おち歸り
かたらふならば
ほとゝぎす死出の山ぢの
しるべとゞもなれ
落ち帰って語らうならば、ほととぎすよ、死出の山路の道案内ともなってくれよ。
発音の読み:おちかえり / かたらうならば / ほととぎす / しでのやまじの / しるべとどもなれ
おち歸り
かたらふならば
ほとゝぎす死出の山ぢの
しるべとゞもなれ
落ち帰って語らうならば、ほととぎすよ、死出の山路の道案内ともなってくれよ。
発音の読み:おちかえり / かたらうならば / ほととぎす / しでのやまじの / しるべとどもなれ
鐘の音の
絶るひゞきに
ねをそへて我世盡ぬと
君に傳へよ
鐘の音の絶える響きに声を添えて、私の世は尽きたと君に伝えておくれ。
発音の読み:かねのおとの / たえるひびきに / ねおそえて / わがよつきぬと / きみにつたえよ
もろともに
大内山は
いでつれど行方見せぬ
いざよひの月
一緒に大内山は出てきたけれど、行方を見せない十六夜の月よ。
発音の読み:もろともに / おおうちやまは / いでつれど / ゆくえみせぬ / いざよいのつき
見し人の
けぶりを雲と
詠れば夕の空も
むつまじき哉
見た人の煙を雲と詠めば、夕べの空も睦まじいことよ。
発音の読み:みしひとの / けぶりおくもと / よめれば / ゆうのそらも / むつまじきかな
限あれば
薄ずみ衣
淺けれど淚ぞ袖を
ふちとなしける
限りがあるので薄墨衣は浅いけれど、涙が袖を淵と成しける。
発音の読み:かぎりあれば / うすずみごろも / あさけれど / なみだぞそでお / ふちとなしける
鳥べ山
もえし煙に
まがふやと螢のしほ燒
うらみにぞゆく
鳥部山の燃える煙に紛れるかと、蛍の塩焼きを恨みにぞ行く。
発音の読み:とりべやま / もえしけぶりに / まがうやと / ほたるのしおやき / うらみにぞゆく
身はかくて
さすらへぬとも
君かあたりさらぬ鏡の
かげははなれし
身はこうして流離っても、君のあたりを去らない鏡の影は離れてしまった。
発音の読み:みはかくて / さすらえぬとも / きみかあたり / さらぬかがみの / かげははなれし
別るども
影だにとまる
物ならば鏡を見ても
なぐさみなまし
別れても影だけでも留まる物ならば、鏡を見ても慰みましょうに。
発音の読み:わかるども / かげだにとまる / ものならば / かがみおみても / なぐさみなまし
うき世をば
今ぞ別るゝ。
どいまらむ名をばたゞすの
神にまかせて
浮き世をば今ぞ別れる。と言い残す名をば糺の神に任せて。
発音の読み:うきよおば / いまぞわかるる。 / といまらむ / なおばただすの / かみにまかせて
惜からぬ
命にかへて
めのまへの別をしはし
どゞめてしかな
惜しくない命に代えて、目の前の別れをしばし留めてほしい。
発音の読み:おしからぬ / いのちにかえて / めのまえの / わかれおしばし / とどめてしかな
月影の
やどれる袖は
せばくとも留めても見ばや
あかぬひかりを
月影の宿れる袖は狭くとも、留めても見たい、飽かぬ光を。
発音の読み:つきかげの / やどれるそでは / せばくとも / とどめてもみばや / あかぬひかりお
戀佗で
なくねにまがふ
浦淚はおもふかたより
風や吹らむ
恋い侘びて泣く音に紛う浦の涙は、思う方より風が吹くらむ。
発音の読み:こいわびて / なくねにまがう / うらなみだは / おもうかたより / かぜやふくらむ
いつとなく
大宮人の
戀しきに櫻かざし
けふはきにけり
いつとなく大宮人の恋しいことに、桜を挿頭して今日は来たことだ。
発音の読み:いつとなく / おおみやびとの / こいしきに / さくらかざし / きょうはきにけり
