紀貫之
平安時代の歌人・官人。『土佐日記』の作者。本文では名は現れず、帰京する前国守は作者自身が仮託した旅の主とされる。
同じ人でも、立場や場面で呼び名が変わります。
平安時代の歌人・官人。『土佐日記』の作者。本文では名は現れず、帰京する前国守は作者自身が仮託した旅の主とされる。
「男もすという日記というものを、女もしてみよう」として筆を取る女性に仮託した語り手。船旅の日々を記す。
呼び名:女の語り手土佐の国守の任を終え、京へ帰る旅の主。文中では「ある人」「船君」とも呼ばれる。亡き娘の父。
呼び名:ある人・船君・舟君・舟君なる人・病者新しく土佐へ赴任した国守。二十六日に館で大和歌を詠み、前国守らをもてなす。
呼び名:新任の国守・今の守送別の人。船路であるのに馬の餞(はなむけ)をした。底本では「藤原言實」と表記される。
呼び名:藤原言實・藤原の言實見送りに来た人々の一人。藤原言實らとともに大津・浦戸の別れに臨む。
呼び名:橘の季衡見送りに来た人々の一人。九日の条に名が見える。
僧。二十四日に馬の餞をしに出て来て、正月二日には物や酒を送ってきた。
正月の大湊滞留の折、酒やよいものを持って来た人物。読みは底本の振り仮名が判然とせず「ちみね」とした。
舟が遅れて室津へ来た男。維茂とともに十二日の条に現れる。
文時とともに室津へ来た男。
京で生まれ、土佐の任国で亡くなった前国守の娘。帰京の旅を通して、折々に思い出され歌に詠まれる。
呼び名:京で生まれ土佐で亡くなった女子・亡くなった女子・この家で生まれた女子・白玉亡き子の母。二月五日と九日に、子を思う歌を詠んで泣く。
呼び名:昔つ人の母二月四日の条で、船にいる人が忘れ貝に寄せて恋ひ慕う昔の人。
正月二十一日の童の歌の中で思われる、故郷にいる父母。
呼び名:わが父母渚の院の主であった故人。二月九日の条で、昔の宿の梅の歌の思う相手として現れる。
呼び名:故、惟高の御子昔、唐へ渡った歌人。正月二十日の条で、青海原の歌の故事が語られる。
呼び名:仲麿・仲麿のぬし船中・道中で歌を詠んだ、名の示されない人々。複数の人物を含む。
船中で歌を詠んだ、名の示されない女。
船中で歌を詠んだ、名の示されない童。
船中の女の子ども。十一日に羽の歌、十五日に風と浪の歌を詠む。
正月七日、ある人の歌への返歌をひそかに詠んだ子ども。
正月二十一日、遣われようとして付いて来た童。故郷の父母を思う歌を歌う。
呼び名:つきて来る童年九つばかりの童。正月二十二日に「山さへ行く」の歌を詠む。
正月七日、池と名のある所の家から若菜などを送ってきた家の人。若菜の歌の詠み手。
正月七日、わりご(行器)を持たせて来て歌を詠んだ訪問者。筆者はその名を思い出そうとする。
正月十三日、湯浴みに出かけて海を見て歌を詠んだ町の女。
船の人々。九日に宇多の松原の鶴の歌を詠んだ舟人を含む。
船の進路を預かる梶取・舵取。船歌を歌い、神仏への祈りや航路の判断を担う。
呼び名:舵取・楫取船の長(おさ)である翁。正月十八日に月の歌を詠む。
門出や大津・浦戸の別れに見送りに来た人々。
呼び名:かの人々正月二十六日に追ひ風の歌を詠んだ、淡路のたうめという人。
二月六日、舟酔いしていたが船底から頭を持ち上げて歌を言った、淡路の島のおほいこ。おほいこの読み・語義は底本の仮名のままに残した。
二月五日、海が鏡のようになったのを見て歌を詠んだ、居合わせた人。底本の表記のまま「ゐる人」とした。
昔、土佐に住んでいて、この船にまじった女。正月二十九日に住みし所の歌を詠む。
呼び名:女帰京の夜、筆者とともに亡き娘を思う最後の歌を言った、心を知り合った人。
二月三日の涙の玉の歌の詠み手。本文に明示がないため、詠み手不詳として登録する。