第6帖 末摘花 / 第9場面
八月の夜の訪れ
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現代語で読む
八月二十日あまり、宵を過ぎても、待ち望む月がなかなか出ず、星の光ばかりが澄んでいて、松の梢を吹く風の音も心細く、昔のことを語り出して、姫君は涙をこぼしたりなさる。
〔命婦は〕とてもよい機会だと思って、お知らせを申し上げたのだろうか、源氏は、例のようにたいそう人目を忍んでおいでになった。月がようやく出て、荒れた垣根のあたりも気味が悪く、〔源氏が〕物思いに眺めていらっしゃると、〔姫君は命婦に〕促されて、琴を、かすかに弾いていらっしゃる。その感じは、悪くない。もう少し当世風の感じを添えたいものだと、〔源氏は〕浮ついた心では、物足りなく思いながら座っている。
人目につくこともない所なので、気楽にお入りになる。命婦をお呼びになる。〔命婦は〕今初めて驚いたような顔をして、「何とも気の引けることでございます。あのように、おいでになったそうでございます。いつもこのように、恨みごとをおっしゃるのですが、私の思うようには参りませんということばかり、つい申し上げておりましたので、ご自身で事情もお話ししたいと、ずっとおっしゃっているのでございます。どのようにお返事申し上げましょう。ありふれた、気軽なお振る舞いではございませんから、お気の毒でございます。隔てを置いてお話しになるお言葉を、お聞きください」と言うと、
〔姫君は〕ひどく恥ずかしいと思って、「人に何かお話しする仕方も存じませんのに」と言って、奥の方へ、座ったまま膝で進んでお入りになる様子は、いかにも初々しい。〔命婦は〕少し笑って、「あまりに幼くいらっしゃるのが、おいたわしゅうございます。
この上なく高貴な方でも、親御様がお世話をしてお守りくださっている間こそ、幼くしていらっしゃるのも、もっともでございます。これほど頼りないご境遇で、いつまでも世間のことをためらっていらっしゃるのは、不似合いでございましょう」と、教え申し上げる。
〔姫君は〕そうはいっても、人の言うことを強くは拒まないご気性なので、「お返事を申し上げず、ただお聞きしなさいというのでしたら、格子などを閉じてなら、おりましょう」とおっしゃる。「簀子などに〔お座りいただくの〕は、具合が悪うございましょう。無理に、みっともないお振る舞いなどは、まさかなさいますまい」などと、〔命婦は〕とても巧みに言いくるめて、二間の部屋の端にある襖を、自分の手でしっかりと閉じ、〔源氏の〕お座布団を置いて、きちんと整える。
〔姫君は〕たいそう気が引けるふうに思っていらっしゃるけれど、このような殿方とお話をする場合の心遣いなども、まるでご存じなかったので、命婦がこのように言うのを、それなりのわけがあるのだろうと思って、いらっしゃる。乳母役の年寄りなどは、自分の部屋へ入って横になり、宵のうたた寝をしているところである。
若い女房が二、三人いるのは、世間で評判の〔源氏の〕お姿を、見たいものだと思い申し上げて、互いに心をいそいそと弾ませている。〔姫君に〕ほどよいお召し物を着せ替え、お身なりを整えて差し上げるが、ご本人には、何の心の華やぎもなくていらっしゃる。
男君は、際限なく〔人目を引く〕お姿を、ひっそりと目立たせず、心配りをしていらっしゃるご様子が、実に優雅で、そのよさをわかる人にこそ、お見せしたいものだ。〔その美しさを見せても〕何の張り合いもありそうにない相手を、
ああ、気の毒なことだと、命婦は思うけれど、〔姫君は〕ただおっとりしていらっしゃるので、安心で、出過ぎたところをお見せになることはないだろう、と思っていた。自分がいつも〔源氏に〕責められる責任を逃れようとして、お気の毒なこの方に、思い悩むことが生まれはしないか、などと、気をもんで座っている。
源氏の君は、この方のご身分をお考えになると、はしゃぎ回るような当世風の気取った様子よりは、はるかに奥ゆかしく感じられる。〔姫君は〕ひどく思い悩んで、あれこれ勧められて、膝で進んでお寄りになる気配は、もの静かで、〔衣にたきしめた〕えびの香が、とても親しみ深く香り出し、ゆったりとした様子に、やはり思ったとおりだ、とお感じになる。長い間思い続けていた気持ちなどを、言葉巧みにおっしゃり続けるが、〔遠くからの手紙にさえ返事がなかったのだから、〕まして近くでのお返事は、まるでない。困ったことだ、とため息をおつきになる。
どれほど、あなたの沈黙に負けたことでしょう。「何も言うな」とはおっしゃらない、そのことを頼みにして。
「いっそ、そう言い放ってください。ひそかに待っているのも苦しいのです」とおっしゃる。女君の乳母に、小侍従といって、たいそう気のはやい、若い女房がいて、〔姫君の沈黙を〕とてもじれったく、はたで見ていて気が引けると思って、そばへ寄って、申し上げる。
鐘をついて沈黙を終わらせるのも、ためらわれます。それでいて、お返事するのもつらいとは、我ながら筋の通らないことです。
と、若々しい声で、格別もの重々しくもないのを、〔小侍従は〕人づてのお返事ではないように、取り繕って申し上げるので、〔源氏は、姫君が〕身分にしては甘えたふうだとお聞きになるけれど、「珍しいことに、ものも言えなくなりますね。
何も言わないほうが、言うよりまさると知ってはいます。それでも、言葉を押し込めておくのは苦しいことでした。
あれこれと、取り留めのないことではあるが、おもしろくも、まじめにも、おっしゃるけれど、何のかいもない。これほどであるのも、趣向を変えて、格別な心積もりでいらっしゃる方なのだろうかと、憎らしくなって、〔襖を〕そっと押し開けて、お入りになってしまった。
命婦は、まあ困った、〔私が姫君を〕油断させ申してしまったと、気の毒なので、知らない顔をして、自分の部屋へ行ってしまった。この若い女房たちの方では、世に並ぶもののないお姿だという評判のために、〔源氏の〕罪をお許し申し上げて、大げさに嘆く気にもならない。ただ、思いも寄らず、急なことで、〔姫君には〕そのようなお気持ちもないのに、と思うのだった。ご本人は、ただもう我を忘れ、恥ずかしく、
気の引けることのほかには、何もないので、今となっては、このようなありさまが、いじらしいのだろう。〔源氏は〕まだ男女の仲に慣れていない人が、大事に育てられてきたのだと、大目にご覧になるものの、腑に落ちず、いささか困ったことにも感じられるご様子である。何をよすがに、お心が引き留められるだろうか。思わずため息をついて、夜深いうちにお帰りになった。
命婦は、どうなることかと、目を覚まして聞きながら横になっていたけれど、知っていたような顔はすまいと、お見送りの声も立てない。源氏の君も、そっと人目を避けてお帰りになった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第6冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。