無名草子 / 第4場面
狭衣・寝覚・浜松・うつほ
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あらすじ・人物・読み方
狭衣物語への高い評価とうつほへの批判を経て、夜の寝覚を詳しく論じ、浜松中納言物語、さらにうつほ物語(俊蔭の唐渡り、仲忠とあて宮、吉野の姫君ら)を評する。
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「女郎花しおれる野辺を何処とて、一夜ばかりの宿を借りけむ」と書いた文。六位の少く世の上に取り隠して、いつしか帰りとはせぬと。まめ人の大将が落葉の宮を迎えて、元の上と並べ持ったこと、おさましいことです。夕顔の木霊に取られたりた事。朧月夜の内侍の物とに、源氏の夕立の夜更けて、父大臣に見つけられた事。女三宮の衛門督の文が源氏に見えた事。手習いの君の死んだ事。一途に身を投げたらば、よしや物に取られて、初瀬参りの人に見つけられた程こそ、とてもむくつけい、などと言って。本に向かってこそすばらしい事も哀れな事も思われます。そらでは最も聞こえにくくあります。今のどかに読んで聞かせ申し上げましょう。これはただ片端ばかりですから、とても中途半端に思われましょう、などと言うと、また物語の中で、すばらしいとも悲しいとも思われましょうとおっしゃるよと言うと。そもそもそらでは何と憚りながら、狭衣にこそ源氏に次いでは良いと思われます。少年の春は閉じ始めた時より、言葉遣いが何となく艶にすばらしく、上手めかしくなどありますが、さしてその節を取り立てて、心に染むほどの所などはとても見えず、またそうでなくともあろうと思われる事もとても多い。一品の宮の御心用い・有様は、愛敬なくぞあるけれど、とても穏やかで良い人です。物語に深くなる人のあるのは、言う甲斐なく惚れなければ、行いなどこそしたるものに、これはとても良い。女二宮の御前に直すことこそ、またとてもうれしい。一品の宮の御事が出た後。思いもしなかった、葎の門を行き過ぎて草の枕に旅寝しようとは。と聞こえた時に。
故郷は、浅茅が原になり果てて虫の音しげい秋にぞあらまし。今こそらしくと院のおっしゃった事もすばらしい。大宮の死は、とても哀れです。誰かはそういう事を心憂く思わない人はあるべきという中に、忽ちに哀れにからば、かかり思い入りなさったでしょう。とても哀れな事です。「雲居まで生い上らなむ、種蒔きし人も尋ね峰の若松」とお詠みになることこそ、とても悲しい。女二宮はしばしも思いを留めず、思い捨てておしまいになった事とも終わりです。源氏の宮こそとてもすばらしげな人の、とても難しくもなどともなく、少し物など思えることこそ、人は心苦しい節に折れます。満ち潮はとても哀れです。「おすは淵世に」というより、「天の戸を安らう日にこそ出でしかど、夕告げ鳥よ問わば答えよ」など言う程も。「速き瀬の底の水屑となりきと、扇の風の吹きも伝えよ」などあるのも。また常磐にての手習いともなどもすばらしく哀れに。さばかりの人にさほどに思い留められけむ程、めでたきを見出された初めの法師とのり来た程、とても心憂く疎ましいのを、また後の振る舞いさえこそ、心より外の事と言いながら、人しもこそあれ。この君の御元の人にしも取り持ちて行かれた程は、哀れも覚めて口惜しい人の宿世です。そうとあれば、またしばしの命だにあって、志の程をも見果てよかし。方々とても口惜しい契りです。そうでなくともあろうべき事と言えど、大将の笛の音を愛でて、天人の天降った事、古河にて普賢の現れなさった事、源氏の宮の御もとへ賀茂大明神の御懸想文を遣わした事、夢はさのみ事と言うらしいのに、あまりに顕著です。斎院の御香殿の成した事。(次ページへ)
