紫式部集 / 第4場面
宮仕えの日々
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あらすじ・人物・読み方
朝顔の露の歌に始まり、青柳・薬玉・三十講・池の篝火の歌、小少将の君の水鷄の歌など、宮仕えの折々の贈答が続く。
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世の中の騒がしい頃、朝顔を人のもとへ贈るといって、消えゆく定めの身をはかなく、朝顔の露と争う世を、驚くばかりだ。
世を常なしと思う人の長(をさ)を、秋の人が怪しんだ時に、唐竹というものを瓶に挿した女房が、祈っているのを見て。若竹の伸びゆく末を祈ることよ。この世を憂しと言い合うものだから。
身をも顧みずいると嘆く事が、漸くあの目に、一途であるのを思った。ぶるのさえあるのを思った。数ならぬ心に身をば任せねど、身に去り違うのは心であったよ。心だけでも、どうある身に叶うのだろう。思い去っても、思い去られはしない。
初めて内裏辺りを見るにも、物の折れ(心の屈折)があれば、身の憂さを心のうちに堪え忍んで、今、九重(宮中)に思い乱れる。憂い事と思い乱れて、青柳の糸も久しくなってしまったことよ。返歌。つれづれと足掻く春の日は、青柳の糸も、憂き世に乱れて降るようだ。
どう仮にも思い去るべき身を、いよいよ痛く上手めく「かあ」と言った人を聞いて。道理がないよ。人は人と言わないとしても、自分で我が身を思い捨ててよいものか。
薬玉を贈ってよこしたので、忍んできた袖が現れる。菖蒲草は、言わないうちに朽ちて止んでしまうだろうから。返歌。今日はこうして引きかけた物を、菖蒲草よ、我が身の隠れに濡れ渡ってきたよ。
土御門殿で、三十講の五日目が五月五日に当たった時に、妙なることよ。今日は五月の五日といって、五つの名に会えた御法も。
その夜、池の篝火に、見分ける光が合わさって、昼よりもそこまで明るく、あぶる煙に香が今めかしく匂って。暮れると、篝火の影も騒がない池の水に、幾千代も澄むであろう、法の光であることよ。
お早け(夜明け)のほどに、言いえぎらい、すもひかひ給える人々が、さしも思う事もなさりそうにない様子の、宵のほどを、たいそう心深く思い乱れて、澄んだ池の底まで照らす籬の火の眩しさまでも、漏らす我が身であることよ。
漸く明けゆくほどに、渡殿に来て、つばねの去(い)ったところから出る水を涸らそうと押さえて、去(い)橋を見ていたところ、空の景色は、春の霞にも秋の霞にも劣らない比類があって、小少将の住まいの格子を打ち叩いたところ、あち(彼方)て押し下ろし給わり、共々降りて、仰ぎ見るあたりで、影を見ても憂い我が涙が落ち添って、角咎しい瀧の音であることよ。返歌。独りいて涙ぐんでいた水の面に、浮き草は晴れるだろう。その影はどれと(言うのか)。
おからなれば入りぬ。あがき根を包みて、あべて世の憂きに流れる菖蒲草よ。今日までこうして根這い、甲斐を見る。返歌。何事と、菖蒲は分からないまま、今日もなお、袂に余る根こそ絶えないでほしい。
うちに水鷄の鳴くのを、七日・八日の夕月夜に、小少将の君(が詠んだ)。天の戸の、月の通い路は差さないけれど、どちらの方に叩く、水鷄なのかと。返歌。帳の戸も差さずに休らう月影に、何を分かそうとして叩く水鷄なのだろう。
夜更けて戸を叩いた人が、翌朝(よこした歌)。夜もすがら、水鷄よりいっそう鳴き明かしたことよ。帳の戸口に叩き侘びたのだ。返歌。堪えきれないとばかりに叩く水鷄ゆえ、明けてはどれほど悔しいだろう。
底本:『日本歌学全書 第3編』佐々木弘綱・佐々木信綱共編並標註(博文館、明治24年[1891])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治24年(1891)佐々木弘綱・佐々木信綱共編並標註『日本歌学全書 第3編』(博文館)所収「紫式部集」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、標註・傍註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。