第22帖 玉鬘 / 第15場面
歳暮の衣と学問談義
あらすじ・人物・読み方
歳暮、源氏は后妃たちへの衣配りに姫君の分を紛れさせる。末摘花の古風な唐衣の返歌に源氏と紫の上は笑い、源氏は姫君に女の学問と歌の心得を説き、姫君は片敷の歌を書き付けて帖を閉じる。
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現代語で読む
年の暮れに、お部屋のしつらえのこと、人々の装束など、身分の高い方々の列にお決めになっている、「こうではあっても、田舎びたことか」と、山家者の方〔玉鬘〕を見くびって推し量り申し上げて調えたものも、お贈りになるついでに、織物どもが、我も我もと、手を尽くして織って持参した細長や小袿の、色々さまざまなのをご覧になると、「たいそう多かった品々ですこと。方々に、恨みのないようにすべきでしょう」と、上〔紫の上〕に申し上げなさると、御匣殿にお仕えする分も、こちらでさせている分も、みな取り出させなさった。
こうした方面はまた、たいそう優れて、世にない色合いや匂いを染めつけなさるので、得難いと思い申し上げなさる。あちこちの擣殿から参らせた擣物どもを見比べ、濃い赤い色など、さまざまをお選びになりながら、御衣櫃や衣筥どもに入れさせなさって、大人びた上臈どもが控えて、「これは、あれは」と取り揃えながら入れる。上〔紫の上〕もご覧になって、
「どれも、劣り勝る区別も見えない品々のようですから、着なさる人のご容貌に思い寄せながらお贈りください。着た物の様子に似合わないのは、ひねくれた感じもするでしょう」とおっしゃると、大臣はうち笑って、「そっけなくて、人のご容貌を推し量ろうというお心のようですな。さては、どれをとお思いですか」と申し上げなさると、
「それも鏡では、どうして〔分かりましょう〕」と、さすがに恥じらっていらっしゃる。紅梅のたいそう紋が浮いた葡萄染の御小袿で、今様色のたいそう優れたものは、あの方〔藤壺〕の御料。桜の細長に、つややかな掻練を取り添えたものは、姫君〔玉鬘〕の御料である。浅縹の海賦の織物で、織り様は優美だけれど匂いやかでないのに、たいそう濃い掻練を添えて、夏の御方〔花散里〕へ。
曇りなく赤いのに、山吹の花の細長は、あの西の対〔玉鬘〕にお贈りになるのを、上〔紫の上〕は見ないふりで思い合わせる。「内の大臣〔頭中将〕の、華やかで、ああ清らかとは見えながら、優美に見える方が混じっていないのに似ているようだ」と、なるほど推し量られるのを、表にはお出しにならないけれど、殿〔源氏〕が見やりなさる様子が、ただ事でない。
「さあ、この容貌の寄せ方は、人を腹立たせることです。よいといっても、物の色は限りがあり、人の容貌は、劣った者も、またなお底知れぬところがあるものを」と言って、あの末摘花の御料に、柳の織物の、趣ある唐草を乱れ織ったものも、たいそう優美なので、人知れずほほ笑まれなさる。梅の折枝、蝶、鳥が飛び交い、唐風の白い小袿に、濃いのがつややかなのを重ねて、明石の御方へ。思いやり気高いのを、上〔紫の上〕は不愉快にご覧になる。
空蝉の尼君に、青鈍の織物で、たいそう心ばえのあるのを見つけなさって、御料にある梔子の御衣で、聴し色のを添えなさって、同じ日に着なさるべきお手紙を申し回しなさる。本当に、似つかわしいのを見ようというお心だった。
みな、お返事どもがただ事でない。お使いへの禄が、心々であるのに、末摘〔花〕は、東の院にいらっしゃるので、今少し差を離れ、艶っぽくあるべきなのを、きちんとしていらっしゃる人で、あるべきことは違えなさらず、山吹の袿の、袖口がひどくすすけたのを、空箱にうち掛けていらっしゃった。お文には、たいそう香ばしい陸奥紙の、少し年を経て、厚いのが黄ばんだのに、「いやはや、頂いたものは、かえって〔困ります〕。着てみると恨めしく思われました、この唐衣は。返しお送りしましょう、袖を濡らして。
お筆の筋が、とりわけ古風である。たいそうひどくほほ笑みなさって、すぐには置きなさらないので、上〔紫の上〕は、何事だろうと見送っていらっしゃった。お使いに授けた物を、たいそう侘しく傍ら痛くお思いになって、ご機嫌が悪いので、〔使いは〕滑り出た。たいそう、めいめいはささやき笑っていた。このようにやむなく古めかしく、傍ら痛いところがお付きになっている賢しらに、持て余しそうにお思いになる。恥ずかしいまなざしである。
「古代の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』という言葉こそ離れないな。私も、その列だ。まったく一筋にまとわりついて、今風の言葉に揺るぎなさらないのは、妬ましいことは、またある。男女の仲のことを、折々、御前などの正式な歌詠みの中では、『円居』と離れない三文字だ。昔の懸想の面白い挑みには、『あだ人』という五文字を、休め所に置いて、言葉の続きに頼りがある心地がするだろう」などとお笑いになる。
「万の草子や歌枕を、よく案内を知り見尽くして、そのうちの言葉を取り出すのに、詠み尽くした筋こそ、強くは変わらないでしょう。常陸の親王がお書き置きになった紙屋紙の草子を、見よと言ってよこしたことがあった。和歌の髄脳がたいそう窮屈で、病が去るべきところが多かったので、もともと遅れている方が、ますますなかなか動かせそうにも見えなかったので、難しくて返してしまった。よく案内をご存じの人の口ぶりでは、見慣れてこそあれ」と言って、面白く思っている様子が、痛ましいことよ。
上〔紫の上〕は、たいそうまじめで、「どうして、お返しになったのでしょう。書き留めて、姫君にもお見せ申し上げるべきでしたのに。ここにも、物の仲間であったのも、虫がみな損なってしまったので。見ない人はまた、心特別に遠かったでしょう」とおっしゃる。「姫君のご学問には、たいした用はあるまい。すべて女は、特に好むことを設けて染み込んでしまうのは、様子がよくないことだ。何事も、たいそう似つかわしくないのは残念だろう。ただ心の筋を、漂わせずに落ち着けておいて、穏やかであることだけが、見苦しくないはずです」
などとおっしゃって、返歌は思いもかけないので、「返しやりてむ、とあるのに、こちらから押し返しなさらないのも、ひねくれたことでしょう」と、そそのかし申し上げなさる。情けを捨てないお心で、〔姫君は〕お書きになる。たいそう気楽そうである。
お返ししようと言うにつけても、片敷の夜の衣のことを思いやってください。もっともなことではありませんかと〔書いて〕あるようである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第22冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。