ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

狂言「柿山伏」の原文

シテ「貝をも持たぬ山伏が〜〜、道々うそを吹かうよ。山伏名乗りし次第、かく山伏本同意襲る事なし。

シテ「けさ齋の儘なれば、咽が乾く、湯なりとも茶なりとも呑たい物ぢやが、邊りに茶屋もなし、何とした物で有らうぞ、あれに見事な柿が出來てある、あの柿を一つ喰うたらば、咽のかはきもやまうか。

シテ「やい〜、其邊に柿主は居ぬか、あの柿が一つ所望でおりある、人音もせぬ、先づ礫を打つて見よう。礫を打つ仕方有。

シテ「中々そばへもよらぬ、此腰の物でかち落して見よう。と云ひて少さ刀をぬき、二度程かつて見るなり。

シテ「いかな〜といく事ではない、いや爰によい足掛りが有る、是をふまへて柿の木へ登らう、えい〜。と云ひて登る、しかく云ひて柿を喰ふ色々可有種を吹出す所專一なり。

アト「此邊りの耕作人で御座る、けふも柿畠へ見舞うと存ずる、百姓といふ者は、年の始より年の暮までいそがしうない事は御座らぬ、去りながら當年は日和つゞきもよく、雨も程よう降つたに依つて、よう柿が出來た、當年はいづかどの價を取らうと存じて、此様な悦ばしい事は御座らぬ。

アト「何彼と云ふ内に畑ぢや、異な事の、大分足跡がある。と云ふ内にシテ種を吹かける、アトのあたまへあたる心なり。

アト「是はいかな事、山伏が柿の木へ上つて柿を盗んで喰ひ居る、拗〜く憎い事か、ない、やい〜やいそこなやつ。シテ「南無三寶見付つたさうな、先づ此木の蔭へ隠れよう。シテかくれる心にてつくばう、右の袖にて顔かくす、アト笑ふ。

アト「あの大きななりで、柿の木の蔭へ隠れたといふて見えまい事わ、きやつはおろかな山伏さうな、ちとなぶつてやらう。

アト「はあ柿の木の蔭へ隠れたを、人かと思ふたれば人ではない。

シテ「やれ〜嬉しや、先づ人でないといふわ。

アト「あれは犬ぢや。シテ「犬ぢやといふわ。

アト「犬がなんとして木の空へ上つた事ぢや、犬ならば人音を聞いて、吼えさうな者ぢやが。

シテ「吼えさずばなるまい。アト「おどろかさうぞ、よひて鳴くまれする。シテびやう〜と云ふ、アト「びよう〜と云ひて笑ふ。

アト「拗々々上手に眞似をする、最そつとなぶつてやらう、はあ犬かと思ふたれば、犬ではない。

シテ「犬でないと云ふ。アト「猿ぢや。シテ「猿ぢやといふわ。

アト「山近くぢやに依つて、猿ぢや、はあ今よう見れば猿でもないわ。

シテ「又猿でないといふわ。アト「あれは鳶ぢや。シテ「鳶ぢやといふわ。

アト「鳶ならば羽根をのして啼きさうな者ぢやが。シテ「是も泣かずば成るまい。アト「啼かうぞよ。シテ扇ひろげ羽根をのしたる體をひいひよろ〜と云ふ。

アト「さればこそ泣いた、拗、羽根をのしては飛ぶ者ぢや、飛ばうぞよ。

シテ「此高い所から何と飛ばるゝ者ぢや。アト「飛ばずは鐵砲を持つてこい、打殺してのけうぞ。

シテ「こりや飛ばずばなるまい。アト「あれ〜飛ばうといふ事やら、羽根づくろいをするわ。

シテ「是は氣味のわるい事ぢや。アト「飛ばうぞよ、飛びさうな〜。と云ひてのりて離す拍子に合はず、拍子はやまりてからシテ飛ぶ。

シテ「飛ばれうかしらぬまで、あゝ氣味の惡い事ぢや、思ひ切つて飛んで見う、あいた〜。

アト「そりや飛んだわ〜。と云ひて笑ふなり。

シテ「やいやい、やいそこなやつ。アト「何事ぢや。

シテ「拗々々おのれは憎いやつぢや、最前から此尊い山伏を鳥類・畜類にたとへ居る、あまつさへ、鳶ぢやとぬかし居る、惣じて山伏の功をへたは鳶にもなると聞いたに依つて、飛んで見たれば、まだうぶけもはへぬ者を、あの高い所から飛ばせ居つて、した〜か腰の骨を打ち居つた、おのれが所へ連れていて、看病をせい。

アト「まだそのつれをぬかし居る、柿を盗んで喰う様な山伏を、何のやうに看病せうぞ。

シテ「看病せずば目に物を見するぞよ。アト「そりあ誰が。シテ「身共が。

アト「汝が目に物を見するといふて、深しい事は有るまいぞ。

シテ「かまへて悔むなよ。アト「何のやうに悔まうぞ。

シテ「悔むな男、たいれいの雲のしのぎ〜〜、年行の功をつむ事いちぢきだんじき立行居行、斯程貴き山伏になどか奇特のなかるべき、ほらをん〜。と云ひて祈る知常、アト、シテの前にこけるなり。

アト「あれは何をぬかし居る、あの様な者にはかまはぬがよい、急いで歸らう。と云ひて橋掛りへ行き、偽りてひよろ〜とこける。

シテ「貴い山伏は此様なものぢや、連れていて看病せい。アト「何ぢや看病せい。

シテ「中々。アト「おのれ誠ぢやと思ひ居るか、憎い奴の。

シテ「あゝゆるしてくれい〜。と云ひて逃でて入る、アト追込み入るなり。

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底本:『和泉流狂言大成 第3巻』山脇和泉著、わんや江島伊兵衛、大正8年[1919](国立国会図書館蔵 6-364)所収「柿山伏」。本文画像:所蔵機関の公開資料。

大正8年(1919)山脇和泉著『和泉流狂言大成 第3巻』(わんや江島伊兵衛、国立国会図書館蔵 6-364)所収「柿山伏」(和泉流)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残して通行字体に写し、句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添えています。

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