更級日記 / 第6場面
石山詣と父の別れ
あらすじ・人物・読み方
石山詣ののち、父が東国への任に下る。懐紙に書いた父の腰折歌、門出の贈答、残される者の嘆き。
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七月十三日に下る。五日も前からは、見るのもかえってできないので、家にも入らない。参ってその日は、立ち騒いで、時が来たので、今はと言って、簾を引き上げて、見合わせ合って、涙をぼろぼろと落として、そのまま出てしまったのを、見送る心地は、目も暮れ惑って、そのまま倒れ伏してしまったのに、留まる男が、送りして帰るのに、懐紙に、思うことが心に適う身であったなら、秋の別れを深く知ったろう。とばかり書かれているのさえ、見ることができない。事が順調な時こそ、腰折れ歌も思い続けていたのに、あれこれ言う方法も思いつかないままに、あなたに別れるべきとは。少しも思わなかった、この世でしばらくとも書かれていたのだろうか。
ますます人目も見えず、寂しく心細く眺めながら、どこばかりと明け暮れ思いやる。道の程も知らなかったので、遠く恋しく、心細いこと限りなも知っているから。い。明けるより暮れるまで、東の山際を眺めて過ごす。
八月頃に、太秦に籠るのに、一条から参る道で、男車を二つほど引き立てて、物へ行くのに、一緒に来るはずの人を待っているらしい、過ぎて行くと、随身めいた者をよこして、『花見に行くと君を見るかな』と言わせたので、『こんな程の事は答えないのも具合が悪い』などと言うと、『千草なる心慣らいに、秋の野の』とばかり言わせて行き過ぎてしまった。七日お仕えする程も、ただ東路ばかりが思いやられて甲斐がない。『どうか、ようやく離れて、無事に会わせてください』と申すのは、仏も哀れと聞き入れてくださったのだろう。
冬になって、一日中雨が降り暮れた夜、雲を返す風が激しく吹いて、空が晴れて月がひどく明るくなって、軒近くの荻がひどく風に吹かれて砕け惑うのが、とてもしみじみとして、秋をどう思い出すだろう、冬が深まり嵐に惑う荻の枯葉は。
東国から人が来た。『神拝という行事をして、国の中を歩いた時に、水が趣深く流れる野が遥々とあるのに木群がある、趣深い所だな、見せないでと、まず思い出して、『ここはどこかと言う』と尋ねると、『子忍びの森と申します』と答えたのが、身に引き比べて、ひどく悲しかったので、馬から降りて、そこに二時ほど眺めていた。留め置いて私のように物を思っただろう、見るに悲しい子忍びの森よ。と覚えた』とあるのを見る心地は、言えばなおさらだ。返事に、子忍びを聞くにつけても、留め置いた秩父の山のつらい東路よ。こうして、つれづれと眺めるのに、どうして物詣でもしなかったのだろう。母がひどかった昔気質の人に、初瀬にしよう。石山、関山を越えてひどく恐ろしい。鞍馬はあの通りの山、連れて行くことは、ひどく恐ろしい。父が上って、ともかくも』と、突き放した人のように、煩わしがって、わずかに清水に連れて籠った。それでも、例の癖は、本当らしく思われ申されない。彼岸の程で、ひどく騒がしく、恐ろしいまで覚えて、うとうと眠り入ったのに、御帳の方の犬防ぎの中に、青い織物の衣を着て、錦を、頭にも被り、足にも履いた僧の、別当と思われるのが寄って来て、『行く先の哀れなことも知らず、そんなつまらない事ばかり』と、むっつり怒って、御帳の中に入ってしまったと見ても、驚いても、こんなに見えたとも語らず、心にも思い留めずに出てしまった。
母が、一尺の鏡を鋳させて、自分で行けない代わりにと言って、僧を出し立てて、初瀬に詣でさせる。『三日お仕えして、この人のあるべき様を、夢に見せてください』などと言って、詣でさせるようだ。その程は精進させる。この僧が帰って、『夢さえ見ずに出てしまうのが本意ないこと、どう帰っても申し上げるべきかと、ひどく寝額づき行って寝ていたところ、御帳の方から、ひどく気高く清らかにいらっしゃる女が美しく装って、奉った鏡を引き下げて、『この鏡には手紙が添えてあったか』とお尋ねになると、畏まって、『手紙もございませんでした』とお答え申し上げると、『おかしなことだ。手紙を添えるべきものを』と言って、この鏡を、『こちらに映る影を見よ。これを見れば哀れで悲しいぞ』と言って、さめざめとお泣きになるのを見ると、伏し転び泣き嘆く影が映っていた。『この影を見れば、ひどく悲しい。これを見よ』と言って、今もう一方に映る影をお見せになると、御簾どもが青々と、几帳を押し出した下から、いろいろの衣がこぼれ出て、梅や桜が咲いているのに、鶯が木伝いに鳴いているのを見せて、『これを見るのは嬉しい』とおっしゃったと見えた』と語るのだ。どう見えたのかとさえ、耳にも留めない。
底本:『新註更級日記』吉川秀雄著(精文館書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)吉川秀雄著『新註更級日記』(精文館書店)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、頭註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。