和泉式部日記 / 第5場面
秋――九月から十月
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あらすじ・人物・読み方
九月、秋風や時雨に寄せる歌の応酬が続く。月を詠み、袖の露を嘆き、宮の訪れの絶え間を恨む歌が重なる。
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嘆きながら秋の空を眺めると、雲は騒ぎ、風はひどい。お返事。秋風は気色を吹くにさえ恋しいのに、掻き曇る日は言いようがない。本当にそうだろうと思っても、いつものほどが経たない。九月十余日ばかりの、有明の月に御目覚めになって、ひどく久しくもなったことよ。あはれこの月は見るだろうかと思えば、いつもの童ばかりをお供においでになって、門を叩かせなさるのに、目を覚まして万事を思い続け、臥していたほどであった。すべてこの頃も折柄か、物心細くあわれにいつもより思われて眺めていた。あやしい誰だろうと思って、前の人を引き起こして事を問わせようとするけれど、すぐにも起きず、やっと起きても、あちこち物に当たって騒ぐほどに、叩くのをやめた。お帰りになったのか。まあ頼りないと思し召しただろうこそ、物を思わない様なので、同じ心にまた寝てしまったことよ。誰だろうと思う。やっと出て、人はなかったので、空耳を聞いていらっしゃって、夜のほどさえ何とか惑わされる。騒がしい殿の御許たちかと、身支度してまた寝ない。女はすぐ起きてひどく霧った空を眺めながら、おかしくなると、この暁起きのほどの心に、覚える事どもを、はかない物に書き付けるほどに、いつものお文があった。大変(次の和歌)。秋の夜の有明の月が入るまでに、休らうことができずに帰ってしまったことよ。まあ本当に。どうしてか。口惜しい物に思われているだろうと思うよりも、なお折節をお過ごしにならないのだろうかと、本当にあわれな空の気色をご覧になったと思うと、とてもおかしくて、この手習いのように書いた物を、お返事のように引き結んで差し上げる。風の音、木の葉の残りもないほどに吹き乱れる。いつもより物あわれに思われる。ことごとしく掻き曇る物勝ちたい気色ばかり、雨が打ち降るのは、せん方なくあわれに思えて(次ページへ続く)。
秋のうちに朽ち果ててしまうだろうとはりの。時雨に誰が袖を貸そうかと。嘆かしく思っても、知る人もいない。草木の色さえ見たままではなくなってゆく。時雨れるほどの久しさもまだ気に覚えるのに、風に心苦しそうに靡いているのには、今にも消えそうな露の我が身よ。あやしく、草葉について悲しいままに、奥にも入らず、やがて端に臥すと、露ほども年を経そうもなく、人々がみな打ち解けて寝ているのに、その事と思い分けられもしないので、つくづくと目を覚まして、何心なく、恨めしく思い臥していると、雁がほのかに鳴いた。人はこうは思わないだろう。ひどく堪えがたい心地がして。うとうとと、あわれ幾夜になっただろう。ただ雁金を聞かずにいて、こうして明かすよりはとて、妻戸を押し開けると、大空に、西に傾いた月の影が遠く澄み渡って見えるのに、霧が渡った空の気色、鐘の音、鳥の声が一つに響き合って、さらに過ぎた方、今行く末のことも、語る折はなかろうけれど、袖の色さえあわれに、珍しい。私でない人も覚えよう。長月の朝明けの月に、しかじあはれは(ない)。大変今このことを打ち叩かする人のあるのに、どう思われるだろう。まあ、誰がこうして明かす人はあろうか。よそにいても、同じ心に有明の月を見るかと、誰に問おうか。宮のあたりかしら。申し上げようと思うのに、おいでになっていたそうだ。思うままに差し上げると、ご覧になって、甲斐なくは思われないと、眺めていらっしゃるだろうに、ふと遣ろうと思し召して遣わすのに、女がやがて眺め出して座っていると、持って来たので、あえない心地がして、引き開けて見ると(次ページへ続く)。
