紫式部集 / 第2場面
旅と別れの歌
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あらすじ・人物・読み方
雁に言伝を託す歌、肥前からの文への返歌、海辺の旅の歌、雪の贈答、故郷を思う歌など、旅と別れに寄せた歌が並ぶ。
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原文・発音の読み・現代語
現代語で読む
おぬありし人を思い、また人のたどたどしくし合ったその方を、見に行って会い、秋が代わるのに思いをかなえようと言った。手紙の上に姉君と書き、中の君と書き交わしていたが、その父が遠い所へ行き別れるのに、よそながら別れを惜しんで。北へ行く雁の翼に言伝てよ。雲の上の書き(手紙)を、書き絶やさずにいてほしい。
返歌は、西の海の人からであった。行き巡れば、誰も都へ帰るもの。その山はどちらと聞く宿の、春の遠さよ。
津の国という所から、(歌を)せがまれたので。難波潟に群れる鳥と一緒に、私も立ち去るものと思っていたならば。
返歌。筑紫の肥前という所から文をよこしたのを、たいそう遠い所で見た。その返事に。追い見ようと思う心は、松浦にある甲斐の神よ、空へ去ってしまうのだろうか。
返歌が、翌年になって届いた。行き巡って逢おうと、松浦の鏡にいたれを掛けつつ祈るのだとか(聞く)。
近江の水海(琵琶湖)で、三尾が崎という所で網を引くのを見て。三尾の海に網を引く民の、暇もなく立ち居るのにつけても、都が恋しいことよ。
磯の浜で、鶴が声々に鳴くのを(聞いて)。磯陰に同じ心で田鶴が鳴く。私を思い出してくれる人は、いったい誰なのだろう。
夕立が去ってしまいそうだといって、空が曇り稲光がする時に。空が掻き曇り、夕立の雨(涙)が荒く降るので、憂いを定めた舟は、どこで心が晴れるのだろう。
いはつ山という道の、たいそう険しいのを、いづの男が仰々しい様子をしながら、なお辛い道ですねと言うのを聞いて。知らないことだろう。往来の人々が踏み慣らすいはつ山よ。世に古びた道は、辛いものだということだ。
水海(琵琶湖)で、あいつ潟という洲の先に向かい、わらわべの浦という入り海の趣のよさに立ち興じて。浦という入り海の趣のよさに、立ちすさみ(興じ)ながら。老津島を守る神よ、知るだろうか。涙も騒ぐ、童べの浦よ。
暦に初雪が降ると書いてある日、目に近い日野の岳という山の雪が、たいそう深く見渡されたので。返歌。ここに、こうして日野の杉群を埋める雪は、小塩の松に今日は紛れるほどであろう。小塩山の松の上葉に、今日はああ、峰の薄雪が花と見えるだろう。
降り積もって、たいそう扱いにくい雪を掻き捨てて、山のように(なった所で)。居合わせた人々のそばで、なおこれを出てご覧なさいと言うので。故郷へ帰る山路がもしそれとあるなら、心も行くことだろう。雪も見ていこうと思う。
年が改まって、からひを見に行こうと言った人が、春に来る物を、どうやってお返し申し上げようかと言っていた時に。春になっても去らない野の雪は、ますます積もる。溶けるはずの時はいつなのか、秋なのか。
底本:『日本歌学全書 第3編』佐々木弘綱・佐々木信綱共編並標註(博文館、明治24年[1891])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治24年(1891)佐々木弘綱・佐々木信綱共編並標註『日本歌学全書 第3編』(博文館)所収「紫式部集」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、標註・傍註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。