ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

紫式部集 / 第1場面

若き日の贈答

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若き日の贈答をもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

螢の友への贈答に始まる若い日の歌々。百人一首にも採られた「めぐり逢ひて」の歌で開かれ、朝顔・紅葉・ほととぎすの贈答が続く。

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紫式部集・第1場面0 / 34
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原文・発音の読み・現代語

現代語で読む

幼い頃から螢を友として親しんだ人がいて、年を経て行き会ったが、その折、十月十日の頃、月に妨げられて帰ってしまったので。巡り逢って、見たのはあなただったのか、それとも見間違いかと分からないうちに、雲に隠れてしまった夜中の月のように(あなたは帰ってしまった)。

その人が遠い所へ行くことになった。秋の終わる日にやって来た暁に、虫の声がしみじみと感じられた。秋が弱まってゆくにつれ、生垣の虫の声も留めがたく(衰えてゆき)、まして秋の別れは惜しく感じられることだろう。

「さうの言葉し」と言っていた人がやって来て、その手から、(私の)文への返事として(渡された、その文に添えて)。声を張り上げて鳴く螢の群れの中の虫の音を、おぼろげなままに人が尋ねるのだろうか(聞き分けることなどできはしない)。

方違えで移っていた人があって、妙なことがあって帰ってしまった翌朝、朝顔の花を贈ろうとして。はっきりしない。あれがそうなのか、そうでないのか。明け方の薄明の空におぼろに浮かぶ朝顔の花(のように、あなたのことも判然としない)。

返歌。あなたの筆跡を見間違えることがありましょうか。どれがどれと色を見分けるほどに、朝顔のありかははっきりしているのに(あなたが迷うとは)、悲しいことです。

筑紫へ行く人の娘の(歌への)。返歌。西の海の方を思いやって月を見ると、たゐに明るく吹く風さえあることだ(月も風も、西へ行く人を思わせる)。

西へ行く月の便りに手紙を託そうにも、書き絶えてしまうだろうかと、雲の通い路を(頼りに思案し)、はるか彼方にある所へ(便りが)行くだろうか行くまいかと思いわずらう。

ある人が山里から紅葉を折ってよこした。露の深く置いた奥山里の紅葉葉に通う(涙に濡れた)私の袖の色を、あなたに見せたいものだ。返歌。嵐の吹く遠い山里の紅葉葉は、露さえ留まることの難しいほど(激しく散り行く)ことよ。

また、その人の(歌)。紅葉を誘う嵐は速いけれど、その下を荒らすことなく過ぎてゆく(私の)心であることよ。

物思いに悩む人の、嘆き訴えた歌への返事に、霜月の頃。霜と氷の閉ざす頃の水茎(筆)は、書こうにも書けず、もどかしい心地ばかりがする。返歌。おいでにならなくても、なお手紙を書き続けてください。霜氷の張る(便りの)上で、思いは長くなるばかりです。

賀茂へ参詣したところ、郭公がまだ鳴き足りないという明け方に、片岡の梢が、頭のように見えた。郭公の声を待つ間、片岡のそりの近づくあたりに立って、夜露に濡れてしまいそうだ。

弥生の朔日、河原に出たところ、傍らにある車に、法師が髪を唐ぶりに結って、居合わせた博士たちを憎んで(詠んだ歌)。祓所の神の飾りのみてぐらに、歌でも紛らわしい文挟みであることよ(唐ぶりの髪を文挟みに見立てて)。

次の場面:雁に言伝を託す歌、肥前からの文への返歌、海辺の旅の歌、雪の贈答、故郷を思う歌など、旅と別れに寄せた歌が並ぶ

次の場面:第2場面 旅と別れの歌
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底本:『日本歌学全書 第3編』佐々木弘綱・佐々木信綱共編並標註(博文館、明治24年[1891])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

明治24年(1891)佐々木弘綱・佐々木信綱共編並標註『日本歌学全書 第3編』(博文館)所収「紫式部集」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、標註・傍註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。