何よりも諸々、大将が帝になられたこと、繰り返し見苦しく浅ましい事です。めでたささえこう優れた人が世にあっても、大地が六度震動する事があって良いものか。とても恐ろしく、真実らしからぬ事どもです。源氏が院になっただけでも、そうでなくともあろうべき事でしょう。けれどもそれは太子・君事にておられる上に、冷泉院の位の御時に、我が御身の有様を聞き現して、ところを置き奉りなさるのであるから、それほどの咎にはあるべきでもありません。太上天皇に准ずる御位は、ただ人も賜る例もあるのを、これは今しばらくして真似びなされた程に、とても見苦しい。そうとて帝の御子でもなく、僧王にて、父大臣の世より賞を賜った人の、とてもおさましい事です。何の至りなき女の仕業と言いながら、無下に心を取こそしました。大臣さえ院になって、堀川院と申す門よな。物語という物はどれも真実らしからずという中に、これは格別であるとは良く思われます。寝覚こそ取り立ててすばらしい節もなし、またさして芽出度しと言うべき心もないけれど、初めよりただ人一人ごとに去る心もなく、しめじめと哀れに心を入れて作り出でけむ程思われて、哀れにありがたい物でありますから、いずく書く事し胸の暇あり。心尽くしなる問う中に、身に染みて思われる節々は、忽ちにあらずと見成したる心騒ぎたる恐ろしさに。漕ぎ帰り、同じ湊に寄る舟の、渚を夫と知らずにいたのだろうか。と言い出したのを聞きつけなさった心の内。また事々にも現れて、中の上が広沢へおられる程。(次ページへ)
「立ちも居も羽を並べた群鳥の、かかる別れを思いかけたか」などある折。雪の夜に広沢におられて、虚しく立ち帰りなさるのを、心苦しく見侘びて少将が。巡り逢う折をも待たず、限りとや思い晴らすべき冬の夜の月よ。と慰め聞こえると。今宵だに、こう離れた月を見て、またやは逢うだろうか、巡り逢う世を。宮中将も心深く尋ね来たのを、思う心が折らんかしとお止めになる所。また大炊関白の元に渡らせなさる程、近くなくて、わりなく対面しなさる程の事々も。姫君の御事どもを聞こえなさると、ますます慎ましげな顔を引き入れて、お懐いた程であることこそとても惜しい。そうのみあるべきではなく、お出になる御月の事どもなど。また関白殿へ渡らせなさった後、親しくなる御気色にて慰め侘び、大臣が広沢におられて憂いなさる入道もとても惜しど思いなさって、宰相中将が御使いにて責め起こさせなさるのを、頭をもたげてつくづくと聞いても、言うべき方もないままに、とても儚げに続きもなく紛らわして、袖に顔を押し当てていた事こそとても惜しい。大将が女一宮へ参りなさる折、御姉上が。絶えるべき契りに代えて、惜しくない命を今日に限ってしまいたい。とて、留めも敢えない涙の気色などこそとても惜しい。右衛門督が訪ねおられて、「覚え難い、常なき世であるけれど、またとてもかかる夢をこそ見た」とおっしゃる。返し、正任。「かけてだに思わなかった、程もなくかかる夢路に迷うとは」などある程。また右衛門督が法師になると聞いて、正任。(次ページへ)
「これは憂き夢を覚ますと言いながら、なおも現の心地こそしない」とあることこそとても哀れです。何よりもすばらしいとは、正任と女三宮との御間柄こそ。院の勘当によっては飛ばしなき折、中納言の君において。吹き払う嵐に侘びて、浅茅生に露が残らないと君に伝えよ。とおっしゃると、中納言の君が。嵐吹く浅茅が末に置く露の、消え返ってもいつか忘れようか。など言う程、殿のまで。事々も治まって帰り老い奉って。長らうる命をどうして厭いけむ、語る夕べもあればあったのだ。と聞こえると。消え残る身も尽きもせず恨めしい、あればまた憂き折もこそあれ。とおっしゃる程など、繰り返しもめでたい事多し。女一宮の御心用い様こそめでたい。長らえも乱れがわしき身の契りこそ、ひどく口惜しい。心用いはとても良い。さばかり契り深く、互いに血も引き交わしながら、御姉上には憚って、心より外の事こそあらめ。一節の返り事も、我とはせじと思い固める程に、関白殿に渡りなさった後だ。外年々亡き人の御様を見るにつけても、忍び難くて、折々の返り事もわりなく紛らわしてした程、日頃すばらしく幼からず書き交わそうを、この父も音絶えましかば、どれほど口惜しかろうと、限りなく思い知られたのも道理です。