更級日記 / 第9場面
春秋の論と資通
あらすじ・人物・読み方
宮の女房たちと春秋の優劣を論じ合う。読経の人と見えた源資通との歌や文の交わり、斎宮の雪の夜の昔語り。
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語らう人同士、局の隔ての遣戸を開け合わせて、物語などして暮らす日、また語らう人の上に物をなさるのを度々呼び下ろすのに、『切に来いとあれば行行こう』とあるのに、枯れた薄があるのに付けて、冬枯れの篠の薄、袖がだるく、招きも寄せまい、風に任せよう。上達部、殿上人などに対面する人は定まった様なので、初々しい里人は、有無さえ知られるべきでもないのに、十月一日頃のひどく暗い夜、不断経に、声の良い人々が読む程だと言って、その近くの戸口に二人ほど立ち出て、聞きながら、物語して、寄り臥しているのに、参った人がいるのを、『逃げ入って局の人々を呼び上げなどするのも見苦しい。それなら、ただ。折からこそ。こうしてただ』と言う今一人のあれば、傍らで聞いていたのに、大人しく静かな気配で、物を言う。口惜しくない様だ、『今一人は』など尋ねて、世の中の哀れな事を同情してなども言わず、世の常の打ち付けの毛先の入り難い節々があって、私も人も客へなどするのを、まだ知らない人がいたなど珍しがって、すぐに立てるはずもない程、星の光さえ見えず暗いのに、時雨れながら、木の葉に掛かる音の趣深いのを、『なかなかに艶で趣深い夜だな。月が隈なく明るいのも、みっともなく眩しいはずだった』『春秋の事などを言って、『時に従って見る事に、春は霞が面白く、空も長閑に霞み、月の顔もひどく明るくもなく、遠く流れるように見えたのに、琵琶の風香調を緩やかに弾き鳴らしたのが、ひどく良く聞こえるのに、また秋になって、月がひどく明るいのに、空は霧が渡ったけれど、手に取るばかり鮮やかに澄み渡ったのに、風の音、虫の声、取り集めた心地がするのに、筝の琴を掻き鳴らされた、横笛を吹き澄まされたのは、どうして春と比べて疑わしい。また逆かと思えば、冬の夜の、空まで冴え渡り、ひどいのに、雪が降り積もり、光り合ったのに、篳篥が震え出たのは、春秋も皆忘れてしまうな』と言い続けて、『どちらに御心が留まりますか』と尋ねるのに、秋の夜に心を寄せてお答えになるのを、そのまま同じ様には言うまいとして、浅緑、花も一つに霞みながら、朧に見える春の夜の月。と答えると、繰り返し繰り返し口ずさんで、『それでは秋の夜はお思い捨てになさったのだ。今夜より後の命がもしもあるなら、それでは春の夜を形見と思おう』と言うと、秋に心を寄せた人が、人は皆春に心を寄せてしまった、私だけが見るだろうか、秋の夜の月を。とあるのに、ひどく興じて、思い煩った様子で、『唐土などでも、昔から春秋の定めはし得なかったのを、このようにお思い分けなさった御心どもを思うと、揺らぎましょう。私の心のなびき、その折の哀れとも趣深いとも思う事がある時、そのまま、その折の空の景色も、月も花も、心に染められるのにこそあるはずだ。春秋をお知らせなさった事の節が、ひどく承りたい。冬の夜の月は昔から凄まじいものの例に引かれておりましたのに、またひどく寒くなどして、特に見られなかったのを、斎宮の御裳着の勅使として下った時に、暁に上ろうとして、数日降り積もった雪に月がひどく明るいのに、旅の空とさえ思えば、心細く思われるのに、退出を申しに参ったところ、世の所にも似ず、思いなしさえ恐ろしいのに、相応しい所にお召しになって、円融院の御代から参っていた人が、ひどく神び古めかしい気配がひどく趣深く、昔の古事どもを言い出して、泣いたりなどして、よく調えた琵琶の御琴を差し出されたのは、この世の事とも思えず、夜の明けるのも惜しく、京の事も思い絶えないばかり思われました時から、冬の夜の雪の降る夜は思い知られて、火桶などを抱いても、必ず出ていて見られました。お前たちも、必ずそう思う訳がありましょう。それなら、今夜からは、暗い闇の夜に時雨が打つのは、また心に染みるでしょう。斎宮の雪の夜に劣るはずの心地もしない』などと言って別れた後は、誰とも知られないだろうと思ったのを、またの年の八月に、内裏へお入りになるのに、夜通し殿上で御遊びがあった時に、この人がお仕えしていたのも知らず、その夜は下で明かして、細殿の遣戸を押し開けて見出したところ、暁方の月が、あるか無いかに趣深いのを見るのに、沓の声が聞こえて、読経などする人もいる。読経の人は、この遣戸口に立ち止まって、物を言うのに、答えたので、ふと思い出して、『時雨の夜こそ片時も忘れず恋しくございます』と言うのに、長く答える程でもないので、『何様まで思い出したのだろう、等閑の木の葉に掛かった時雨ばかりを』とも言いやらないのを、人々がまた来合うと、そのまますべり入って、その夜更けに退出したところ、一緒だった人が尋ねて返したりしたなども、後に聞く。『かつての時雨の様であるなら、どうにか琵琶の音の覚える限り弾いて聞かせようとある』と聞くのに、行きたくて、私も相応しい折を待つのに、全くない。
春頃、のどやかな夕方、参ったそうだと聞いて、その夜一緒だった人と誘い出ると、外に人々が参り、中にも例の人々がいるので、出たり入ったりした。あの人もそう思ったろう、静かな夕暮れを推し量って参っていたのに、騒がしかったので、退出した。鹿島見て、鳴門の浦に漕ぎ出る心は得たか、磯の海人よ。とばかりで終わってしまった。あの人の柄もひどくまっすぐに、世の常でない人で、その人はあの人はなども尋ね問わずに過ぎた。
底本:『新註更級日記』吉川秀雄著(精文館書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)吉川秀雄著『新註更級日記』(精文館書店)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、頭註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。