぎて / うらゆくつきの / かげやどまるど。
あぢきなく
雲井の月
にさそはれて。影こそいづ
れ心やはゆく。
あぢきなく雲井の月に誘われて、影こそどこへ、心は行くのだろうか。
発音の読み:あじきなく / くもいのつきに / さそわれて。 / かげこそいずれ / こころやわゆく。
我ゆへに
月を詠むと
告つれば。まことかど見
に出てきにけり。
私のために月を眺めると告げたので、本当かと見に出て来てしまった。
発音の読み:わがゆえに / つきおながむと / つげつれば。 / まことかどみに / いでてきにけり。
よしやよし
今は恨みし。
磯に出てこぎ離れ行
海人の小舟
よしやよし、今は恨まない。磯に出て漕ぎ離れて行く海人の小舟よ。
発音の読み:よしやよし / いまはうらみじ。 / いそにいで / てこぎはなれゆ / くあまのこぶね
袖の浦
にたいわがやく
と鹽垂れて。船流し
たるあまど社なれ。
袖の浦に、絶え間なく我が焼くと塩が垂れて、船を流した海人とこそなれ。
発音の読み:そでのうら / にたえまわがや / くとしおた / れて。ふねながし / たるあまどこそなれ。
思ひきや
七夕づめに
みをなして。天の河原
をなかむべしとは。
思いもしなかった、七夕つ女に身をなして、天の河原を眺めることになろうとは。
発音の読み:おもいきや / たなばたつめに / みおなして。 / あまのかわらお / ながむべしとは。
ながむらん
空をだにみず。
棚機に。忘るばかりの
我みと思へば。
眺めるだろう空をさえ見ずに、棚機に、忘れるばかりの我が身と思えば。
発音の読み:ながむらん / そらおだにみず。 / たなばたに。 / わするばかりの / わがみとおもえば。
ね覺ねば
聞かぬなるら
ん。萩風はふかざらめや
は秋のよな〳〵。
寝覚めなければ聞かないのだろう。萩風は吹かないことがあろうか、秋の夜ごとに。
発音の読み:ねざめねば / きかぬなるらん。 / はぎかぜは / ふかざらめやは / あきのよなよな。
おぎ風は
吹はいもねて
今よりぞ。驚すかど聞
ばかりける。
荻風は吹けば妹が寝て、今からぞ、驚かすかと聞くばかりであった。
発音の読み:おぎかぜは / ふけばいもねて / いまよりぞ。 / おどろかすかど / きくばかりける。
つれ〳〵ど
秋の日頃
のふるまゝに思ひしらぬ。
あやしかりしも。
つれづれと、秋の日頃の経つままに、思いも知らない、あやしかったことよ。
発音の読み:つれづれと / あきのひごろの / ふるままに / おもいしらぬ。あ / やしかりしも。
人はいさ
我は忘れず。
日をふれど。秋の夕暮
ありしあふど。
人はいざ知らず、我は忘れない。日を経ても、秋の夕暮にありし逢うことよ。
発音の読み:ひとはいざ / われはわすれず。 / ひおふれど。 / あきのゆうぐれ / ありしあうど。
關越え
てけふぞ問ど
や人はしる。思ひたえせ
ぬ心づかひを。
関を越えて今日ぞ問うとや人は知る。思いが絶えない心遣いを。
発音の読み:せきこえて / きょうぞとうとや / ひとはしる。 / おもいたえせぬ / こころづかいお。
あふみちは
忘れぬめりと
みしほどに。關打越て
問ふ人はたれ。
逢う道は忘れないようだと見たほどに、関を打ち越えて問う人は誰か。
発音の読み:おうみちは / わすれぬめりと / みしほどに。 / せきうちこえて / とうひとはたれ。
山ながら
うみはこくども
都へは。なにか打出の
濱をみるべき。
山ながら海は漕いでも、都へはどうして打出の浜を見ることができようか。
発音の読み:やまながら / うみはこぐども / みやこへは。 / なにかうちでの / はまおみるべき。
尋ゆく逢
坂山のか
ひもなく。おぼめくばかり忘
るべしやは。
尋ね行く逢坂山の甲斐もなく、おぼめくほどに忘れることがあろうか。
