第6帖 末摘花 / 第12場面
冬の荒れた邸
あらすじ・人物・読み方
源氏は時折通うが、姫君の恥じらいと邸の荒廃に心を寄せつつも足が遠のく。
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現代語で読む
このご準備の時期が過ぎてから、時折お通いになるのだった。あの、紫の縁につながる少女を、探し出してお引き取りになってからは、そのかわいらしさに、心をお寄せになって、六条のあたりへさえ、通いの間隔がいっそうあくご様子なので、まして荒れた邸へは、気の毒に思うお気持ちは変わらないものの、足が向かないのは、どうしようもなかったのだった。あまりの恥ずかしがりようを、はっきり見定めようというお気持ちも格別になくて、日が過ぎてゆくところへ、
〔源氏は〕反対に、よく見れば思ったよりまさっていることもあるものだ、手探りではおぼつかないので、妙にわからなかったこともあるのだろうか、お姿を見たいものだとお思いになるが、あらわにそう取り計らうのも、気恥ずかしい。〔姫君が〕くつろいでしどけなく座っている時に、そっとお入りになって、格子のすき間からご覧になった。
けれども、ご本人のお姿は、とても見えそうにない。几帳などは、ひどく傷んでいるものの、長い年月の間、物の置かれた場所も変わらず、押しのけたりして乱れてもいないので、もどかしい。
年寄りの女房が、四、五人座っている。お膳や、青磁の器といった唐の物ではあるけれど、体裁が悪く、何の〔食べ物の〕品もなく、気の毒な様子である。〔女房が〕退出して、火を焚く炭櫃のそばほどには、とても寒そうな女房がいて、白い衣の、何ともいえず煤けた上に、汚らしい裳を引き結びつけた腰の格好が、いかにも無骨である。それでも櫛を下向きに差している、その額の様子を、〔源氏は〕内教坊や内侍所のあたりに、こんな人たちがいるなあ、とおかしく思う。こんな人たちが、人の身辺に近く仕えるものとは、まったくご存じなかったのだった。
「ああ、何と寒い年だろう。長生きすると、こんな世にも出会うものだったのだね」と言って、涙をこぼす者もいる。「亡くなられた宮様がいらっしゃった時代を、どうしてつらいと思ったのだろう、
このように頼るものがなくても、生きてゆくものだったのだね」と言って、今にも飛び立ちそうに震えているのも、見た目にも体裁の悪いことなどを、口々に嘆いているのをお聞きになるのも、〔源氏は〕はたで気が引けるので、その場を離れて、ちょうど今おいでになったように、戸をたたかれる。〔女房たちは〕それそれ、と言い、火を整え直して、格子を開けてお迎え申し上げる。
侍従は、斎院にも出仕する若い女房で、このころは邸にいなかった。ますます、奇妙に田舎びた者ばかりで、〔源氏には〕見慣れない心地がする。いっそう降りまさっていた雪は、空一面を曇らせ、ひどく降るのだった。雪の降る様子も厳しく、風が吹き荒れて、灯火が消えてしまったのを、火をともして整える人もいない。
〔源氏は〕あの物の怪に襲われた折を、自然と思い出されて、荒れたありさまは、あの時に劣らないようだが、場所が狭く、人の気配も少しはあることなどで、気を紛らわせていたけれど、ぞっとして気味が悪く、物音に目が覚めるような夜のありさまである。趣深くも、しみじみとも、いつもと趣を変えて心が引かれてよいようなありさまなのに、〔姫君は〕まったく引っ込み思案で生真面目なばかりで、何の引き立つところもないのを、残念にお思いになる。
やっと夜が明けた様子なので、格子を自分の手でお上げになって、前庭の草木に積もった雪をご覧になる。踏み分けた跡もなく、一面広々と荒れ果てて、ひどく寂しそうなので、振り切って出てゆくのもしのびなく、「趣のある、この空もご覧なさい。
いつまでもなくならない、お心の隔てが、つらいのです」と、お恨み申し上げになる。まだ月の光は暗いけれど、雪明かりに、〔源氏が〕いっそう美しく、若々しくお見えになるので、年寄りたちは、笑みを消せずにお見上げ申し上げる。「早くお出になってください。気の利かない。素直なお心こそ〔大事です〕」などと、お教え申し上げるので、〔姫君は〕やはり、人の申し上げることを拒むことのできないお心で、あれこれと身なりを整えて、膝で進んでお出でになる。
〔源氏は〕見ないふりで、外の方を眺めていらっしゃるけれど、横目の視線は、ただごとではない。どんなだろう、くつろいだ時に少しでもよく見えるところがあればうれしいのに、とお思いになるのも、無理なお望みなのだろうか。
まず、座った背が高く、ひょろりとお見えになるので、〔源氏は〕やはりそうだったかと、胸をつぶす。続いて、ああ不格好だと見えるものは、お鼻なのだった。はっと目がそこに止まる。普賢菩薩の乗り物〔である象〕を思わせる。驚くほど高く長く、先が少し垂れて、色のついている様子が、格別に異様である。肌の色は、雪も気が引けるほど白くて、青白く、額が格別に広がっている上に、さらに下の方に張り出した顔の形は、全体に、大げさなほど長い顔立ちなのだろう。やせていらっしゃる様子は、気の毒に思うほど骨ばっていて、肩のあたりなどは、痛々しいほど、衣の上からも〔骨の形が〕見える。どうして、すっかり見てしまったのだろう、
