ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

更級日記 / 第8場面

宮づかへ

あらすじ・人物・読み方

祐子内親王家に出仕する。衛門の命婦やはかせの命婦、梅壺の女御らとの交わり、源氏物語をめぐる対話、女房たちとの歌の贈答。

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十月になって、京に移る。母は尼になって、同じ家の中だけれど、方ごとに住み離れている。父はただ私を大人にし据えて、私は世にも出て交じらず、陰に隠れたような様子でいるのを見るのも、頼もしくなく心細く思われるのに、お聞き及びのゆかりある所に、『なんとなくつれづれで心細くしているよりは』とお召しになるのを、昔気質の親は、宮仕え人はひどく憂いことだと思って過ごさせるのを、『今の世の人は、そんなにこんなには出ない。そうしても自然と良い例もある。そう試してみよ』と言う人々がいて、渋々に仕えに出される。

まず一夜参る。菊の濃く薄いのを八つほど、濃い掻練を上に着た。そうも物語にばかり心を入れて、それを見るより他に、行き通う類い、親族などさえ特にいない、昔気質の親どもの陰ばかりで、月も花も見るより他の事はない習慣で、出立する程の心地は、彼でもなく、現実とも思えず、暁には退出した。里びた心地には、かえって定まった里住まいよりは、趣深い事も見聞きして心も慰みもしようと思う折々があったのを、ひどくみっともなく、悲しい事であるはずだと思うけれど、どうしよう。

師走になって、また参る。局にいて、この度は数日お仕えする。上には、時々、夜ごと参上して、知らない人の中に臥して、少しもまどろめず、恥ずかしく物に慎み深いままに、忍んで泣かれながら、暁には夜深く下りて、一日中、父が老い衰えて、私を子とも頼もしい影のように思い頼んで向かい合っているのに、恋しく心もとないばかりに思われる。母が亡くなった姪どもも、生まれた時より一緒で、夜は左右に臥し起きするのも、哀れに思い出されなどして、心も空に眺め暮らされる。立ち聞きし垣間見ようとする人の気配がして、ひどく物慎み深い。

十日ほどあって退出したところ、父は、はは、龕に火など起こして待っていた。車から降りたのを見て、『いらっしゃる時こそ人目も見え、お仕えの人などもいたけれど、この頃は人の声もせず、前に人影も見えず、ひどく心細くわびしかった。こうしてばかりでも、私の身をどうしようかとする』と泣くのを見るのもひどく悲しい。翌朝も、『今日はこうしていらっしゃるので、内と人が多く、この上なく賑やかにもなったことだ』

と言い合って向かい合っているのも、ひどくしみじみとして、何の匂いがあるのかと、涙ぐましく聞こえる。

聖などでさえ、前世のことを夢に見るのはひどく難しいのに、ひどくこう、跡は儚いようにはかばかしくない心地に、夢に見るよう、清水の礼堂にいると、別当と思われる人が出て来て、『あなたは、前世に、この御寺の僧であったのです。仏師として仏をひどく多く作り奉った功徳によって、かつての素性に勝って人として生まれたのです。この御堂の東にいらっしゃる丈六の仏は、あなたの作ったものです。箔を押し掛けて亡くなったのです』と。『ああひどい。それでは、あれに箔を押し奉ろう』とと言うと、『亡くなったのなら、別の人が箔を押し奉って、別の人が供養もした』と見た後、清水に丁寧に参り仕え申したなら、前世にその御寺に仏を念じ申し込む力で自然と用もあったろう。ひどく言い甲斐なく、詣で仕え申すこともなくて終わってしまった。

十二月二十五日、宮の御仏名にお召しがあるので、その夜だけと思って参った。白い衣どもに、濃い掻練を皆着て、四十余人ほどで座っていた。案内して出た人の陰に隠れて、いる中にかすかに見えて、暁には退出する。雪が散りながら、ひどく激しく凍りまでする暁方の月が、ほのかに濃い掻練の袖に映るのも、なるほど濡れる顔である。道すがら、年は暮れ、夜は明け方の月影が、袖に映る程が儚い。