発音の読み:たずねゆく / おうさかやまの / かいもなく。 / おぼめくばかり / わするべしやは。
うきによひ
ひたやこもゝと
思ふとも。近江の海
は打出で見よ。
憂き世に酔い浸り隠れようと思うとも、近江の海は打出で見よ。
発音の読み:うきによい / ひたやこももと / おもうとも。 / おうみのうみは / うちいでてみよ。
關山の
せきどあられぬ
淚こそ。近江の海を
流いづらめ。
関山の堰き止められぬ涙こそ、近江の海を流れ出よう。
発音の読み:せきやまの / せきどあられぬ / なみだこそ。 / おうみのうみお / ながれいづらめ。
心みにを
のが心も試
みむ。いざ都へどきてさそ
ひ見ん
試しに己が心も試そう。いざ都へと来て誘ってみよう。
発音の読み:こころみに / おのがこころも / こころみむ。 / いざみやこへと / きてさそいみん
淺ましや
のりの山ぢに
入そめて。都へいざど誰
さそひけん。
浅ましいことよ、法の山路に入り染めて、都へいざと誰が誘ったのだろう。
発音の読み:あさましや / のりのやまじに / いりそめて。 / みやこへいざと / たれかさそいけん。
山をいで
ゝくらきみちに
ぞたどりにし。今一度
のあふどにより。
山を出て暗い道に辿ったのは、今一度の逢うことによる。
発音の読み:やまおいで / てくらきみちに / ぞたどりに / し。いまひとたび / のあうとにより。
なげきつゝ
秋のみ空を
詠むれば。雲うちさはぎ
風ぞ烈しき。
嘆きながら秋の空を眺めると、雲は騒ぎ、風はひどい。
発音の読み:なげきつつ / あきのみそらお / ながむれば。 / くもうちさわぎ / かぜぞはげしき。
秋風は
けしきふくだに
戀しきに。かき曇る日
はいふかたぞなき。
秋風は気色を吹くにさえ恋しいのに、掻き曇る日は言いようがない。
発音の読み:あきかぜは / けしきふくにだ / にこいしき / に。かきくもるひ / はいうかたぞなき。
秋の夜
の有明の月
の入までに。やすらひか
ねて歸りにし哉。
秋の夜の有明の月が入るまでに、休らうことができずに帰ってしまったことよ。
発音の読み:あきのよの / ありあけのつき / のいるまで / に。やすらいかね / てかえりにしや。
秋のうち
に朽果ぬべ
くとはりの。時雨にたれ
か袖をからましと。
秋のうちに朽ち果ててしまうだろうとはりの。時雨に誰が袖を貸そうかと。
発音の読み:あきのうち / にくちはてぬべ / くとはりの。 / しぐれにたれか / そでおからましと。
我ならぬ
人もさざみん。
長月の晨明の月
にしかじあはれは。
私でない人も覚えよう。長月の朝明けの月に、しかじあはれは(ない)。
発音の読み:われならぬ / ひともささみん。 / ながつきの / あさあけのつき / にしかじあわれは。
よそにても
同心に有
明の月をみるやど誰
に問まし。
よそにいても、同じ心に有明の月を見るかと、誰に問おうか。
発音の読み:よそにても / おなじこころに / ありあけの / つきおみるやど / たれにとわまし。
秋のうち
は朽ける物
を。人もさは我袖との
み思ひける哉。
秋のうちは朽ちる物なのに、人もそう我が袖とばかり思っていたことよ。
発音の読み:あきのうち / はくちけるもの / お。ひともさ / はわがそでとの / みおもいけるかな。
消ぬべき
露の命ちと
おもはずは。久しききくに
かゝりやはせむ。
消えそうな露の命と思わなければ、久しく聞くのにかかることがあろうか。
発音の読み:きえぬべき / つゆのいのちと / おもはずは。 / ひさしくきくに / かかりやはせむ。
まどろまで
雲井の雁
の音を聞は。心づから
のわざにぞありける。
うとうとと雲井の雁の音を聞けば、心づからの業であることよ。
発音の読み:まどろまで / くもいのかりの / ねおきかば。 / こころずからの / わざにぞありける。
我ならぬ
人も有明