うらなくも
たのみける哉
契しを松より淚は
こえし物ぞと
恨みなくも頼みけるかな、契ったことを、松より涙は越えた物ぞと。
発音の読み:うらなくも / たのみけるかな / ちぎりしお / まつよりなみだは / こえしものぞと
いまはとて
てもえむ煙も
むすぼゝれ絕ぬおもひの
なをや殘らむ
今はとて、手も得ぬ煙も結ぼおれ、絶えない思いの名をや残らむ。
発音の読み:いまはとて / てもえむけぶりも / むすぼおれ / たえぬおもいの / なおやのこらむ
立そひて
消やしなまし
うき事をおもひみだるゝ
烟くらべに
立ち添いて消えてしまいそうな憂き事を、思い乱れる煙比べに。
発音の読み:たちそいて / きえやしなまし / うきことお / おもいみだるる / けぶりくらべに
木の下の
車にぬれて
さかさまに霞の衣
きたる春かな
木の下の車に濡れて、逆さまに霞の衣を着た春であることよ。
発音の読み:このしたの / くるまにぬれて / さかさまに / かすみのころも / きたるはるかな
古の
秋のゆふべの
戀しきにいまいと見えし
明くれの夢
古の秋の夕べの恋しいことに、今ひと見えた明け暮れの夢よ。
発音の読み:いにしえの / あきのゆうべの / こいしきに / いまいとみえし / あけくれのゆめ
うき世には
雪消なむと
おもへどもおもひの外に
われぞほどふる
浮き世には雪が消えるだろうと思うけれど、思いの外に私だけが程を経る。
発音の読み:うきよには / ゆききえなむと / おもえども / おもいのほかに / われぞほどふる
かきつめて
見るもかなしき
もしほ草おなじ雲ゐの
烟ともなれ
掻き集めて見るも悲しい藻塩草よ、同じ雲居の煙ともなれ。
発音の読み:かきつめて / みるもかなしき / もしおぐさ / おなじくもいの / けぶりともなれ
紅に
落るなみだの
かひなきはかたみの色を
染ぬなりけり
紅に落ちる涙の甲斐なきは、形見の色を染めなかったからだ。
発音の読み:くれないに / おつるなみだの / かいなきは / かたみのいろお / そめぬなりけり
絶はてぬ
清水になどか
なき人の偈をだに
とゞめざりけむ
絶え果てない清水に、どうして亡き人の偈をだけでも留めなかったのだろう。
発音の読み:たえはてぬ / しみずになどか / なきひとの / げおだに / とどめざりけむ
咲花に
移るてふ名は
つゝめどもおらで過うき
けさの朝がほ
咲く花に移るという名は包んでも、折らずに過ぎる今朝の朝顔よ。
発音の読み:さくはなに / うつるというなは / つつめども / おらですごうき / けさのあさがほ
朝霧の
はれ間もまたぬ
けしきにて花に心を
とめぬとぞ見る
朝霧の晴れ間も待たない景色で、花に心を留めないとぞ見ます。
発音の読み:あさぎりの / はれまもまたぬ / けしきにて / はなにこころお / とめぬとぞみる
朝ぼらけ
霧たつ空の
まよひにも過うかりける
妹がかど哉
朝ぼらけ、霧立つ空の迷いにも、過ぎ難かった妹の門であることよ。
発音の読み:あさぼらけ / きりたつそらの / まよいにも / すぎうかりける / いもがかどかな
立どまり
霧のまがきの
過うくは草の戶ざしに
さはりしもせじ
立ち留まり、霧の籬の過ぎ難くは、草の戸ざしに障りもしません。
発音の読み:たちどまり / きりのまがきの / すぎうくは / くさのとざしに / さわりしもせじ
まづみしも
忘れぬ物を
こりずまに身もなげつべき
宿の藤なみ
まず見た時も忘れない物を、懲りずに身も投げたい宿の藤波よ。
発音の読み:まずみしも / わすれぬものお / こりずまに / みもなげつべき / やどのふじなみ
