和泉式部日記 / 第6場面
時雨と方違え
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あらすじ・人物・読み方
宮は三位中将の家に方違えで移り、四十五日を過ごす。その間も紅葉や時雨をめぐる贈答が続き、式部は宮の心変わりを嘆く。
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時雨かも、何に濡れた袂かと、定かねて私も眺める。とて。本当かしら。紅葉葉は、夜の時雨ではないだろう。昨日山辺を見ていたらよかったのに。とあるのをご覧になって。そよやそよ、どうして山辺を見なかったのだろう。今朝は悔いても何の甲斐もない。とて、端に(書く)。嵐とは思う物ながら、紅葉葉の散り残っているか、いざ尋ねて見よう。とおっしゃったので。移ろわない常盤の山も、紅葉をば、いざ彼方へ行ってのどかに見よう。を行おう方にぞ候おうとて、一日おいでになったのに、障るとあって、聞かせないでと申すのを、思い出して。高瀬舟、早く漕ぎ出せよ。ざはるど。差し帰りにしあしま別たり。と聞かせなさったのを、お忘れになったのか。山辺には車に乗って行くべきなのに、高瀬の舟はどう寄るのだろう。とあると。紅葉葉の身に来るまでも散らなければ、高瀬の舟をどう漕ごうか。とてその日も暮れた。おいでになったのに、こちらの塞がりだったので、いつものひどく忍んで、率いておいでになる。この頃は四十五日の御方違えさせなさるとて、御従兄弟の三位中将の家においでになる。例ならぬ所にさえあるので、見苦しいと聞こえるけれど、強いておいでになって、御車のまま人も見ない車宿りに曳き立ててお入れになった。心得ない殿々の人の男子どもが巡り歩く。いつもの右近のぞう、この童などぞ近く候う。あわれに物のお思いになるままに、そろかなる様は、過ぎた方さえ、悔しくお思いになるのも、無理からぬことである。明けると、やがて率いておいでになって、人の起きない前にと、急いでお帰し(次ページへ続く)。お与えになった。努めて、その夜より我が身の上は知られなければ、すずろでない旅寝をする、など聞こえる。何か寝ぬる夜の寝覚めの夢に並びて、伏見の里を今朝は起き出た。お返しは、こう懇ろに忝いお心ざしを見知らず、心強い様に、持て成すべき事はさしもないなどと思えば、参ろうと思い立つ。まめやかな事とて言う人もあるけれど、耳にも立たず、心憂い身なので、宿世に任せてあろうと思うのにも、その宮仕えは今更に本意でもない。いはほの中こそ住まほしけれど、又憂い事もあればどうしよう。とても心ない様にこそ思い言おう。なおこうして過ごしなまし。近くてさえ親・腹からの御有様も見聞きしよう。又ほどほどの様に成人人々の上も見定めようと思い立ちにたので、あいなし。参る程までさえ、鄙びに答え聞かせなさった。近くてはさりともご覧になろうと思って、数寄事をした人々の、文もないとのみ言わせて、さらに返事もしないでばかりいる程に、お文があった。見ると、さりともと頼んでいたのが、をこであるなど、多くの事をおっしゃって、よしや言はみ方とばかりあるのに、胸打ち潰れてあさましく思われる。珍しい空事どもなど、とても多く出て来るけれど、さばれなからん事はどうしようなどと思って、過ぎしきぬるを、これはまめやかにおっしゃったので、思い立ちける事ほの聞ける人もあろうかと思われるのに、をこなる目をも見るだろうかなどと思うと、悲しくて、お返事申し上げるべきとも思われない。又どういう成る事をお聞きになったのかと思うと、恥ずかしくて、お返事も聞かせないので、あった事を恥ずかしいと思っているようだとお思いになって、どうしてお返事も候わないのか。さればよとこそ覚えられる。いよいよ(次ページへ続く)。変わるお心だなあ。人の言う事があったので、よもやと思いながら、思うましかばとばかり聞こえたぞとあるのに、胸少し置いて、御気色もゆかしくて、何事かと聞きたくて、又とにかくもお思いになればとて。今の間に君がお聞きになるだろう。恋しいとてであるもあるものを、私が行こうか、と聞こえたので。君は今は名の立つのをお思いになる。人からこういう心とぞ見る。これにさえ腹さえ立ったとぞある。こう危ぶる気色をご覧になって、戯れさせなさるとは見えるけれど、なお苦しくて、なおとてもあやしく候え。どうにかあって、ご覧に入れまほしうこそと、聞かせなさると、疑えば又恨まじと思っても、心に心が叶わなかった。お返し。恨むだろう心は絶える。限りなく頼む君をこそ、私も疑う。など聞こえている程に、暮れるとおいでになった。なお人の言う事があれば、よもやとは思いながら、聞こえたのに、こういう事を、言われじと思いなさらば、いざと聞こえるのに、いざお与えかしなどとおっしゃって、明けるとお出させになった。こうばかり絶えずおっしゃるけれど、おいでになる事は果てし。人少なにいる所の、風の音がお思いやられないようだと思って、暮れつ方聞こえる。霜枯れは侘びしかったことよ。秋風の吹くには荻の音づれもせき(する)。と申し上げると、彼よりおっしゃっていたお文を見ると、とても恐ろしげな風を、どうとあわれに、枯れ果てて私より外にと言う人も、嵐の風をどう聞くだろう、と思い遣り聞こえたこそひどいけれど、とぞある。おっしゃるのを見るのも、おかしくて、所を違えた御物忌で、忍んでいた所に(次ページへ続く)。
おいでになるとて、いつもの御車があるので、今は大変どうもこうも、おっしゃるだろうことに従ってと思えば、参った。心のどかに御物語を置き臥し聞こえて、つれづれも紛れるので、まして参りたくなるのに、御物忌が過ぎたので、いつもの所に帰って、今日はいつもより名残恋しく思い出され、割りなく思われるので、聞こえる。つれづれと今日を数えれば、年月に昨日は物思いをしなかったことよ。ご覧になって、おはれと思し召して、ここにも。思う事もなく過ぎるまま、一昨日を昨日と今日になす術がほしい。と思っても甲斐なく。なおお思い立てではあるけれど、とても慎ましくて、するとも思い立たない程は、大変うち眺めてのみ、おかしく暮らす。色々見えた木の葉も残りなく、空もおかしく晴れたのに、ようよう入り果てる日の影が、心細く見えるので、いつもの聞こえ候う。慰める君もいるとは思うけれど、なお夕暮れは物悲しい。とあると。夕暮れは誰もそのように思われる。待ち詫びる君こそ人に勝っている。と思うこそあはれである。ただ今参り来ようとある。又の日のまた努めて、霜のとても白いのに、さて今の間はどうとあると。起きながら置かせた霜の落ちたことこそ、勝れる物は世になかった。など聞こえ交わす。いつものあわれなる事などを、お書かせになって。私ひとり思うのは思いの甲斐もない。同じ心に君もあってほしい。お返し。
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「和泉式部日記」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、柱・振り仮名・小字の編者註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。