の空をのみ。同心にな
がめけるかな。
私でない人も有明の空をのみ、同じ心に眺めていたことよ。
発音の読み:われならぬ / ひともありあけ / のそらおの / み。おなじこころ / にながめけるかな。
よそにても
君ばかりこそ
月はみめど。思てゆきゝ
けさぞくるしき。
よそにいても君ばかりこそ月は見るけれど、思いながら来た今朝は苦しい。
発音の読み:よそにても / きみばかりこそ / つきはみめ / ど。おもいてゆき / きけさぞくるしき。
おしまるゝ
涙にかげは止
らなん。心も志らす秋
は行ども。
惜しまれる涙に影は留まろう。心も知らず秋は行くけれど。
発音の読み:おしまるる / なみだにかげは / とまらなん。 / こころもしらず / あきはゆくども。
君をおき
ていづち行ら
ん。我だにも浮世中
にきゑゐてこそふれ。
君を置いてどこへ行こうか。私でさえ憂き世の中に消えていてこそふれ(よう)。
発音の読み:きみおおき / ていずちゆくら / ん。われだに / もうきよのなか / にきえいてこそふれ。
時雨に
も露にもあら
で。ねたる夜は。あやしくぬ
るゝ手枕の袖。
時雨にも露にもないのに、寝た夜はあやしく濡れる手枕の袖よ。
発音の読み:しぐれにも / つゆにもあらで。 / ねたるよは。 / あやしくぬるる / たまくらのそで。
今朝の
まは今はひぬ
らん。ゆめ計ぬると見え
つる手枕の袖。
今朝の間は今は乾くだろう。夢ばかり濡ると見えた手枕の袖は。
発音の読み:けさのまは / いまはひぬらん。 / ゆめばかり / ぬるとみえつる / たまくらのそで。
夢計涙
にぬると見
つらめど。ほしぞかねつる手
枕の袖。
夢ばかり涙に濡ると見たけれど、干しきれなかった手枕の袖よ。
発音の読み:ゆめばかり / なみだにぬると / みつらめど。 / ほしぞかねつる / たまくらのそで。
露結ぶ
道のまに〳〵
あさぼらけ。ぬれてぞきつる
手枕の袖。
露結ぶ道の間々に、朝ぼらけ、濡れて来た手枕の袖よ。
発音の読み:つゆむすぶ / みちのまにまに / あさぼらけ。 / ぬれてぞきつる / たまくらのそで。
道芝の
露と置ぬる
人よりも。我手枕の
袖はかはかず。
道芝の露と置いた人よりも、我が手枕の袖は乾かない。
発音の読み:みちしばの / つゆとおきぬる / ひとよりも。 / わがたまくらの / そではかわかず。
手枕の
袖にも霜は
置けるを。けさうちみれば
白妙にして。
手枕の袖にも霜は置いたのを、今朝見ると白妙になっている。
発音の読み:たまくらの / そでにもしもは / おけるお。け / さうちみればし / ろたえにして。
ねぬるよの
月はみるやど。
けさはしも起ゐてまでと
問人もなし。
寝ない夜の月は見るかと、今朝はしも起きていてまでと問う人もいない。
発音の読み:ねぬるよの / つきはみるやど。 / けさはしも / おきいてまでと / とうひともなし。
まどろまで
一夜詠し
月みれど。おきながらしも
明し顔なる。
うとうとと一夜眺めた月を見るけれど、起きながらも明かした顔である。
発音の読み:まどろまで / ひとよながめし / つきみれど。 / おきながらしも / あかしがおなる。
霜のうへ
に朝日さす
めり。今はゝや打解に
けるけしき見せなん。
霜の上に朝日が射すようだ。今はもう打ち解けた気色を見せよう。
発音の読み:しものうえ / にあさひさすめ / り。いまはは / やうちとけにけ / るけしきみせなん。
朝日さ
し今は消べ
き霜なれど。打解がた
き空のけしきぞ。
朝日が射し、今は消えそうな霜だけれど、打ち解け難い空の気色だ。
発音の読み:あさひさし / いまはきゆべき / しもなれど。 / うちとけがたき / そらのけしきぞ。
君はこず
たま〳〵みゆる
童をば。いけども今はい
はじとおもふか。
君は来ず、たまたま見える童をば、生かしても今は言うまいと思われるか。