曉の
別はいつも
露けきをこれは世にしらぬ
おきの空かな
暁の別れはいつも露が多いのに、これは世に知らない沖の空であることよ。
発音の読み:あかつきの / わかれはいつも / つゆけきお / これはよにしらぬ / おきのそらかな
徒に
わけつる道の
露しげみむかしおぼゆる
秋の空哉
いたずらに分け来た道の露の茂み、昔が思われる秋の空であることよ。
発音の読み:いたずらに / わけつるみちの / つゆしげみ / むかしおぼゆる / あきのそらかな
見なれぬる
中の衣と
たのめしを我身にしめて
恨つるかな
見慣れた中の衣と頼みにしたのを、我が身に占めて恨みつるかな。
発音の読み:みなれぬる / なかのころもと / たのめしお / わがみにしめて / うらみつるかな
思ひきや
むぐらのかどを
行過て草のまくらに
たびねせむとは
思いもしなかった、葎の門を行き過ぎて草の枕に旅寝しようとは。
発音の読み:おもいきや / むぐらのかどお / ゆきすぎて / くさのまくらに / たびねせむとは
こぎ歸り
おなじ湊に
寄舟のなぎさを夫と
しらずや有けむ
漕ぎ帰り、同じ湊に寄る舟の、渚を夫と知らずにいたのだろうか。
発音の読み:こぎかえり / おなじみなとに / よするふねの / なぎさおつまと / しらずやありけむ
めぐり逢む
おりをもまたず
限とや思ひはるべき
ふゆのよの月
巡り逢う折をも待たず、限りとや思い晴らすべき冬の夜の月よ。
発音の読み:めぐりあわむ / おりおもまたず / かぎりとや / おもいはるべき / ふゆのよのつき
今宵たに
かかはなれたる
月を見て又やは逢む
めぐり逢よを
今宵だに、こう離れた月を見て、またやは逢うだろうか、巡り逢う世を。
発音の読み:こよいだに / かかはなれたる / つきおみて / またやはあわむ / めぐりあうよお
絕ぬべき
契にかへて
おしからぬ命をけふに
かぎりてしかな
絶えるべき契りに代えて、惜しくない命を今日に限ってしまいたい。
発音の読み:たえぬべき / ちぎりにかえて / おしからぬ / いのちおきょうに / かぎりてしかな
吹はらふ
嵐にわびて
淺ぢふに露殘らじと
きみにっつたへよ
吹き払う嵐に侘びて、浅茅生に露が残らないと君に伝えよ。
発音の読み:ふきはらう / あらしにわびて / あさじゅうに / つゆのこらじと / きみにっつたえよ
嵐吹
淺ぢがすゑに
をく露の消かへりても
いつかわすれむ
嵐吹く浅茅が末に置く露の、消え返ってもいつか忘れようか。
発音の読み:あらしふく / あさじがすえに / おくつゆの / きえかえりても / いつかわすれむ
なからふる
命をなとて
いとひけむかたるゆふべも
あれはありけり
長らうる命をどうして厭いけむ、語る夕べもあればあったのだ。
発音の読み:ながらうる / いのちおなどて / いといけむ / かたるゆうべも / あればありけり
消残る
身もつきもせず
うらめしきあらば又うき
折も社あれ
消え残る身も尽きもせず恨めしい、あればまた憂き折もこそあれ。
発音の読み:きえのこる / みもつきもせず / うらめしき / あらばまたうき / おりもこそあれ
ねざめせし
昔のとも
忘られてけふのまどろみに
ゆく心かな
寝覚めした昔の友も忘れられて、今日のまどろみにゆく心であることよ。
発音の読み:ねざめせし / むかしのとも / わすられて / きょうのまどろみに / ゆくこころかな
たぐひなく
浮身をいとひ
捨しまに君をも世をも
そむきにしかな
類なく浮き身を厭い捨てた間に、君をも世をも背いたのだなあ。
発音の読み:たぐいなく / うきみおいとい / すてしまに / きみおもよおも / そむきにしかな
