第49帖 宿木 / 第22場面
宿り木の歌と中の君の懐妊
あらすじ・人物・読み方
宇治に旅寝する薫は宿り木の歌を口ずさみ、弁の君と歌を交わす。中の君の懐妊が確かになる。
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現代語で読む
木枯らしが耐えがたいほど吹き通した後、残る梢もなく散り敷いた紅葉を、踏み分けた跡も見えないのを〔薫が〕見渡して、すぐには出発なさることができなかった。趣のある深山の木に絡まった蔦の色だけがまだ残っていた。その蔦などを少しお摘み取らせになって、宮〔中の君〕へ〔届けよう〕と思われて、〔供の者に〕お持たせになった。
蔦の宿る木のことを思い出さなかったなら、木の下での旅寝はどんなに寂しかったことだろう
と独り言を言っておられるのを聞いて、尼君〔弁の君〕は、
荒れ果てた朽ち木のもとを宿として思い定めていた間の悲しさよ
〔その歌は〕ひどく古めかしいけれど、趣がないわけではないのを、〔薫は〕わずかな慰めと思われた。
宮〔中の君〕に紅葉をお届け申し上げたところ、男宮〔匂宮〕がおいでになっている時であった。
〔使者は〕「南の宮〔薫〕からです」と言って、
と、何の気なしに持って参ったのを、女君〔中の君〕は、「例の厄介なこと〔匂宮の嫉妬〕があるかもしれない」と苦々しく思われたが、取り隠そうにも隠せるものではない。宮〔匂宮〕は、
「趣のある蔦だなあ」と、
ただ事でなくおっしゃって、〔中の君を〕お呼び寄せになってご覧になる。お手紙には、
「このごろ、どのようなことがおありなのでしょう。〔私は〕山里〔宇治〕に行っておりまして、ますます峰の朝霧に迷ってしまったご様子のお話も、直接〔お目にかかって申し上げましょう〕。あちらの寝殿を堂に改めることは、阿闍梨に言いつけておきました。ご承知があってこそ、他へ移すこともいたしましょう。弁の尼に、しかるべきご指示をお伝えください」と、
などと書かれている。
〔匂宮は〕「よくもまあ、そっけなくお書きになった手紙だなあ。私がいることを聞いていたのだろう」と、
おっしゃるのも、少しはなるほどその通りだったのだろう。女君〔中の君〕は、何事もないのを嬉しく思われるのに、〔匂宮が〕むやみにこのようにおっしゃるのを困ったことと思われて、少し恨めしそうにしておられるご様子は、どんな罪も許してしまいそうなほど愛らしい。
〔匂宮は〕「返事をお書きなさい。〔私は〕見ないからね」と言って、
よそを向いておられた。〔中の君は〕甘えて書かないのも変なので、
「山里へお出かけなのが羨ましくもございます。あちらは、なるほどそのようであってこそよいと存じておりましたが、わざわざまた岩の中を〔堂として〕お求めになるよりは、荒らしたままにしないようにしたいと存じますので、どうかしかるべき様子におさせくださいますなら、並々ならず〔ありがたく存じます〕」と、
と〔中の君は薫へ〕申し上げなさる。〔匂宮は〕「このように憎らしい様子もない仲睦まじさのようだ」とご覧になりながら、ご自分の心の習いから、ただ事では済むまいと思われるのが、心穏やかでないのである。
枯れ果てた前栽の中に、尾花〔薄〕が、他のものより格別に手を差し出して招くのが趣深く見えるが、まだ穂に出始めたものも、露を貫いて留める玉の緒のように、はかなげに靡いているなど、いつものことではあるが、夕風がなおしみじみと感じられる頃であった。
穂に出ないのに物思いをしているらしい篠薄よ、招く袂に露がしげく置いている
〔匂宮は〕慕わしいほどのお召し物の上に、直衣だけをお召しになって、琵琶を弾いておられた。黄鐘調の掻き合わせをたいそうしみじみと弾き鳴らされると、女君〔中の君〕も心を寄せておられることなので、恨み言も言い尽くすことができず、小さな御几帳の端から、脇息に寄りかかってほのかにお姿を覗かせておられるのが、たいそう見たいほど愛らしい。
秋が終わる野辺の景色も篠薄よ、ほのかに吹く風に託してこそ〔私の思いを〕知ってほしい
「私一人の身は…」とだけ言って、