発音の読み:きみはこず / たまたまみゆる / わらわおば。 / いけどもいまは / いわじとおもうか。
人しれぬ
心にかけて忍
ぶをば。忘るどや思ふ
手枕の袖。
人知れず心にかけて忍ぶのを、忘れると思われるか、手枕の袖を。
発音の読み:ひとしれぬ / こころにかけて / しのぶおば。 / わするとやおも / うたまくらのそで。
物もいは
で止みなまし
かば。かけてだに。思ひいで
ましや手枕の袖。
物も言わずに止んでしまえば、かけてさえ思い出そうか、手枕の袖を。
発音の読み:ものもいわ / でやみなましか / ば。かけてだ / に。おもいいでま / しやたまくらのそで。
見るや君
さようち更て。
山端に隈なくすめる
秋夜の月。
見るか君、さ夜更けて、山の端に隈なく澄んだ秋の夜の月を。
発音の読み:みるやきみ / さようちふけて。 / やまはに / くまなくすめる / あきよのつき。
更ぬらん
と思ふものか
ら。ねられぬど中々なれ
ば月はしも見す。
更けるだろうと思いながらも、寝られず、なかなかであれば月さえ見ない。
発音の読み:ふけぬらん / とおもうものか / ら。ねられぬ / どなかなかであ / ればつきはしもみず。
葛城の
神もさこそは
思ひけめ。くめぢに渡す
はしたなきまで。
葛城の神もさこそ思っただろう。久米路に渡す、はしたないほどに。
発音の読み:かつらぎの / かみもさこそは / おもいけめ。 / くめじにわたす / はしたなきまで。
をこなひの
しるしもあらば。
葛城のはしたなしどて
さてや止みなん。
行いの印しもあれば、葛城のはしたないとて、さてや止もうか。
発音の読み:おこないの / しるしもあらば。 / かつらぎの / はしたなしとて / さてややみなん。
我うへは
千鳥もつけ
しおほどりの。はねにも霜
はさやはをきける。
我が上は、千鳥も告げたおほどりの、羽にも霜はさやかに置いたことよ。
発音の読み:わがうえは / ちどりもつげし / おほどりの。 / はねにもしもは / さやはおきける。
月も見
でねにきどいひ
し人の上に置しもせ
しをおほどりのごと。
月も見ず寝たと言った人の上に、置いた霜を、おほどりのように(見る)。
発音の読み:つきもみで / ねにきといいし / ひとのうえ / におきしもせし / おおほどりのごと。
神無月
よに降にた
る時雨どや。けふのなが
めをおかず見るらん。
神無月、世に降り満ちた時雨とか、今日の眺めを置かず見るだろう。
発音の読み:かんなづき / よにふりにたる / しぐれとや。 / きょうのながめお / おかずみるらん。
時雨かも。
なにゝぬれたる
たもとぞと。定かねてぞ
我もながむる
時雨かも、何に濡れた袂かと、定かねて私も眺める。
発音の読み:しぐれかも。 / なににぬれたる / たもとぞと。 / さだかねてぞ / われもながむる
紅葉は
ゝ夜はの時雨に
あらじかし。昨日山べを
見たらましかば。
紅葉葉は、夜の時雨ではないだろう。昨日山辺を見ていたらよかったのに。
発音の読み:もみぢばは / よるのしぐれに / あらじかし。 / きのうやまべお / みたらましかば。
そよやそよ
などて山べを
みざりけん。けさは悔れど
なにのかひなし
そよやそよ、どうして山辺を見なかったのだろう。今朝は悔いても何の甲斐もない。
発音の読み:そよやそよ / などてやまべお / みざりけん。 / けさはくゆれど / なにのかいなし
あらしとは
思ふ物から。
もみぢばの散や殘れる
いざ尋ねみん。
嵐とは思う物ながら、紅葉葉の散り残っているか、いざ尋ねて見よう。
発音の読み:あらしとは / おもうものから。 / もみぢばの / ちりやのこれる / いざたずねみん。
移ろはぬ
どきはの山も
紅葉をば。いざかしゆき
てのど〳〵とみむ。
移ろわない常盤の山も、紅葉をば、いざ彼方へ行ってのどかに見よう。
