ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

更級日記 / 第7場面

初瀬・清水の夢

あらすじ・人物・読み方

初瀬に参籠して鏡に影を見る夢、清水詣での夢のお告げ。老いゆく身と、宮仕えへの思いが交錯する。

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物儚い心にも、『常に天照御神を念じ申せ』と言う人がある。どこにいらっしゃる神仏なのかなど、そうは言っても、ようよう思い分かれて、人に尋ねると、『神でいらっしゃいます。伊勢にいらっしゃいます。紀伊国に、紀の国造と申すのは、この御神です。それから、内侍所に、すべら神でいらっしゃいます』と言う。伊勢国までは思い描くべきでもないようだ、内侍所にどうして参り拝み申し上げよう、空の光を念じ申すべきなのだ、などと浮いて思われる。

親族である人が、尼になって、修学院に入ったのに、冬頃、涙まで降り添いつつ思いやる、嵐が吹いているだろう冬の山里を。返しは、分けて尋ねる心の程が見えることだ、木陰が暗い夏の茂りを。

東国に下った親が、ようやく上って、西山にある所に落ち着いたので、そこに皆渡って見ると、ひどく嬉しいのに、月の明るい夜、一晩物語などして、こんな世もあったものを、最後とあなたに別れた秋はどうだったか。と言うと、ひどく泣いて、思うことが適わないなどと厭い続けた命の程も、今は嬉しい。これが別れの門出と言い知らせた程の悲しさよりは、無事に待ち受けた嬉しさも限りないけれど、『人の上で見たのに、老い衰えて世に出て交じったのは、名残惜しく見えたので、私はこうして閉じこもってしまうべきだ』とばかり、残り惜しく世を思い言っているのに、心細耐えられない。

東は野が遥々とあるのに、東の山際は、比叡の山から稲荷など言う山まで現に見え渡り、南は双が岡の松風がひどく耳近く心細く聞こえて、中には、頂の元まで、田と言うもののひた引き鳴らす音など、田舎の心地がして、ひどく趣深いのに、月の明るい夜などは、ひどく面白いのを眺め明かし暮らすのに、知っていた人が、里が遠くなって、音沙汰もない。便りに付けて、『何事かあるのだろう』と伝える人に驚いて、思い出して人こそ尋ねない、山里の籬の荻に秋風は吹く。と言ってやる。

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底本:『新註更級日記』吉川秀雄著(精文館書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

大正15年(1926)吉川秀雄著『新註更級日記』(精文館書店)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、頭註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。