秋のうちは朽ちる物なのに、人もそう我が袖とばかり思っていたことよ。消えそうな露の命と思わなければ、久しく聞くのにかかることがあろうか。うとうとと雲井の雁の音を聞けば、心づからの業であることよ。私でない人も有明の空をのみ、同じ心に眺めていたことよ。よそにいても君ばかりこそ月は見るけれど、思いながら来た今朝は苦しい。とても明け難かった。門を殊更に、物を聞かせなさった、甲斐もある心地がする。こうして月末頃にお文があった。日頃のおぼつかなさなどを言って、あやしい事だけれど、忍んで物を言った人よ。遠く行くなよ。あわれと言い伝えられそうな事、一つ言おうと思う。それよりおっしゃる事ばかりが、そうは覚えるのを、一つ事をおっしゃった。ああしたり顔と思うけれど、そうは聞かせまいと申すのも、とても賢いので、おっしゃる事はどうしてかと数えて。惜しまれる涙に影は留まろう。心も知らず秋は行くけれど。まめやかには、傍らに抱きなどして待とうとて、端に。さても。君を置いてどこへ行こうか。私でさえ憂き世の中に消えていてこそふれ(よう)。とあると、とても思う様だけれど、申し上げようにも見知り顔である。あまりそれをおし量りなさる。世の常の侍る者は、打ち捨てて旅行人はいいさあらばあれ、又ない物に君がお思いなら、ありそうだ、とおっしゃった。こう言うほどに、十月にもなった。十余日のほどにおいでになった。奥は暗くて恐ろしいので、端近くお臥せになって、あわれな事の限りをおっしゃるのに、甲斐なくはあらず(次ページへ続く)。
見ると、月が曇って時雨れるほどである。わざとあわれな様を作り出した様子である。思い乱れるほどの心地は、とてもそぞろ寒いことよ。宮がご覧になって、人の気配のないことにばかり言うようだ。あやしい業だなあ。ここにこうしてあるそうだと、あわれに思し召されて、女の寝た様子で、思い乱れて臥しているのを、やや驚かせなさって。時雨にも露にもないのに、寝た夜はあやしく濡れる手枕の袖よ。とおっしゃると、万に物の割りなく思われるのに、お答え申し上げるべき心地もしないので、物も申し上げず、大変月の影に涙の落ちるのを、あわれとご覧になって、どうしてお答えなさらないのか。はかない事を申すのも心付きがないとお思いになったのだろうけれど、どう候うのか。心地の掻き乱れるように候う。耳に留まらないのでも候わずとて、よし試させなさって、手枕の袖と言う事をお忘れの折か候ったと、戯れに言いなして、あわれであった。世の気色もこう言うほどに、殊に頼もしい人などもないようだと心苦しく思って、今参ったお返事に、どうとおっしゃったお返事。今朝の間は今は乾くだろう。夢ばかり濡ると見えた手枕の袖は。と申し上げた。忘れまいと言ったのに、事を言い表したので、おかしく思し召して。夢ばかり涙に濡ると見たけれど、干しきれなかった手枕の袖よ。昨夜の空の気色があわれに見えたのは、所柄だろうか。それより後、心苦しく思し召されて、幾度もおいでになって、様子などご覧になってゆくのに、世に慣れた人ではなく、ただとても物はかなげに見えるのも、とても心苦しく思し召されて、あわれにお語らいなさるのに、とてもこうつれづれに眺めさせなさるだろうのを、思いを絶た(次ページへ続く)。る事はないけれど、ただおいでなさる、世の中の人もひどく避けるように言う。時々お参りになるからか、見た事もないけれど、それも人がひどく聞き悪く言うのに、また度々お帰りの度々の、心地の割りなかったことも、人らしくなく覚えさせたので、どうしようかなどと思う折々もあるけれど、古めかしい心なので、聞こえた事の、とてもあわれに思われて。そうは言ってもこのようにお参りにならないのを、真に聞く事があって、世を出家する事などあれば、空行く月にもあろう。若君のおっしゃる様なつれづれならば、あちらにもおいでだろう。