第44帖 竹河 / 第3場面
梅の贈答と夜の管弦
あらすじ・人物・読み方
念誦堂の梅をめぐり宰相の君と薫が歌を交わす。夜、薫と蔵人少将は寝殿の管弦に心を惑はし、和琴の音に故人を偲ぶ。少将は簾の内へ歌を詠みかける。
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現代語で読む
尚侍の殿〔玉鬘〕は御念誦堂にいらして、「こちらへ」とおっしゃったので、〔薫は〕東の階段から上がって、戸口の御簾の前に座っていらした。御前近くの若木の梅が、頼りなげにつぼみのままでいて、鶯の初鳴き声もとてもおっとりとしている折に、〔薫が〕とても〔女たちに〕言い寄らせ申し上げたくなるような様子でいらしたので、人々がたわいないことを言うのに、〔薫は〕言葉少なで奥ゆかしいほどであるのを、〔女房たちは〕面白がって、宰相の君と聞こえる上臈の女房が〔薫に〕歌を詠みかける。
手折って見たらいっそう香りも増すだろうかと、少し色づけよ、梅の初花よ。
「口が早い」と聞いて、〔薫は歌を返す〕。
よそでは〔ただの〕もぎ木だとでもお決めになるのでしょうか、〔枝の〕下に〔ひっそりと〕香っている梅の初花を。
「それなら袖を触れてご覧なさい」などと〔女房たちが〕言ってはしゃぐと、
「本当は色よりも〔香りがよい〕」と、口々に〔言い〕、〔梅の枝を〕引いて揺らそうと〔あたりを〕うろつく。
尚侍の君〔玉鬘〕が、奥の方からいざって出ていらして、
「困ったお方たちですね。恥ずかしそうなまじめな人まで、よくもまあ、〔からかって〕面目をなくさせましたね」
と声をひそめておっしゃるのだった。〔薫は〕「まめ人と名付けられてしまった。とても窮屈な名だな」と思いながら座っていらした。主人の侍従〔藤侍従〕は、殿上〔への昇殿〕などもまだしていないので、あちこち歩き回ることもなく、〔薫と〕一緒にいらした。浅香の折敷を二つほど用意して、果物と、盃だけを〔玉鬘が〕差し出された。
「大臣〔夕霧〕は、年を重ねて立派になられるにつれて、故院〔源氏〕にたいそうよく似ていらっしゃいました。この君〔薫〕は、〔源氏に〕似ていらっしゃるところも見えないのに、様子がとてもしとやかで、優美な振る舞いも、あの方の若く盛りだった頃が思いやられます。きっとこのような様子でいらしたのでしょうね」
などと〔玉鬘は源氏を〕思い出されなさって、しんみりとしていらっしゃる。〔薫の〕名残まで残っている香りの素晴らしさを、人々は褒めて噂し合う。
侍従の君〔薫〕は、まめ人という名を残念に思ったので、二十日過ぎの頃、梅の花盛りの時に、「〔自分の〕香りが乏しいなどと取りなされてはならない。風流な者なら〔務めよう〕か」とお思いになって、藤侍従のもとを訪れた。
中門をお入りになる時に、同じ直衣姿の人が立っていた。〔その人が〕隠れようと思ったのを、〔薫が〕引き止めたところ、いつも〔姫君のもとに通えず〕立ち悩んでいる少将〔蔵人少将〕だった。
〔薫は〕「寝殿の西面で、琵琶や箏の琴の音がするのに、心を乱して立っているようだ。苦しそうだな。人が許さない恋を思い始めるのは、罪深いことだろうに」と思う。琴の音も止んでしまったので、
「さあ、案内してください。私は、とても勝手が分からないのです」
と言って、〔少将を〕引き連れて、西の渡殿の前にある紅梅の木のもとに、「梅が枝」を口ずさんで立ち寄る気配が、花よりもはっきりと、さっと香ったので、〔中の人々は〕妻戸を押し開けて、人々が東琴をとてもよく掻き合わせていた。女の弾く琴で、呂の歌はこんなには合わせないものを、〔合わせ方が〕ひどいと思って、今もう一度繰り返し歌うと、琵琶も比類なく今風で素晴らしい。
「風情があっておもてなしなさる邸だな」と、心が惹かれたので、今宵は少し打ち解けて、たわいないことなども言う。
内から和琴が差し出された。互いに譲り合って、手を触れないでいると、侍従の君〔薫〕を通して、尚侍の殿〔玉鬘〕が、
「故致仕の大臣〔鬚黒〕の爪音に通っていらっしゃると、かねて聞いておりますのを、ぜひとも聞きたいのです。今宵は、やはり鶯にも誘われて〔お弾きになって〕ください」
とお言いになったので、〔薫は〕「甘えて爪を食うような場合でもないのに」と思って、あまり心を込めずに掻き鳴らしていらっしゃる様子が、とても響き多く聞こえる。
「いつもお目にかかって親しんだわけではない親ではありますが、世にいらっしゃらなくなったと思うと、とても心細く、たわいないことのついでにも思い出し申し上げると、とてもしみじみと悲しいのです。
だいたい、この君は、不思議なほど故大納言〔柏木〕のご様子にたいそうよく似て、琴の音なども、まさにそのものと思われました」
と言って〔玉鬘が〕お泣きになるのも、年を重ねられた印の、涙もろさからでしょうか。
少将も、声がとても見事で、「さき草」を謡う。賢しらな心を持ち、度を過ごした人も交じっていないので、自ずと互いに促されて管弦をなさっていると、主人の侍従は、故大臣〔鬚黒〕に似申し上げていらっしゃるからか、こうした方面は不得手で、盃ばかりを勧めるので、「寿詞だけでもなさいませんか」と恥ずかしがらされて、「竹河」を同じ声で歌い出し、まだ若いけれど、見事に謡う。簾の内から土器が差し出される。
「酔いが進んでは、秘めた思いも包み隠せません。〔酒の上では〕間違いをするものと聞いております。どのようにおもてなしなさるのですか」
と、すぐには承知しない。小袿が重なった細長に、人の香が懐かしく染みたものを、取り合わせたまま、〔女が薫に〕着せかける。「何ですか」などと騒いで、侍従〔薫〕は、主人の君〔藤侍従〕に着せかけて去る。〔藤侍従が〕引き止めて着せようとするけれど、「水駅で夜が更けてしまった」と言って、逃げてしまった。
少将は、「この源侍従の君がこのようにちらりと近づくようだと、皆人はこの君に心をお寄せになるのだろう。自分の身は、いよいよ屈託が深く思い弱って」と、つまらなく恨む。
人は皆、花に心を移しているのでしょう。一人だけ〔私が〕迷っているのです、春の夜の闇に。
〔少将が〕嘆きながら立つと、内の人の返歌〔は〕、
時節柄、しみじみとした趣も分かるでしょう、梅の花は。ただ香りだけに心を移したりはしないでしょう。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第44冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。