ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第6帖 末摘花 / 第8場面

秋になって、仲立ちを迫る

あらすじ・人物・読み方

春と夏は病や物思いのうちに過ぎます。秋に源氏は常陸の姫君へたびたび便りを送りますが、近づけないまま、命婦へ仲立ちを迫ります。

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現代語で読む

わらわやみの病に、お苦しみになり、人に知られぬ物思いの紛れもあって、お心に暇のないまま、春も、夏も、過ぎた。秋になるころ、静かに、あれこれお考えになって、あの、布を打つ砧の音も、耳に残って、耳障りだったことまでも、恋しく、お思い出しになられるにつれ、常陸の姫君には、たびたび、便りをお送りになるが、やはり、様子がわからないばかりなので、ふつりあいで、じれったく、負けては終わるまいというお気持ちまで加わって、命婦を、お責めになる。

「どういうことなのか。まったく、こんなことは、まだ経験がない」と、ひどく不愉快に思って、おっしゃるので、〔命婦は〕お気の毒に思って、「〔姫君に〕遠ざけて、ふさわしくないお話だとは、申し上げておりません。ただ、もともと、気おくれなさるところが、どうにもひどいので、〔返事を〕お差し出しになれないのだと、私は見ております」と申し上げると、

「それこそ、道理に合わないことだ。物思いもわからないはずの年ごろや、自分一人の身を、思いどおりにできない時でこそ、そんなふうに、まぶしく気恥ずかしがるのも、もっともだ。何事についても、落ち着いてお考えでいらっしゃるだろうと、こちらは思うのに。何となく、手持ち無沙汰で、心細いばかりに思われるので、同じ気持ちで、お返事くださるなら、願いがかなった気がするだろう。

あれこれと、わけをつけるような話ではなく、その、荒れた簀子に、たたずんでいたいのだ。まったく様子がわからず、納得のいかない気がするので、あの方のお許しがなくても、うまく取り計らっておくれ。せっかちで、嫌な思いをさせるようなやり方には、ならないだろう」などと、お頼みになる。

それでも、世間の女性の様子を、何げないふうをして聞き集め、気に留めておく癖がおつきになっているので、宿直所で夜を過ごす折などの、ちょっとした機会に、そういう方がいらっしゃる、とだけ申し上げてしまったところ、このように、ことさらにおっしゃり続けるので、〔命婦は〕いささか面倒になってくる。

姫君のご様子も、〔源氏に〕似つかわしく、風情があるというわけではないので、仲に立ってお導きすることで、気の毒なことになりはしないかと思ったけれど、源氏の君がこんなにまじめにおっしゃるのを、聞き入れないのもひねくれているだろう。

父宮がご存命だったころでさえ、古びてしまった家だといって、訪れる人もなかったのに、まして今は、浅茅を踏み分けて来る人の足跡も絶えているところへ、これほど世にもまれな〔源氏の〕気配が、ほのかに匂い伝わってくるので、なまじ若い女房たちなども、つい顔をほころばせて、やはりお返事をお申し上げくださいと、お勧めするけれど、姫君は、あきれるほど引っ込み思案なご気性なので、まるで目を向けようとなさらないのだった。

命婦は、それなら、よさそうな機会に、隔てを置いてお話をなさって、お気に召さなければ、それきりで終わりにすればよい、また、そうなる縁があって、仮にでもお通いになるとしても、おとがめになる方もいらっしゃらない、などと、浮ついた、気のはやる心では思って、〔姫君の〕乳母にも、こうしたことは話していなかったのだった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第6冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。