人はあれど避けられるべきでもない。元よりこういう筋につき、頼りのない身なので、人けのない所に衝立などもせず、行きなどする事さえ、ただ独りでいれば、同じ心に物語なども聞こえていれば、慰む事もあろうかと思う。どのおっしゃるのにも、本当に今更こういう避けがたい有様は、どうしようと思って、一の宮の事も聞くとも聞かであるのを、そうは言っても山の彼方に去るべき人もない程に、こうして過ごすのは明けない夜の心地ばかりがするので、はかない戯れとも言う人が多くいたけれど、あやしい様にばかり言うようだ。そうは言っても異様の頼もしい方もいない。何もかもそうでも、心見んよし。北の方はおいでだけれど、大変おん方にて、御乳母こそは万の事をしなれ、また化粧に色めけばこそあろう。去るべき隠れなどにいらっしゃるには、何条の事かはあろうなどと思って、この濡れ衣は、そうは言っても着止みそうだと思って、何事もただ私より外のとのみぞ思いなさり過ごしなさるほどの、紛らわしには、こういう折たまさかにも、お待ち付け申し上げるより外のともなければ、大変まかにも候え。おっしゃるままにとお思いになれば、よそにても見苦しい物に聞かせよう。まして真実だとお見にな(次ページへ続く)。のだ。傍らに痛く候おうと聞こえるけれど、それは、ここにこそ。どうでもこうでも言われまい。見苦しくは誰が見よう。とてもよく隠れた所を作り出して、今聞こえるなど頼もしくおっしゃって、夜深くお出になった。格子も開けたままである。世の常はただ独り臥しで、どうしよう。さても人笑われな事があろうかと、襟々に思い乱れて、臥しているほどに、お文があった。露結ぶ道の間々に、朝ぼらけ、濡れて来た手枕の袖よ。この袖の事を、はかない事だけれど、お忘れにならずにおっしゃったのが、おかしく思われる。道芝の露と置いた人よりも、我が手枕の袖は乾かない。その夜の月も、ひどく明るく澄んで見えるのを、ここよりもあちらで眺め明かして、また朝にお文をくださろうとて、いつもの童が参ったかとお問わせになるほどに、女も霜のとても白いのに驚かされてか。手枕の袖にも霜は置いたのを、今朝見ると白妙になっている。と申し上げた。妬く先を越されたなあ、と思し召して。妻を恋い起き明かした霜であるのに。とぞ、うちおっしゃった。大変今ぞ人が参ったので、うたてあるべき物か。疾うと思っていたのにとて、御気色悪くおっしゃったので、持って行きて、またこれより聞かせなさらなかった時から、召し候っていたのを、今まで参らないとて、さいなむなりとて、お文を取り出された。昨夜の月はひどく明るかった物か、などとて。寝ない夜の月は見るかと、今朝はしも起きていてまでと問う人もいない。本当に彼よりおっしゃるそうだと見えるのも、同じ心におかしくて(次ページへ続く)。
うとうとと一夜眺めた月を見るけれど、起きながらも明かした顔である。と聞かせなさる。この童の、どうさいなもうかと送れば、おかしくて、端に。霜の上に朝日が射すようだ。今はもう打ち解けた気色を見せよう。ひどく詫び入りそうであるとある。ご覧になって、今朝したり顔に思し召したのもとても悪い。この童を殺してしまいたいとまで、とて。朝日が射し、今は消えそうな霜だけれど、打ち解け難い空の気色だ。とあると、お殺しなさるそうだ、とて。君は来ず、たまたま見える童をば、生かしても今は言うまいと思われるか。と聞かせなさると、打ち笑わせなさって。とわりや今は殺すまい。この童は、忍びの妻の言うことによる。本当か。手枕の袖はお忘れになったとあると。人知れず心にかけて忍ぶのを、忘れると思われるか、手枕の袖を。と申し上げると。物も言わずに止んでしまえば、かけてさえ思い出そうか、手枕の袖を。なおこうとお思い続けである。こうして一三日、音もさせなさらず、頼もしげにおっしゃった事どもも、どうなったのかと、思い続けると、寝もやられず、目を覚まして臥していると、ようよう明けるだろうかと思うのに、門を打ち叩く。ああ覚えがないと思っても、問えば、宮のお文であった。思いかけない程なのを、心や往きてと、あわれに思って妻戸を押し開けて見ると(次ページへ続く)。