こうして仕えに出なかったなら、それでも宮仕えの方にも立ち慣れ、世に紛れたのも、ねじけたような覚えもない程は、自然と人のようにもお思いもてなしてくださる様もあったろう。親たちも、ひどく分からず、程もなく込め据えた。そうは言っても、その有様がたちまちに煌びやかな勢いなど案配しようもなく、ひどく良くなかったそぞろ心でも、殊の外に違ってしまった有様であることよ。いく度水の田芹を摘んだことか、思った事が露も適わない。とばかり独り言を言ってやめた。

その後は、なんとなく紛らわしいのに、物語の事も絶えて忘れられて、物真面目な様子に心もなり果てて、どうして、多くの年月を徒らに伏し置いたのに、修行も物詣もなかったのだろう。この予め思う事でも、思った事どもは、この世にありうべき事どもなのだろうか。光源氏ほどの人はこの世にいらっしゃったのだろうか。薫大将が宇治に隠し据えなさるはずもない世である。ああ物狂おしい、どれほど良くない心かと思い染み果てて、真面目に過ごすとなれば、そうもあり果てない。参り始めた所にも、こう書き籠もるのを本当ともお思いでない様子に人々も告げ、絶えずお召しなどする中にも、わざわざお召しになって、若い人を参らせよとおっしゃるので、避けられず出し立てるのに引かれて、また時々出立するけれど、過ぎ去った方の様な相応の心驕りをさえする様もなくて、さすがに若い人に引かれて、折々差し出るのにも、慣れた人は、この上なく何事につけてもありつき顔に、私はひどく若人であるはずにもなず、また大人にされるべき覚えもなく、時々の客に差し放たれて、そぞろな様だけれど、一重にそなた一つを頼むべきでないので、私より勝る人がいても、羨ましくもなく、かえって心安く思えて、参るべき折節参って、つれづれな、参るべき人と物語などして、目出度い事も、趣深く面白い折々も、私の身はこうして立ち交じりたく人にも見知られるのにも憚りがあるので、ただ大方の事にだけ聞きながら過ごすのに、内裏のお供に参った折、有明の月がひどく明るいのに、私が念じ申す天照御神は内裏にいらっしゃるそうだ、こんな折に参りて拝み奉ろうと思って、四月頃の月が明るいのに、ひどく忍んで参ったところ、博士の命婦は知る便りがあるので、灯籠の火がひどくほのかなのに、浅ましく老い神びて、さすがにひどくよく物などを言っているのが、人とも思えず、神が現れなさったかと思われる。

またの夜も、月がひどく明るいのに、藤壺の東の戸を押し開けて、相応しい人々が物語しながら月を眺めるのに、梅壺の女御のお出ましになる音が、ひどく奥ゆかしく言うのにも、故宮がいらっしゃる世であったなら、こうしてお昇りなさったろうなどと、人々が言い出す、本当にしみじみとする。

天の戸を雲居ながらもよそに見て、昔の跡を恋う月であるよ。

冬になって、月もなく、雪も降らないながら、星の光に空がさすがに隈なく冴え渡った夜の限り、殿の御方に仕える人々と物語し明かしながら、明けると立ち別れ立ち別れしながら退出したのを思い出したので、月もなく花も見なかった冬の夜の、心に染みて恋しいのはなぜか。私もそう思うことであるのを、同じ心であるのも趣深くて、冴えた夜の氷は袖にまだ解けて、冬の夜ながら音を立てて泣け。御前に伏して聞くと、池の鳥どもが、夜通し声々に羽ばたき騒ぐ音がするのに、目も覚めて、私のようだ、水に浮き寝して明かしながら、上の毛の霜を払いかねている。と独り言を言ったのを、傍らに伏していらっしゃる人が聞き付けて、まして思え、水に仮寝する程でさえ、上の毛の霜を払いかねた。

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底本:『新註更級日記』吉川秀雄著(精文館書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

大正15年(1926)吉川秀雄著『新註更級日記』(精文館書店)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、頭註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。