謡曲「熊野」 / 第6場面
村雨と歌
この場面の挿絵を見る

あらすじ・人物・読み方
にわか雨に散る花を見て、熊野が短冊に詠んだ一首が宗盛の心を動かす。熊野は東への暇を許され、都を発つ。
原文の一節を選ぶと、発音の読みと現代語を確認できます。読むだけでは音は出ません。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示設定
音声設定
原文・発音の読み・現代語
現代語で読む
熊野「わらわがお酌に参りましょう。
宗盛「おい熊野、一差し舞ってくれ。
地「深い情けを人は知るだろうか。
熊野「ねえ、にわかに夕立がして花が散りますのは、どうしたことでしょう。
宗盛「まことに、夕立がして花が散っているよ。
熊野「あら無情な夕立ですこと。春雨の。
地「降るのは涙か、降るのは涙か桜花、散るのを惜しまない人があろうか。
宗盛「いわれありげな歌の短冊を、取り上げて見れば。「どうしたらよいのでしょう。都の春も名残惜しいけれど、慣れ親しんだ東国の花は、もう散ってしまうのでしょうか。」
熊野「慣れ親しんだ東の花は、もう散ってしまうのでしょうか。
宗盛「まことに道理である、哀れである。さあさあ暇を取らせるぞ、東へ下りなさい。
熊野「なに、お暇をくださると。
宗盛「まぎれもないこと、とくとく下りなさるがよい。
熊野「あら嬉しい、ありがたいこと。これは観音のお利益です。ここまでです、嬉しいこと。
地「ここまでです、嬉しいこと。このまま都へお供すれば、またお心の変わるかもしれぬ。ただこのままにお暇をと、木綿つけの鳥が鳴く。東路をさして行く道の、やがて休らう逢坂の、関の戸締まりも心して。明け行く後ろの山が見えて、花を見捨てる雁の、それは越路へ、われはまた、東へ帰る名残であることよ。東へ帰る名残であることよ。
底本:『謡曲全集 上巻』大町桂月・丸岡桂 校、至誠堂、明治45年[1912](国立国会図書館蔵 特63-605)所収「熊野」。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治45年(1912)大町桂月・丸岡桂 校『謡曲全集 上巻』(至誠堂、国立国会図書館蔵 特63-605)所収「熊野」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と段落単位で照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添えています。