御伽草子「浦島太郎」 / 第6場面
玉手箱と鶴亀の結末
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あらすじ・人物・読み方
禁を破って箱を開けると紫の雲が立ちのぼり、太郎はたちまち年を取り、鶴となって虚空へ飛んだ。語り手は情けの教訓を説き、浦島と亀は夫婦の明神となったと結ぶ。
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さて浦島太郎は、一本の松の木陰に立ち寄り、呆れ果てていた。太郎が思うことには、亀が与えた形見の箱は、くれぐれも開けてはならないと言ったけれども、今となってはどうしようもない。開けて見たいと思い、〔開けて〕見ることこそ悔しかった。
この箱を開けて見ると、中から紫の雲が三筋立ちのぼった。これを見ると、二十四、五歳の年齢もたちまち変わり果ててしまった。
そもそも浦島は鶴になって、虚空に飛びのぼった時。この浦島の年齢を、亀が計らいとして、箱の中にたたみ入れておいたのだった。それでこそ七百年の齢を保ったのだった。開けて見てしまったことよ。開けてしまったのは、まことによくないことだった。
あなたに逢う夜のうららかな〔底本「うらゝまが」〕玉手箱よ。開けてしまったのが悔しくて、わが涙よ。と歌にも詠まれております。
生あるものは、どれも情けを知らないということはない。まして人間の身として、恩を受けて恩を知らないのは、木や石にたとえられる。
情の深い夫婦は、二世の契りと申しますが、まことに有り難いことです。浦島は鶴になり、蓬莱の山にあひなふす。亀は甲に三千の祝いを添える。万代を経たのである。そもそも、めでたい例えにも、鶴亀をこそ申すのです。人には情がある。情のある人は行く末がめでたいと、言い伝えられている。その後、浦島太郎は、丹後の国に浦島の明神と顕れ、衆生を済度された。亀も同じ所に神と顕れ、夫婦の明神となられた。めでたい例である。
底本:『御伽草子 後』今泉定介・畠山健校定、吉川半七、明治24年[1891](国立国会図書館蔵 913.49-O-I)所収「浦島太郎」。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治24年(1891)今泉定介・畠山健校定『御伽草子 後』(吉川半七、国立国会図書館蔵 913.49-O-I)所収「浦島太郎」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本は渋川版の本文を明瞭な字形で伝える明治の校定本で、通行字体・現行仮名へ写し、句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。