謡曲「浮舟」 / 第6場面
浮舟の霊、都卒へ
あらすじ・人物・読み方
浮舟の霊が現れ、妻戸を放って川へ出た夜と、横川の僧都に救われて法に頼む今を語り、弔いを受けて都卒天に生まれると告げる。夜明けの横川に杉の嵐のみが残る。
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後シテ「亡き影の絶えぬも同じ涙川、寄る辺定めぬ浮舟の、法の力を頼むのである。あさましいこと、本より私は浮舟、寄る方分かで漂う世に、憂き名が洩れようと思いわびて、この世になくなってしまおうと、明け暮れ思い煩って、人々が皆寝たころに、妻戸を放って出てみると、風は烈しく川波は荒く聞こえたのに、知らぬ男が近づいてきて、誘い行くと思ったときから、心も空になり果てて、逢う瀬の絶えることもなく。
地「私のあの様子もあさましいこと。シテ「あさましい、あさましいこと。橘の、地「小島の色は変わらないのに。シテ「この浮舟こそ、寄る辺も知られない。
地「大慈大悲の理は、繰り返し、大慈大悲の理は、世に広いけれど、殊に私は、心を一つに怠らず、明けては出る日の影を、絶えぬ光と仰ぎながら、暮れては闇に迷うべき後の世をかけて頼んだのに。
シテ「頼んだ、その、地「ままの観音の慈悲。頼んだままの観音の慈悲が、初瀬の便りに横川の僧都に見つけられ、小野に伴われて、祈り加持して物の怪の気色も、夢の世になお苦しみは大比叡や横川の杉の、古い事どもまで、夢に現れて見えたまい、今この聖も同じ便りに、弔い受けようと思ったところ、思いのままに執心が晴れて、都卒天に生まれる。うれしいと言うかと思えば明け立つ横川、言うかと思えば明け立つ横川の、杉の嵐が残るのだろう。杉の嵐も残るのだろう。
底本:謡曲二百番:四流対照 上巻 芳賀矢一訂(金港堂書籍、明治42年)。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治42年(1909)芳賀矢一訂『謡曲二百番:四流対照』上巻(金港堂書籍)所収「浮船」(観世流)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の主文(観世流)の字句を残し、他流の異文符は本文に含めていません。発音の読みと独自訳を添えています。