発音の読み:うつろわぬ / ときわのやまも / もみぢおば。 / いざかしゆきて / のどどとみん。
山べには
車に乘て行
べきを。高瀬の舟は
いかゝよるべき。
山辺には車に乗って行くべきなのに、高瀬の舟はどう寄るのだろう。
発音の読み:やまべには / くるまにのりて / ゆくべきお。 / たかせのふねは / いかがよるべき。
紅葉ば
のみにくるまで
もちらざらば。高瀬の舟
のいかゝこがれん。
紅葉葉の身に来るまでも散らなければ、高瀬の舟をどう漕ごうか。
発音の読み:もみぢばの / みにくるまでも / ちらざらば。 / たかせのふねの / いかがこがれん。
恨むらん
心はたゆる。限
なくたのむ君をぞ我
も疑ふ。
恨むだろう心は絶える。限りなく頼む君をこそ、私も疑う。
発音の読み:うらむらん / こころはたゆる。 / かぎりなく / たのむきみおぞ / われもうたがう。
霜がれは
わびしかりけり。
秋風のふくには荻の
音づれもせき。
霜枯れは侘びしかったことよ。秋風の吹くには荻の音づれもせき(する)。
発音の読み:しもがれは / わびしかりけり。 / あきかぜの / ふくにはおぎの / おとづれもせき。
つれ〳〵ど
けふかぞふれば。
どし月に昨日ぞ物
はおもはざりける。
つれづれと今日を数えれば、年月に昨日は物思いをしなかったことよ。
発音の読み:つれづれと / きょうかぞえれば。 / としつきに / きのうぞものは / おもわざりける。
思ふ事
なくてすぐまゝ
おどゝひを。昨日どけふ
になすよしもがな。
思う事もなく過ぎるまま、一昨日を昨日と今日になす術がほしい。
発音の読み:おもうこと / なくてすぐまま / おとといお。 / きのうときょうに / なすよしもがな。
なぐさむる
君もありどは
思へども。猶夕ぐれは
物ぞ悲しき。
慰める君もいるとは思うけれど、なお夕暮れは物悲しい。
発音の読み:なぐさむる / きみもありとは / おもえども。 / なおゆうぐれは / ものぞかなしき。
夕ぐれは
誰もさのみぞ
おもほゆる。待詫ぶ君
ぞ人にまされる。
夕暮れは誰もそのように思われる。待ち詫びる君こそ人に勝っている。
発音の読み:ゆうぐれは / たれもさのみぞ / おもぼゆる。 / まちわぶきみぞ / ひとにまされる。
おきながら
おかせる霜の
おしたこそ。まされるものは
よになかりけれ。
起きながら置かせた霜の落ちたことこそ、勝れる物は世になかった。
発音の読み:おきながら / おかせるしもの / おちたこそ。 / まされるものは / よになかりけれ。
我ひとり
おもふは思か
ひもなし。同心に君も
あらなん。
私ひとり思うのは思いの甲斐もない。同じ心に君もあってほしい。
発音の読み:われひとり / おもうはおもい / かいもなし。 / おなじこころに / きみもあらなん。
君は君
我は我とも
へだてねば。心々にあら
ん物かは。
君は君、私は私とも隔てなければ、心々にあろう物だろうか。
発音の読み:きみはきみ / われはわれとも / へだてねば。 / こころごころに / あらんものかは。
たえし比
たえぬどおもひ
し玉の緒を。君により
又おしまるゝ哉。
絶えた頃、絶えないと思った玉の緒を、君によって又惜しまれることよ。
発音の読み:たえしころ / たえぬとおもい / したまのお / お。きみによりま / たおしまるるかな。
玉の緒
はたえんものか
は。契りてし長き心に
結びとめてき。
玉の緒は絶える物だろうか。契っておいた長い心に結び留めておいた。
発音の読み:たまのおは / たえんものかは。 / ちぎりてし / ながきこころに / むすびとめてき。
神代よ
りふりはてにけ
る雪なれど。けふはとにも
めづらしきかな。
神代より降り果てた雪だけれど、今日は殊に珍しいことよ。
発音の読み:かみよより / ふりはてにける / ゆきなれど。 / きょうはことにめ / ずらしきかな。