ひとりしも
明さじどおもふ
床のうへにおもひもかけぬ
淚の音かな
一人しも明かさじと思う床の上に、思いもかけない涙の音であることよ。
発音の読み:ひとりしも / あかさじとおもう / とこのうえに / おもいもかけぬ / なみだのおとかな
春のよも
見るわれからゝの
月なれば心づくしの
影となりけり
春の夜も見る我からがの月なれば、心尽くしの影となったことだ。
発音の読み:はるのよも / みるわれからがの / つきなれば / こころづくしの / かげとなりけり
うへにきる
さよの衣の
袖よりも人言れぬをば
たゞにやはきて
上に着る小夜の衣の袖よりも、人言わぬをばただにやは着て。
発音の読み:うえにきる / さよのころもの / そでよりも / ひといわぬおば / ただにやはきて
色〳〵の
花を折ては
見ゆれどもひとりきくには
かいなかりけり
色々の花を折っては見えるけれど、一人菊には甲斐がなかった。
発音の読み:いろいろの / はなおおりては / みゆれども / ひとりきくには / かいなかりけり
菊の花
かひあるをも
有けるをさしもなとかは
言くだしけむ
菊の花、甲斐ある物をもあったのを、さしもどうして言い下しけむ。
発音の読み:きくのはな / かいあるおも / ありけるお / さしもなどかは / いうくだしけむ
色見えて
移ふものは
世の中の人の心の
はなにぞ有ける
色見えて移う物は世の中の人の心の花にぞあった。
発音の読み:いろみえて / うつうものは / よのなかの / ひとのこころの / はなにぞありける
わびぬれば
身を萍の
根を絶て誘ふ水おらば
いなむとぞ思ふ
侘びぬれば身を浮草の根を絶えて、誘う水があれば往なむと思う。
発音の読み:わびぬれば / みおうきくさの / ねおたえて / さそうみずあらば / いなむとぞおもう
思ひつゝ
ぬればや人の
見へつらん夢と知りせば
さめざらましを
思いつつ寝ればや人の見えつらん、夢と知りせば覚めざらましを。
発音の読み:おもいつつ / ぬればやひとの / みえつらん / ゆめとしりせば / さめざらましお
物おもへば
澤のほたるも
我身よりあくがれ出る
玉かとぞ見る
物を思えば沢の蛍も我が身よりあくがれ出る玉かとぞ見る。
発音の読み:ものおもえば / さわのほたるも / わがみより / あくがれいずる / たまかとぞみる
おく山に
たぎりて落る
瀧つ瀨に玉どるばかり
物な思そ
奥山にたぎりて落ちる滝つ瀬に、玉取るばかり物を思うな。
発音の読み:おくやまに / たぎりておつる / たきつせに / たまどるばかり / ものなおもいそ
もろともに
昔の下には
くちずして埋れぬなを
みるぞかなしき
諸共に昔の下には朽ちずして、埋もれぬ名を見るぞ悲しい。
発音の読み:もろともに / むかしのしたには / くちずして / うもれぬなお / みるぞかなしき
はる〳〵ど
野中にみゆる
わすれ水絕まゝをなげく
ころかな
遥々と野中に見える忘れ水、絶え間を嘆く頃かな。
発音の読み:はるばると / のなかにみゆる / わすれみず / たえままおなげく / ころかな
よそにても
見るに心は
なくさままでたちこそまされ
かもの河なみ
よそにても見るに心は慰めまで、立ちこそ勝され鴨の川波。
発音の読み:よそにても / みるにこころは / なくさまで / たちこそまされ / かものかわなみ
戀しさを
忍びもあへず
空蟬のうつし心も
なくなりけり
恋しさを忍びもあえず、空蝉の移し心も無くなった。
発音の読み:こいしさお / しのびもあえず / うつせみの / うつしこころも / なくなりけり