謡曲「熊野」 / 第3場面
花見の車
この場面の挿絵を見る

あらすじ・人物・読み方
文を聞いても宗盛は暇を許さず、熊野を花見の車に同乗させる。一行は東山へ向かう。
原文の一節を選ぶと、発音の読みと現代語を確認できます。読むだけでは音は出ません。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示設定
音声設定
原文・発音の読み・現代語
現代語で読む
熊野「今はこのようでございますから、お暇を頂いて、東へ下らせてくださいませ。
宗盛「老母の病気はもっともなことだが、それでも、この春だけの花見の相手を、どうして見捨てられようか。
熊野「お言葉を返すのは恐れ多いのですが、花は春が巡れば今だけに限るものではありません。これは儚い命の糸の、長い別れになってしまうやもしれません。ただお暇をくださいませ。
宗盛「いやいや、そんなに心弱くては、思いどおりにはさせられない。ともかく心を慰めるため、花見の車に同乗して、誰とでも心を慰めようと。
地「牛飼いに車を寄せよと言って、牛飼いに車を寄せよと言って。これも思いを秘めた邸のうち、早くお出ましをと勧めるけれど、心は前へ進みかねる。足の弱い牛の引く車の、力ない花見であることよ。
熊野「名も清らかな水の流れのままに車を留めれば。
地「川のほとりは音羽の山桜。
熊野「東路といっても東山、せめてこちらが懐かしい。
地「春先に雨があって、花の開くのが早い。秋の末に霜が降りなくても、落葉は不思議と散るのが遅い。山の外に山があって山は尽きず、路の中に道が多くて道は極まりがない。
熊野「山は青く山は白く、雲が来ては去っていく。
地「人は楽しみ人は愁える、これは皆、世の常の有様である。誰が言った春の色、まことに長閑な東山。四条五条の橋の上、四条五条の橋の上。老いも若きも男女も、貴きも賤しきも都も田舎も、色めき立つ花衣。
底本:『謡曲全集 上巻』大町桂月・丸岡桂 校、至誠堂、明治45年[1912](国立国会図書館蔵 特63-605)所収「熊野」。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治45年(1912)大町桂月・丸岡桂 校『謡曲全集 上巻』(至誠堂、国立国会図書館蔵 特63-605)所収「熊野」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と段落単位で照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添えています。