謡曲「熊野」 / 第5場面
酒宴とクセ
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あらすじ・人物・読み方
朝顔に促されて熊野は花の宴に戻る。酒宴のさなか、熊野はクセを謡い舞う。
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太刀持「その旨お伝えくださいませ。
朝顔「承知いたしました。申し上げます。はや花の下でのお酒宴が始まっております。急いでお参りあれとのお言葉でございます。
熊野「なに、はやお酒宴が始まったのか。
朝顔「さようでございます。
熊野「それでは参りましょう。ねえねえ皆さん、近くへお参りください。あら見事な花ですこと。今を盛りと見えますのに、どうしてお座興の歌などをお詠みにならないのですか。
熊野「まことに、思いが内にあれば、色が外に現れる。
地「よしや、是非もない世の習い、嘆いてもなお余りある。
熊野「花の前に蝶が舞う、紛々たる雪のよう。
地「柳の上に鶯が飛ぶ、片々たる金のよう。
地「花は流れに随って、香りの来ることが遅い。鐘は寒雲を隔てて、声の至ることが遅い。清水寺の鐘の声は、祇園精舎を現して、諸行無常の声であろうか。地主権現の花の色は、沙羅双樹の理そのもの。生者必滅の世の習い。まことに例のある装い、仏も元は捨てた世の、半ばは雲に上って見えない、鷲の霊山の名を残す。寺は桂の橋柱、立ち出れば峰の雲、花かと見紛う初桜の、祇園林の下の河原。
熊野「南を遥かに眺めれば。
地「大悲の擁護の薄霞、熊野権現の移り座す、御名も同じ今熊野。稲荷の山の薄紅葉の、散りかかっていた葉の秋。また花の春は清水の。ただ頼め頼もしい、春も数知れぬ花盛り。
熊野「山の名の、音羽嵐の花の雪。
地「深い情けを人は知るだろうか。
底本:『謡曲全集 上巻』大町桂月・丸岡桂 校、至誠堂、明治45年[1912](国立国会図書館蔵 特63-605)所収「熊野」。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治45年(1912)大町桂月・丸岡桂 校『謡曲全集 上巻』(至誠堂、国立国会図書館蔵 特63-605)所収「熊野」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と段落単位で照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添えています。