見るか君、さ夜更けて、山の端に隈なく澄んだ秋の夜の月を。かけはし打ち眺められて、いつもよりあわれに思われる。門を開けないので、おぼつかなく、お使いが待ち遠しく思われるだろうとて。更けるだろうと思いながらも、寝られず、なかなかであれば月さえ見ない。とあるのを、お従えた口付きを書くにしもあらずかしとお思いになる。どうして近くて、こういうはかない事とも、言わせて聞こうとお思い立つ。二日ばかりあって、女車の様で、そっとおいでになった。昼などはまたお覚えにならないので、恥ずかしいけれど、襟悪く這い隠れるべきでもなく、またおっしゃる様もなく、恥を聞かせてやろうかとて、居ざり出た。日頃のおぼつかなさなどを、お語らいになって、しばらくお臥せになって、この聞かせた様に、早くお思い立て。こういう歩きの常にういういしく思われるのを、そうは言っても、参り来なければ、とてもおぼつかなく、はかない世の中に苦しいとおっしゃれば、ともかく物をおっしゃろうと思いなさるのに、見ても嘆くという事にこそ思いなさえ。煩いながら聞こえれば、よし試しなさって、塩焼き衣にぞあろうと、おっしゃって、お出させになる。前近くの透垣の許に、おかしげな真弓があるのが、少し紅葉したのをご覧になって、高欄に押し掛からせなさって。ことの場が深くなってしまったことよ。とおっしゃれば。白露のはかなく置くのを見たほどに。と申し上げるほど、なお情けなくはないと、おかしく思し召される。宮のお姿などとてもめでたい。お直衣で、言いようもなくめでたいお召し物をお出しになり、襟をお整えなさる。とてもあらまほしげに見える目さえ、熱々しいほどに思われる。及の日、昨日の御気色のい(次ページへ続く)。と治ましいと思っていらしたこそ、とても心憂い物のあわれであったけれど、とおっしゃったので。葛城の神もさこそ思っただろう。久米路に渡す、はしたないほどに。割りなくこそお思いなさったけれど、申し上げると、お返しに。行いの印しもあれば、葛城のはしたないとて、さてや止もうか。など言って下りたよりは、時々おいでなどするので、この上なくつれづれも慰む心地がする。こうしてある程に、良からぬ人々の文などを擦る。又身自らも立ちさまようにつけても、よしなきとの出て来るのに、早く参り養おうと思うけれど、なお慎ましくて、すがすがしくも思い立たない。霜のとても白い早朝に。我が上は、千鳥も告げたおほどりの、羽にも霜はさやかに置いたことよ。と聞かせなさると。月も見ず寝たと言った人の上に、置いた霜を、おほどりのように(見る)。とおっしゃって、やがて暮れにおいでになった。この頃の山の紅葉はどうおかしいだろう。いざなさって、見ようとおっしゃれば、とてもよく候うと聞こえて、その日になって、今日は物忌に閉じ籠られているそうだ。とても口惜しい。これを過ぎては必ず。とおっしゃったのに、その夜時雨はいつもより、木々の梢は残りありげもなく聞こえるのに、目を覚まして、風の前であると独り言して、みな散ってしまうだろう。昨日見ないで、口惜しく思い明かした早朝に、彼より。神無月、世に降り満ちた時雨とか、今日の眺めを置かず見るだろう。枉っては口惜しいことこそ、とおっしゃったので(次ページへ続く)。
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「和泉式部日記」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、柱・振り仮名・小字の編者註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。