和泉式部
歌人。この日記の作者で、亡き為尊親王を偲ぶ日々から、帥宮(敦道親王)との贈答と恋、やがて冷泉院の北の方のもとへの宮仕えまでを綴る。

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歌人和泉式部が、亡き為尊親王への思慕のなかで、弟宮の帥宮(敦道親王)から届いた橘と文をきっかけに恋を育んでいく日記。長保5年(1003)四月から翌年正月まで、歌の贈答、忍ぶ訪れ、七夕、秋の月、若宮の誕生、師走の移徙までを克明に綴る、平安女流日記の代表作の一つ。
長保5年(1003)四月から翌年正月にかけて、歌人和泉式部が帥宮(敦道親王)との恋の始まりと行方を綴った日記文学。亡き兄宮・為尊親王への思慕のなかに届いた橘と文をきっかけに、贈答の歌が行き交い、忍ぶ訪れが重なっていく。七夕、秋の月、時雨、若宮の誕生を経て、師走に女は冷泉院の北の方のもとへ移り、宮仕えの日々のなかで筆を置く。歌の贈答を軸に心の動きを克明に描く、平安女流日記の代表作の一つ。底本は塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社、明治27年)で、本文は三条西本系とは字句の異なる群書類従系の本文である。
挿絵・人物画は本文をもとにした創作イメージです。原典の図版や史料の再現図ではありません。
四月――小舎人童と橘四月十日、亡き為尊親王を偲んで暮らす和泉式部のもとへ、故宮に仕えた小舎人童が訪ねてくる。童は帥宮(敦道親王)の仰せを伝え、橘を手渡す。式部は歌を贈り、宮との文のやり取りが始まる。第2場面
五月――宮の訪れ五月に入り、宮は右近のぞうを取次として文を重ね、やがて忍んで式部のもとを訪れるようになる。贈答の歌が行き交い、二人の仲は深まっていく。第3場面
夏の贈答夏、宮は車を寄せて訪れ、松や露に寄せた歌を交わす。人の噂を憚りながらも、逢瀬と文の往来は絶えない。第4場面
七夕七月、棚機・彦星に寄せた贈答が続く。晦日を過ぎ、宮の心の移ろいを嘆く歌も交じり始める。第5場面
秋――九月から十月九月、秋風や時雨に寄せる歌の応酬が続く。月を詠み、袖の露を嘆き、宮の訪れの絶え間を恨む歌が重なる。歌人。この日記の作者で、亡き為尊親王を偲ぶ日々から、帥宮(敦道親王)との贈答と恋、やがて冷泉院の北の方のもとへの宮仕えまでを綴る。
冷泉天皇の第三皇子。兄・為尊親王の没後、その小舎人童を通じて和泉式部と文を交わし、やがて深い仲になる。本文では「帥宮」「帥の宮」と呼ばれる。
敦道親王の兄。故人で、本文では「故宮」と呼ばれる。和泉式部の回想と小舎人童の語りに現れる。
故宮(為尊親王)に仕えた小舎人童。帥宮の仰せで橘と文を和泉式部のもとへ届け、二人の仲立ちとなる。
帥宮に仕える右近のぞう。宮の文の取次としてたびたび式部のもとへ遣わされる。
敦道親王の北の方(正室)。日記の末尾で、和泉式部は冷泉院のその対へ移って仕えることになる。
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「和泉式部日記」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、柱・振り仮名・小字の編者註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。