さてようよう大臣にも思い靡き、御姉上とも仲良くなろうとして地は、また聞こえにくく思いなさったのも去る事です。大臣に娶りの許しを取らせなさった程、大将の父の言葉(次ページへ)。を尽くして、連れて隠してんど入れもまれなさったのに、身をば千々に砕き、命も絶ゆばかり思い沈みながら、心強く靡かず、我も人も解け合う穏やかな様にもて静めて、お止みになった程は、すばらしい心上手とこそ思われます。弁の目の左衛門督などの物言いなさる様子で、さには本ながら得ての驚き聞き、御姉上の御ため後ろめたき心は遣わしなど、それまで思い留まるべくやはあるなど言えば、またすべて中の上はすばらしい心上手とこそ物すめれ。わりなく人の惑う折は、ひどく親しく立ち、心強く、また思い絶えようとすれば、哀れを見せようと静めるのを。「限りとて思い絶えゆく世の中に、など涙しも尽きせざるらむ」と言われても、「君はさは限りと思い絶えぬ、なお一人や物を思い過ごさむ」と、いずれもますます哀れを添えるようです。憂き世を知り初めた初めに思うには、方々契り浅からぬ仲であれば、道理とはただ我が関白を恨み、かく深く思い染めたいと言いながら、この人のみににはあるが中に恨めしい節ある人にてこそありますのを、露思い知らずと言うも。また宰相中将という人のあることこそすばらしくめでたい。鬼の衛門督が大将殿の文を持て来て、今日を既に授けず御返事賜らんはいかにいかにぞ、品の数を打ち運び、必ず今日の御返事ありませんともなど言った事、繰り返しうれしい。すべてそれのみならず、哀れにありがたい事の多い人となり、憎い事。衛門督・弁の目など言い、大宮の御心構えさも好きてうどまし。また后宮・春宮など一度に立ちなさ(次ページへ)。二つ折り。中の上がお下がりになって。寝覚めした昔の友も忘れられて、今日のまどろみにゆく心であることよ。と言われた程、とても憎い。また関白が、「我ども見まし長き契り」とおっしゃる。大将の上がお下がりになって、「武蔵野の故のみならず枝深き、これも契りのあるとこそ見れ」と詠んだのも最も憎い。また中の上がとても憎い。衛門督の上がぞかくも言うべきと、殿の思いなさった事も恥ずかしい。また中の上が死に、右衛門督は法師になりなとして後、衛門督の上殿の思い人で、大君や中君など言う懐きて、君たち後ろ見ておるだに心付きないのに、受け張りて物笑むなどした事が憎い。父大臣のあるが中に傅き、人柄もとても良かったのに、浅ましく、思わず口惜しい人の契りです。また関白こそ憎い物の内に入れつべきです。中の上を人より先に見初めて、さばかり浅からぬ契りの程をさしも思わず、たまたま行き老いても、それを限りなくうれしく愛おしいと思いもなく、儚い一言につけて、言い悩まし侘びしめなどする、とても心付きなし。朱雀院の御忌みに籠って、御唐様に渡りなさる折、院の御文の夕返事をして尋ね出して、とかく言い紛らわすに名残なく昔を思い出されるなど言うのに、また人、繰り返しも捨て難く思えるのも、とても人悪いなど言うのに、また人、繰り返しこの物語の大きいなるのは、死に換えるべき洞のあらんは、先の世の事となれば、どうしよう。その後、殿に聞きつけられたのを、とてもおさましなども思い足らで、事も並々にすべて敷く打ち思いして、子供を迎えて(次ページへ)。
皆などするをすばらしい事にして、さばかり成りし身の果て、幸いも嘆げにて隠れてゐたのが、ひどく禍々しい事です。その後、正任の事に思い余って、院に御文を奉った程こそ、さすが哀れであります。類なく浮き身を厭い捨てた間に、君をも世をも背いたのだなあ。と聞こえた事がすばらしい。せめては大臣に隠れ忍んでだに果てたらば、一筋に身をも無きになしても止みなむ。殿も聞きつけて、浅ましく珍らかなになどもとても思い足らす、並べて世に例しおらんとのように、泣きみ笑いみ物語などしなさる程、珍らかに浅ましい方だと、口々に言います。また三つの穂松こそ、寝覚・狭衣ばかりの世の覚えはなかめれど、言葉遣い・有様をはじめ、何事も珍らし哀れにもすばらしくも、すべて物語を作るならば、かくこそ思い寄るべけれど思われる物であります。