和泉式部日記 / 第4場面
七夕
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あらすじ・人物・読み方
七月、棚機・彦星に寄せた贈答が続く。晦日を過ぎ、宮の心の移ろいを嘆く歌も交じり始める。
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も思し召されなくなると思うのも、とても心憂くて、どうしてこうと嘆くほどに、お文があった。日頃の疎ましさや乱れる心地の悩ましさに、いつぞやも参上して候っていたけれど、折節が悪くてばかり帰るので、とても人らしくない心地がするとて。よしやよし、今は恨まない。磯に出て漕ぎ離れて行く海人の小舟よ。驚かされはするけれど、治まるべき事をお聞きになったので、恥ずかしければ、申し上げようにも、つれなくはないけれど、この度ばかりはとて。袖の浦に、絶え間なく我が焼くと塩が垂れて、船を流した海人とこそなれ。と申し上げた。そう言うほどに七月にもなった。七日に、数寄事をする人々のもとから、棚機・彦星など言うどもが数多く見えるけれど、目も立たない。こういう折など宮のお過ごしにならず、おっしゃった物を、むげにお忘れになったのかなどと思うほどに、お文があった。見ると大変(次の和歌)。思いもしなかった、七夕つ女に身をなして、天の河原を眺めることになろうとは。とあると、そうは言うけれど、なおお過ごしにはなれないようだ、と思うのもおかしくて。眺めるだろう空をさえ見ずに、棚機に、忘れるばかりの我が身と思えば。とあるのをご覧になっても、なおお捨てにはならないだろうと思われるべき。月末頃になって、とてもおぼつかなく成ったのを、どうして時々は人数に思し召されないのだろうかと、おっしゃったので女は。寝覚めなければ聞かないのだろう。萩風は吹かないことがあろうか、秋の夜ごとに。と申し上げると、お返しに、我が君よ。荻風は吹けば妹が寝て、今からぞ、驚かすかと聞くばかりであった。こうして二三日あって、夕まぐれに(次ページへ続く)。思いもかけないのに、俄かに御車を引き入れてお下りなさった。昼はまだお目にかかっていないので、とても恥ずかしく思うけれど、仕方ないなどとおっしゃってお帰りになった。その後日頃になったのに、とてもおぼつかないままで、お供もなさらないので、女は。つれづれと、秋の日頃の経つままに、思いも知らない、あやしかったことよ。なるほど人はと聞こえたので、この頃におぼつかなくなったけれど、それでも。人はいざ知らず、我は忘れない。日を経ても、秋の夕暮にありし逢うことよ。とおっしゃった。あはれにはかなく、頼る人もいない。こういうはかないことで世の中を慰めているのも、打ち明ければあさましい。こういうほどに八月にもなったので、つれづれを慰めようと、石山に詣でて七日ほどいようと思って詣でた。宮は久しくもなったかなどと思し召して、お文をお遣わしになるのに、童が一日参って候っていたけれど、石山にこの頃はおいでになると申すので、それでは今日は暮れた、集めて参れとて、お文をお書かせになって、石山に来た。仏の御前ではなく、故郷ばかりが恋しくて、こういう歩きも引き返した身の有様と思うと、とても物悲しくてまめやかに、仏を念じ奉っていると、高欄の下の方に人の気配がするので、あやしくて見下ろすと、この童であった。あはれに思いかけない所に来たので、どうしてと問うと、お文を差し出したのも、いつもより封を引き開けられて見ると、とても心深くお入りになったのを、どうしてこうともおっしゃらないのだろう。ほだしのままでこそ覚えられないだろう。お送りなさるのに、こそい心憂いとて。関を越えて今日ぞ問うとや人は知る。思いが絶えない心遣いを。いつお出になるのだろうとすると(次ページへ続く)。ある。近くてさえおぼつかなくおいでなのに、こうわざわざお尋ねなさるだろうと、おかしく思って。逢う道は忘れないようだと見たほどに、関を打ち越えて問う人は誰か。いつかはとおっしゃったのは、おぼろげに思いなさって、入ったからだとて。山ながら海は漕いでも、都へはどうして打出の浜を見ることができようか。と申し上げたのをご覧になって、苦しくとも、また行けとおっしゃった。問う人とかあれば、浅ましの御物言いかとて。尋ね行く逢坂山の甲斐もなく、おぼめくほどに忘れることがあろうか。本当かしら。憂き世に酔い浸り隠れようと思うとも、近江の海は打出で見よ。憂き寝人にとこそ、と言う慣わしとおっしゃられたので、お返事を書く。関山の堰き止められぬ涙こそ、近江の海を流れ出よう。とて端に(書く)。試しに己が心も試そう。いざ都へと来て誘ってみよう。とある。思いもかけないのに、行く物にもがなと思いなさるけれど、どうしてこういうほどに出てしまった。誘ひ見よとあったけれど、急いでお出になってしまったのだ、とて。浅ましいことよ、法の山路に入り染めて、都へいざと誰が誘ったのだろう。お返事には大変(次の和歌)。山を出て暗い道に辿ったのは、今一度の逢うことによる。月末頃に、風がひどく吹いて、野分らしく雨など降るのに、いつもより物心細く眺めていると、いつものお文があった。折しもがおにおっしゃったのに、日頃の罪もお許し申し上げるべき(次ページへ続く)。
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「和泉式部日記」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、柱・振り仮名・小字の編者註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。