と思うものの、珍しいお姿なので、やはりついご覧になってしまわれる。頭の形と、髪がかかる様子だけは美しく、すばらしいとお思い申し上げる方々にも、引けを取りそうになく、袿の裾にたまって、引き流されている長さは、一尺ほども余っているように見える。
着ていらっしゃる物まで言い立てるのも、口が悪いようではあるけれど、昔の物語でも、人のお召し物を、まず述べているようなので、薄い紅色の、ひどく表の白っぽくなった衣を一重ね、その上に、すっかり黒い袿を重ね、上着には、古い貂の皮衣の、とても立派で、よい香りのする物を着ていらっしゃる。古風な、由緒ありげなお召し物ではあるけれど、やはり若い女性のお装いとしては不似合いで、大げさな様子が、たいそう引き立っている。けれども実際、この皮衣がなくては寒いだろうと見えるお顔つきなので、お気の毒だとご覧になる。
〔源氏は〕何事もおっしゃることができず、自分まで口を閉じたようなお気持ちになるが、いつもの沈黙も試してみようと、あれこれ申し上げになると、〔姫君は〕ひどく恥じ入って、口をおおっていらっしゃるのまで、田舎びて、古めかしい。
〔その口をおおう様子は〕大げさで、儀式官が練り出る際の肘の構えを思わせて、それでも少しほほ笑んでいらっしゃる顔つきは、きまり悪く、そぐわない。〔源氏は〕気の毒で、哀れに思って、ますます急いでお出になる。「頼りになる方のいらっしゃらないご境遇ですから、お付き合いを始めた相手には、よそよそしくせず、親しくなさるのが、心にかなうお心づもりでありましょう。お許しのないご様子ですから、つらくて」などと、口実をつけて、
朝日の差す軒のつららは解けているのに、どうして〔あなたの心の〕氷は、こごまったままなのでしょう。
とおっしゃるが、〔姫君は〕ただ、むむっと小さく笑って、たいそう口の重い様子も気の毒なので、〔源氏は〕お出になった。
お車を寄せてある中門が、たいそうひどくゆがんで、傾きかかっていて、夜目にもわかることではあったが、何もかも、このように崩れている所が多いのだった。たいそうしみじみと、寂しく荒れ果てている中に、松に積もる雪だけは、暖かそうに、びっしり降り積もっていて、山里のような心地がして、しみじみと趣深いのを、〔源氏は〕あの人たちが語っていた、むぐらの茂る門は、このような所だったのだろう、実際に、気の毒で、かわいらしい人をここに住まわせて、気がかりにも、恋しいとも、思ってみたい、あってはならないあの物思いは、それで紛れるだろうに、と思うような、その住まいに似合わないお姿には、取り立てるところもないと思いながら、自分以外の人が、まして辛抱して付き合ってゆけようか、〔いや、できまい。〕
自分が、このように親しく付き合うことになったのは、父宮が、〔姫君の行く末が〕気がかりだと、〔この世に引きとどめて〕おかれた魂のお導きなのだろう、と自然にお思いになる。橘の木が〔雪に〕埋もれているのを、随身をお呼びになって、払い落とさせる。
うらやましそうに、松の木がひとりでに身を起こして、ざっとこぼれる雪が、名高い末の〔松山〕のように見えることなどに、それほど深い理解はなくても、ほどよく応じてくれる人がいたらなあ、とご覧になる。
お車の出るはずの門は、まだ開けていなかったので、鍵の預かり役を探し出すと、ひどく年を取った老人が出てきた。娘なのか、孫なのか、中途半端な年ごろの女で、衣は雪にぬれて、ひどく薄汚れ、いかにも寒そうな様子をして、粗末な容器に、ごくわずかな火を入れ、袖にくるむようにして持っている。老人が戸を開け切れないので、寄って来て引くのを助けるのが、いかにも不格好である。お供の人が近寄って、ようやく開けた。
降り積もり、年老いた頭の雪を見る私も、あの人に劣らずぬらす、朝の袖なのです。
「若い者は、顔立ちを隠せない」と、口ずさんでいらっしゃって、鼻の色に表れて、いかにも寒そうに見えた、先ほどのお顔が、ふと思い出されて、自然にほほ笑まれる。頭中将にこれを見せたなら、どんなことにたとえて言うだろう、いつも探って来るのだから、
そのうち見つけられてしまうだろう、と、どうしようもなくお思いになる。世間に普通の身分で、取り立ててよいところがないのなら、見限って、それきりにもできるだろうが、はっきりお姿をご覧になってからは、かえって気の毒な思いが深くなって、まじめな様子で、いつもご消息をお寄せになる。
古い貂の皮衣とは違う絹や、綾織物や、綿など、年寄りたちが着るための衣類や、あの老人のためまでも、上から下まで心をお配りになって、〔姫君に〕お贈りになる。こうした実際的なお世話も、〔相手が〕気の張るような方ではないのを気楽に思い、そのような面での後見としてお世話しようと、お決めになって、格別の取り扱いで、〔ほかでは〕なさらないような、くつろいだ振る舞いもなさるのだった。
あの空蝉がくつろいでいた、宵の横顔は、顔立ちそのものは、たいそう見劣りしたけれど、身のこなしで隠されて、残念には思わなかったのだ、〔姫君は、身分では空蝉に〕劣るはずの方なのだろうか、なるほど、身分によらないことだったのだ、〔空蝉の〕心遣いが穏やかで、憎らしいほどしっかりしていたのに、自分は負けたまま終わってしまったのだな、と、何かの折ごとに思い出される。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第6冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。