涙ぐまれるのが、さすがに恥ずかしくて、扇で紛らわしておられるご心中も愛らしく推し量られるけれど、〔匂宮は〕「こういう様子だからこそ、人は思い切ることができないのだ」と、疑わしいことがただ事でなく、恨めしいのである。
菊は、まだすっかり色づききらず、わざわざ手入れさせておられるものはかえって〔色づくのが〕遅いのに、どの一本だろうか、たいそう見所があって色づいたものを、特に分けてお折らせになって、
「花の中にひときわ…」と、
口ずさみなさって、
「何の皇子だったか、花を愛でた夕べだよ。昔、天人が舞い降りて、琵琶の手ほどきをしたというのは〔このような折だったろう〕。何事も浅くなってしまったこの世は、憂わしいことだ」と言って、
お琴〔琵琶〕を置いてしまわれるのを、〔中の君は〕残念に思われて、
「〔人の〕心こそ浅くなったとしても、昔を伝えてきたことまで、どうしてそれほど〔軽んじるのですか〕」と、
言って、〔中の君が匂宮の〕頼りない〔琵琶の〕手つきなどを興味深そうに思われたので、
〔匂宮は〕「それなら、一人で弾くのは物足りないから、合奏してくださいな」と言って、
人を呼んで、箏のお琴を取り寄せさせて、〔中の君に〕お弾かせ申し上げたが、
〔中の君は〕「昔は、真似て弾く人もいらっしゃいましたが、〔今は〕ろくに弾き求めることもなくなってしまったのに」と、
遠慮がちで手もお触れにならないので、
〔匂宮は〕「これくらいのことも、隔てをなさるのがつらい。このごろお目にかかる限り、まだたいそう心が解けるほどでもありませんが、片端な初めての事でも隠さずにいてほしいものです。すべて女性は、柔和で心美しいのがよいことだと、あの中納言〔薫〕も定めていたようです。あの君に対しては、まさかこのように遠慮なさるまい。格別なお仲のようですから」と、
などと真剣に恨み言を言われて、〔中の君は〕少し嘆きながら調子を合わせて弾かれる。〔弦が〕緩んでいたので、盤渉調に〔匂宮が〕合わせなさる。掻き合わせなど、爪音が趣深く聞こえる。「伊勢の海」をお歌いになるお声が高貴で趣深いのを、女房たちも物の後ろに近寄って参り、笑みを広げて座っていた。
〔女房たちは〕「二心をお持ちなのはつらいけれど、それも仕方のないことだから、やはりわが御前〔中の君〕をば、幸せな方と申し上げるべきでしょう。このようなお立場の方とお付き合いなさるはずもなかった所のお住まいを、またお帰りになりたそうに思われて、おっしゃるのが、たいそうつらいことです」と、
などと、ただ口々に言うので、若い女房たちは、
「まあ、静かに」と、
などと制する。
〔匂宮は〕お琴などを教え申し上げるなどして、三、四日籠もっておられて、御物忌などを口実になさるのを、あちらの殿〔六の君方〕では恨めしく思われて、大臣〔夕霧〕が内裏からお出になったその足で、ここに参られたので、宮〔匂宮〕は、
「大げさな様子で、何をしに来たのだ」と、
不機嫌そうになさるけれど、あちらにお渡りになって、〔夕霧と〕対面なさる。
〔夕霧は〕「格別の用もない間は、この院を拝見しないで久しくなっているのも、しみじみと〔懐かしく思われます〕」と、
など、昔のお話などを少し申し上げなさって、そのまま〔匂宮を〕お連れ申し上げてお出になった。ご子息の殿方たち、それ以外の上達部や殿上人などもたいそう多く引き続いておられる勢いの大げさなのを見ると、〔匂宮は〕並ぶべくもないと、屈辱に堪えていた。人々が覗いて拝見して、
「なんと、清らかにおいでになる大臣だろうか。あれほど、どの方ともなく若く盛りで清らかそうにおいでになるご子息たちも、〔大臣には〕似ようもなかった。ああ、素晴らしい」と、
言う者もいる。また、
「あれほど高貴らしいご様子で、わざわざ迎えに参られたのが気に障る。〔匂宮にとっては〕気楽な世の中だこと」と、
などと嘆く者もいるようである。〔匂宮〕ご自身も、来し方を思い出すことから始めて、あの華やかなご一族の中に立ち交じるべくもなく、かすかな身の覚えを思うと、ますます心細いので、「やはり気楽に籠もっているだけが無難だろう」などと、ますます思われる。こうしてはかなく年も暮れた。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。