初雪ど
いづれの冬も
みしまゝに。めづらしげなき
みのみふりつゝ。
初雪といづれの冬も見たままに、珍しげない身のみ降り続く。
発音の読み:はつゆきと / いずれのふゆも / みしままに。 / めずらしげなき / みのみふりつつ。
いとまなみ
君ききまさす
ば我ゆかん。ふみつくるら
んみちをしらばや。
いとまなみ、君がお聞きにならなければ私が行こう。踏み作るだろう道を知りたい。
発音の読み:いとまなみ / きみききまさず / ばわれゆか / ん。ふみつくるら / んみちおしらばや。
我宿に
尋ねてきませ
ふみつくる。道も敎へん
あひもみるべく。
我が宿に尋ねて来なさい、踏み作る道も教えよう、逢いも見られるように。
発音の読み:わがやどに / たずねてきませ / ふみつくる。 / みちもおしえん / あいもみるべく。
さゆるよの
數かく鴨は
我なれや。いく朝霜を
置てみつらん。
冴える夜の数を書く鴨は私であることよ。幾つの朝霜を置いて見たことか。
発音の読み:さゆるよの / かずかくかもは / われなれや。 / いくあさしもお / おきてみつらん。
雪もふり
雨も降ぬる
この比を。朝霜とのみ
おきゐてはみる。
雪も降り雨も降ったこの頃を、朝霜とのみ起きていては見る。
発音の読み:ゆきもふり / あめもふりぬる / このごろお。 / あさしもとのみ / おきいてはみる。
うつゝにて
思へばいはん
かたもなし。今宵のどを
夢になさばや。
現にて思えば言う方もない。今宵のことを夢になしたい。
発音の読み:うつつにて / おもえばいわん / かたもなし。 / こよいのことお / ゆめになさばや。
志かばか
う契りし物
を。定なき。さはよの常と
思ひなせどや。
然ればこう契った物を、定めない、さは世の常と思いなせどや(思わせるな)。
発音の読み:しかばかく / ちぎりしものお。 / さだめなき。 / さはよのつねと / おもいなせどや。
うつゝどは
思はざらなん。
ねぬるよの夢に見えつ
るうき事どもを。
現とは思うまい。寝ぬる夜の夢に見えた憂い事どもを。
発音の読み:うつつとは / おもわざらなん。 / ねぬるよの / ゆめにみえつる / うきことどもお。
あな戀し
いまも見てし
か。山賊の垣ほにおふ
る大和撫子
ああ恋しい、今も見たいものだ。山賊の垣穂に生える大和撫子よ。
発音の読み:あなこいし / いまもみてしか。 / やまぞくの / かきほにおうる / やまとなでしこ
戀しくば
きてもみよかし。
千早振神の諫る
道ならなくに。
恋しくば来ても見よかし。千早ぶる神の諫める道ではないのに。
発音の読み:こいしくば / きてみよかし。ち / はやぶるか / みのいさむるみ / ちならなくに。
逢ふ路
は神のいさめ
にあらねども。法の庭に
をればたゝぬぞ。
逢う道は神の諫めではないけれど、法の庭にいれば立たないのだ。
発音の読み:おうみちは / かみのいさめに / あらねども。 / のりのにわにお / ればたたぬぞ。
雪降れ
ば木々の木
のはも春ならで。をしな
べ梅の花ぞ咲ける。
雪が降れば、木々の木の葉も春でなく、をしなべて梅の花が咲いた。
発音の読み:ゆきふれば / きぎのこのはも / はるならで。 / おしなべうめの / はなぞさきける。
冬のよは
こひしきとに目
もあはで。衣かたしき明
ぞしにける。
冬の夜は恋しいことに目も合わず、衣を片敷き明かしをしてしまった。
発音の読み:ふゆのよは / こいしきことに / めもあわで。 / ころもかたしき / あかぞしにける。
冬のよは
めさへ氷にど
ざられて。明しがたきを明
しけるかな。
冬の夜は目さえ氷に閉ざされて、明かし難いのを明かしたことよ。
発音の読み:ふゆのよは / めさえこおりに / とざされて。 / あかしがたきお / あかしけるかな。