ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第49帖 宿木 / 第30場面

賀茂祭の後の宇治

あらすじ・人物・読み方

薫は宇治を訪れ、中の君と語るなかで浮舟への思いを深め、貌鳥の歌を口ずさむ。

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現代語で読む

賀茂の祭など騒がしい時期が過ぎて、二十日過ぎのころに、〔薫は〕いつものように宇治へお出かけになった。

〔薫は〕お造らせになっている御堂をご覧になり、すべきことを指示なさり、さて、いつもの朽木のもとを、見ながら通り過ぎるのがやはり哀れに思われて、そちらの方へお出かけになると、仰々しい様子ではない女車が一台、粗野な東国の男で腰に物を負った者を大勢連れ、下人も数多く頼もしそうな様子で、橋を今渡って来るのが見える。

「田舎じみた者たちだな」とご覧になりながら、殿〔薫〕はまずお入りになり、お供の者たちがまだざわついているうちに、「この車もこの宮〔の邸〕を目当てに来るのだった」と分かる。御随身たちも、かやかやと騒ぐのを〔薫が〕お制しになって、

「何者か」と〔尋ねさせなさる〕。

とお尋ねさせになると、声のひずんだ者が、

「常陸の前司殿の姫君が、初瀬のお寺に参詣して、お帰りになるところです。行きにもここにお泊まりになりました」と〔答える〕。

と申し上げるので、

「おや、あの聞いていた人なのだな」と〔薫は思う〕。

とお思い出しになり、人々を別の方へ隠しなさって、

「早く、お車を入れよ。ここには、ほかに

人が泊まっているが、北面〔の方〕にいる」と〔言わせなさる〕。

と言わせなさる。

お供の人々も、皆狩衣姿で仰々しくない身なりだが、それでも〔薫一行の〕気配ははっきり分かるだろうと、面倒そうに思い、馬などを引き離したりしながら、控えめにしている。〔姫君の〕車は〔庭に〕入れて、廊の西の端に寄せる。この寝殿はまだむき出しで、簾も懸けていない。〔姫君たちを〕下ろして籠もらせた真ん中の二間の間仕切りの障子の穴から、〔薫は〕覗きなさる。

〔薫は〕御衣の音がするので、脱いで置いて、直衣と指貫だけを着ておられる。〔姫君は〕すぐには〔車から〕降りず、尼君に使いをやって、このように高貴そうな人がいるのは「どなたか」などと尋ねているらしい。君〔薫〕は、車がその〔姫君の〕ものとお聞きになった時から、

「決して、その人に私がいると言うな」と〔命じなさる〕。

と、まず口止めをさせなさったので、〔供の者たちは〕皆そう心得て、

「早く〔姫君を車から〕お降ろしなさい。客人は来ているが、別の方にいる」と〔言う〕。

と言い出した。

若い女房の一人が、まず〔車から〕降りて、簾を持ち上げるらしい。〔姫君の〕お側の様子からすると、この女房は慣れていて気安い。また、年配の人がもう一人降りて、「早く」と言うと、

「妙に人目につくような心地がします」と〔姫君は言う〕。

と言う声は、かすかだが上品に〔薫に〕聞こえる。

「いつものご様子ですね。こちらは、前々も〔車から〕下ろして籠もっていただくばかりでした。それに、またどこが人目につくというのでしょう」と〔女房は言う〕。

と、気を取り直させようとして言う。恥ずかしそうに〔姫君が車から〕降りるのを〔薫が〕見ると、まず、頭の形や姿つきが、細やかで上品なところは、〔大君のことが〕とてもよく思い出されそうである。〔姫君が〕扇をしっかり差し出して隠しているので、顔が見えないのがもどかしく、〔薫は〕胸をつぶす思いでご覧になる。

車は高く、降りる所は低くなっているのを、この人々は容易に降りさせたが、〔姫君は〕とても苦しそうにためらって、しばらくしてから降りて、いざるようにして入る。濃い色の袿に、撫子の色らしい細長、若苗色の小袿を着ている。