すべての事の趣が珍らしく、歌なども良く、中納言の心用い・有様などあらまほしく、この薫大将の類になりぬべくめでたくこそあれ。父宮の唐の親王に生まれた夢を見た御月、宰相中将が尋ね来て。一人しも明かさじと思う床の上に、思いもかけない涙の音であることよ。と言うより初め、唐に出立する事々もすばらしい。唐にて八月十五日の宴に、河陽県后の琴の音を聞かせんと、帝のおっしゃる。御答えは申さずおざやかに御直りて、笏と扇とを打ち合わせて、お名を問うたる程、後に御覧じ終わって、后は我が世の第一の方(次ページへ)。小人となります。中納言は日本にとって優れた人なむめりとぞ覧ずるのに、月日の光を並べて見る心地がして、めでたくすばらしいとおっしゃられた程こそ、まことにめでたくすばらしい。一の大臣の五の君こそとても慌ただしい。玉の簪・扇やかに団扇を手まさぐりにしつつ、起き出で見出した程はとても懐かしからぬのを、中納言が帰らんとて別れを惜しむ折、「形見ぞと暮れる夜毎に詠めても慰まめやは、半分なる月」と詠める、とても哀れです。中納言は筑紫より、「哀れいかにつれの世にか巡り逢って、有し有明の月を見るべき」と言えりけむ。待ち見けん心をし量らるるも、とても哀れなのを、まことにこの世にもあらぬ人こそ恋しい。玉の簪が何になろう。とて髪をお剃り衣を染めて、山深く絶え籠った程、心深くめでたい。大将の姫君は、慎まやかに奥深くないなどはないけれど、「いかにしていかにかすべき、嘆き侘び背けば悲し、住めば恨めし、かかりどもなど去りけむを。むばたまの我が黒髪の憂き末ぞ憂き」とて、さばかり惜しげなく髪を剃ぎ窶しけむ程、とても哀れに悲しくこそあれ。大弐の娘こそ何となくとても契りしを、心一つに忘れなければ、「いかがはすべき、しずのおだまき」など詠んでいて、隠しでもよいなど言われて、頷いた事なども、若い女の様で深い所なからんなどは、かよう(次ページへ)。なるだろう空歌。また吉野山の姫君もとても惜しい人です。式部卿宮に盗まれて、思い余ってか、中納言に告げさせなさった事と言えることこそ、浅ましくとても惜しい。さて、「待ての山、恋侘びつつぞ帰りとし、尋ねむ人を惑わせしまに」など詠めるのも、またとても惜しいなど言えば、げに何とも思うようにて、めでたい物語であります。それにつけても、その事がなかったらと思われる節々こそあります。めでたい物語であるのを、それにつけても、その事を伝え聞き夢にも見て、中納言が唐へ渡るまでは愛おしい。その母の河陽県后さえこの世の人の母で、吉野の君の姉などにて、あまりに唐と日本と一つに乱れ合った程、真実らしからず。また中納言がまめやかにもて収めた程、すばらしいと言いながら、真の契りを結んだ人のなくて、どこにもただ夜とどものまろ寝にて果てた程、無下にすさまじい。河陽県后が忉利天に生まれたと、空につけた程だにとても誠らしからぬのに、またかの后が吉野の君の腹に宿ったと、夢に見た程など乱れがわしく、忉利天の命はとても長く大いなるを、いつの程にかまた去る事があろうなど思われる事こそ口惜しい。初め良くない者は、いかなる事も耳にも立たず、すばらしいにつけて儚いともかくこそ思われけれなど言えば、また玉藻はいかにと言うと、さして哀れともすばらしいともないけれど、親は歩くと責めなど打ち始めた程、何となくすばらしくて、おくの高い物語にとっては、蓬の宮こそとても哀れな人で、後に内侍の上になって、元の大臣に致し立てられた程こそとても憎い。また胸と愛おしい(次ページへ)。
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「無名草子」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、標題行・振り仮名・割注は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。