四尺の屏風を、この障子に添えて立ててあるが、上から見える穴なので、〔姫君の様子は〕残るところなく〔見える〕。〔姫君は〕こちら〔薫のいる方〕を気がかりに思って、あちらの方を向いて、寄り添うように横になった。

「そんなに、苦しそうになさっていたのですね。泉川の舟渡しも、本当に、今日はとても恐ろしかったです。この二月には、水が少なかったのでよかったのでした」と〔女房が言う〕。

「いや、歩くのは、東国への道を思えば、どこが恐ろしいことがあろう」と〔もう一人が言う〕。

などと、二人で苦しいとも思っていない様子で言っているのに、主〔姫君〕は声もなく伏して横になっている。〔姫君が〕腕を差し出しているのが、丸みを帯びて美しい様子も、常陸殿の娘などと言えそうには見えず、本当に上品である。

〔薫は〕次第に腰が痛くなるまで立ちすくんでおられるが、人の気配をさせまいとして、なお動かずにご覧になっていると、若い女房が、

「ああ、よい香り。素晴らしい香の匂いがします。尼君がお焚きになるのでしょうか」と〔言う〕。

年配の女房が、

「本当に素晴らしい物の香ですね。京の人は、やはりとても風雅で現代風なのですね。〔姫君は常陸で〕世に素晴らしいこととお思いになっていたけれど、東国ではこのような薫物の香は、調合し出すことができなかったのでしょう。この尼君は、住まいがこのようにひっそりとしておられるけれど、装束は申し分なく、鈍色や青色とはいえ、とても清らかですね」と〔言う〕。

などと、ほめている。あちらの簀子から童が来て、

「お湯など差し上げなさい」と〔言う〕。

と言って、折敷などを次々に差し入れる。果物を取り寄せたりして、

「お召し上がりなさい。これ」と〔女房たちが言う〕。

などと言って起こすけれど、〔姫君が〕起きないので、二人で、栗か何かのようなものを、ぽろぽろと食べるのも、〔薫には〕聞き慣れない心地で、そばで聞くのがつらくて退きなさるけれど、また見たくなるにつれて、なお近寄ってはご覧になる。

これより身分の高い人々を、后の宮〔中宮〕をはじめとして、あちこちで、容貌のよい人も心の上品な人も、数多く飽きるほど見集めておられるけれど、並一通りでなければ、目も心も留まらず、人からあまり非難されるほど〔冷淡に〕しておられる心地なのに、今〔見ている姫君〕は、どれほど優れて見えることもない人だけれど、このように立ち去りがたく、むやみに見たいのも、とても不思議な心である。

尼君は、この殿〔薫〕の方にも、〔姫君到着の〕お知らせを申し上げていたけれど、

「〔薫は〕お加減が悪くて、今のところ休んでおられるのです」と〔供の者が言う〕。

と、お供の人々が気を利かせて言っていたので、〔尼君は〕「この君〔姫君〕を尋ねたいと〔薫が〕おっしゃっていたので、この機会に言葉を交わそうとお思いになって、日を暮らしておられるのだろう」と思って、〔薫が〕このように覗いておられるとは知らない。

いつものように、御荘の管理人たちが持参した、破籠などを、こちらにも入れたものを、東国の人々にも食べさせるなど、用事を済ませて、軽く化粧をして、客人の方に〔尼君が〕来た。〔女房たちが〕ほめていた装束は、なるほどとてもさっぱりとして、容貌もなお上品できれいである。

「昨日お着きになるだろうとお待ち申し上げていたのに、どうして、今日も日が高くなってから〔お着きなの〕」と〔尼君が言う〕。

と言うらしいと、この年配の女房が、

「〔姫君は〕とても妙に苦しそうになさるばかりなので、昨日はこの泉川の渡し場で、今朝も際限なくお加減をためらって〔遅くなりました〕」と〔答える〕。

と答えて、〔女房が姫君を〕起こすと、今ようやく起きて座った。〔姫君は〕尼君を恥ずかしがって、横を向いた顔の横目が、これまでよりとてもよく見える。本当に上品な目元のあたりや、髪の生え際のあたりは、あの人〔大君〕についても、詳しくじっとご覧になったことのないお顔だったけれど、これを見るにつけて、ただその人だと思い出されるので、いつものように、涙が落ちた。

尼君が受け答えする声や様子は、宮の御方にもとてもよく似ていると〔薫に〕聞こえる。

「しみじみと哀れな人だなあ。そのような人だったのに、今まで尋ねも知らずに過ごしてきたことよ。これより残念な身分の低い縁などによってでも、これほど〔大君に〕似通っていると聞こえる人を得たら、おろそかに思わないはずの心地がするのに、まして、これは、知っていただいてはいないけれど、本当に故宮〔八の宮〕のお子なのだった」と〔薫は思う〕。

と〔薫が姫君を〕見定めなさっては、限りなく哀れで嬉しくお思いになる。「今すぐにでも、這い寄って、〔あなたが〕この世におられたものを」と言って慰めたい。蓬莱まで尋ねて、釵の手がかりを伝えて〔楊貴妃の姿を〕ご覧になったという帝は、なお、気が晴れなかっただろう。「これは別の人だけれど、慰めになるところがありそうな様子だ」と思われるのは、この人〔姫君〕に〔薫との〕宿縁があるからなのだろうか。

尼君は、少しお話をして、早く〔奥へ〕入った。人々が気にしていた香りを、「〔薫が〕近くで覗いておられるらしい」と〔尼君が〕悟ったので、打ち解けた話も語らなくなったのだろう。

日が暮れてゆくので、君〔薫〕もそっと出て、御衣などを着なさって、いつも〔人を〕呼び出す障子の口に、尼君を呼んで、様子などを〔姫君について〕お尋ねになる。

「折よく嬉しく〔こちらに〕参って会ったことだ。どうなのか、あの申し上げていたことは」と〔薫は言う〕。

とおっしゃると、

「そう、お言葉がありました後は、よい機会がありましたら、と待っておりましたが、昨年は過ぎて、この二月に、初瀬参りのついでに対面いたしました。

あの母君に、〔薫が姫君を〕お思いになっている様子をほのめかしましたところ、とてもそばで聞くのがつらく、恐れ多いご縁の当てはめであるようです、などと〔母君が〕申しておりましたが、その頃は、〔薫が〕穏やかでもおられなかったと伺い、よい機会がないと思いとどまって、このような次第ですとも申し上げておりませんでしたが、また今月も〔初瀬に〕参詣して、今日お帰りになるようです。

行き帰りの中継ぎの宿に、このように親しくしていただくのも、ただ亡くなった〔八の宮の〕ご面影を尋ね申し上げるためであるようです。あの母君も、差し支えがあって、今回は、〔姫君が〕一人で来ているようですので、〔薫が〕このようにおられても、何がありましょうか、と思って」と〔尼君は申し上げる〕。

と申し上げる。

「田舎じみた人々に、ひっそりと身をやつした行き来も見せまいとして、口止めしてきたけれど、どうだろうか。下々の者は隠しきれないだろう。さて、どうすべきか。〔姫君が〕一人で来ているのは、かえって好都合だ。このように縁深く、参って来合わせたのだ、と伝えてください」と〔薫は言う〕。

とおっしゃると、

「突然に、いつの頃のご縁なのでしょう」と〔尼君は言う〕。

と、少し笑って、

「それでは、そのように伝えましょう」と〔言う〕。

と言って、〔奥へ〕入ると、

貌鳥の声も〔亡き大君の声に〕似ていると聞いたが、〔この人の声も〕似ているだろうかと、草木の茂みを分けて今日尋ねて来たことだ。

〔薫が〕ただ口ずさむようにおっしゃったのを、〔尼君は奥へ〕入って〔姫君に〕語ったのだった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第49冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。