無名草子 / 第3場面
源氏の名場面と源氏の欠点
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あらすじ・人物・読み方
須磨の歌、藤壺との贈答、柏木と女三の宮の歌の応酬、朝顔の姫君・朧月夜との贈答、斎宮の歌、宇治の薫と中の君・匂宮の歌など名場面を拾いながら、源氏の欠点への批評にも踏み込む。
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恋い侘びて泣く音に紛う浦の涙は、思う方より風が吹くらむ。とお詠みになる。八月十五夜の殿上の遊びが恋しくて、所々眺めなさった昔を思いやりなさるのにも、月の顔のみ幻に見られて、二千里の外の古人の心と住みなさった所。また南殿の桜は盛りになったでしょう。ひととせの花の宴に、院の上の御様子、内の上など思い出しなさって。いつとなく大宮人の恋しいことに、桜を挿頭して今日は来たことだ。とお詠みになる所。また大内山におわして、互いに名残を惜しみ、歌を詠み文を作り交わしなさる程のことどもなど、おかしくて二条院へ常よりも御文が細やかで、「潮干潟とまずぞ鳴かるるかりそめに、かかりそめに見る目は蛍のすさみなれども」とある御返事に。恨みなくも頼みけるかな、契ったことを、松より涙は越えた物ぞと。とあることこそ、とても哀れです。また柏木の右衛門督の死の程の事どもこそ哀れです。女三宮に文を奉ろうとて、手も震えれば思う事も皆書きさして。今はとて、手も得ぬ煙も結ぼおれ、絶えない思いの名をや残らむ。と詠んで、「哀れとだけでもおっしゃってください。心に留めて、人並みならぬ闇に迷う道の光にもなりましょう」とある。御返事に。立ち添いて消えてしまいそうな憂き事を、思い乱れる煙比べに。とて送るべくやはとある。女宮ぞ憎い。また父大臣のさまざまの事どものたまい続けて、空を扇いで眺めなさると、夕べの雲の景色に薄色に霞んで、花の散った木末ども、今日ぞめどまりた(次ページへ)。ます。木の下の車に濡れて、逆さまに霞の衣を着た春であることよ。とある所、とても哀れです。紫の上の死の程の事どもは、申すもおろかです。亡くなり果てて伏しなさるのを、まめ人がほのかに見て。古の秋の夕べの恋しいことに、今ひと見えた明け暮れの夢よ。野分の紛れに見奉りなさったことを思い出しなさったのでしょう。幻に女房の声で、「ひどく積もった雪だこと」と言うのを聞きなさるのにも、あの心苦しかった雪の夜のことが、ただ今の心地がして、悔しく悲しいことにも。浮き世には雪が消えるだろうと思うけれど、思いの外に私だけが程を経る。とお詠みになる所。また御もつらいなども自ずから寂しく、削ぎてみえ渡るのも心細くて、「今はとて折らしゃ果てむ、亡き人の心と結びし春の垣根を」とある所。また御文どもをやりなさって、経にすかすとて。掻き集めて見るも悲しい藻塩草よ、同じ雲居の煙ともなれ。とある所も、すべて幻(巻名)はさながら哀れです。また宇治の大君の死こそ、哀れに悲しいことです。薫大将が限りあれば我が御衣の色は変わらないのに、あの御方に心を寄せ分けた人々が、とても黒く着替えたのを見て。紅に落ちる涙の甲斐なきは、形見の色を染めなかったからだ。向かいの寺の鐘の声。まくら(次ページへ)。を歓び立てて、今日も暮れぬと、哀れに思い続けて、生き出でておられたらなどある所。また遣り水のほとりの岩に腰かけて、すぐには立ちなさらず。絶え果てない清水に、どうして亡き人の偈をだけでも留めなかったのだろう。とおっしゃることこそ、ひどく哀れにうらやましい。こういう人を持ってこそ、死ぬ命もすばらしいだろうと思われます。またすばらしいこと。六条あたりの御忍び歩きの、暁にお出になる見送りに、中将の君が参るのを、隅の間の格子もどきに、しばし引き据えなさって。咲く花に移るという名は包んでも、折らずに過ぎる今朝の朝顔よ。どうすべきかとて、手をお取りになると。朝霧の晴れ間も待たない景色で、花に心を留めないとぞ見ます。公の事に聞こえ成した程、すばらしく思われます。また忍んで通いなさる所の門の前を渡るとて、声のある随身を連れて。朝ぼらけ、霧立つ空の迷いにも、過ぎ難かった妹の門であることよ。と二声ばかり歌わせなさると、由ある下仕えを出して。立ち留まり、霧の籬の過ぎ難くは、草の戸ざしに障りもしません。また花の宴こそすばらしい。朧月夜に敷く物ぞなきなど言うより打ち始めて、その程に、院の御門が山に籠らせなさった後、なお立ち返りとても珍しいことに、心あわただしくて。(次ページへ)
まず見た時も忘れない物を、懲りずに身も投げたい宿の藤波よ。などあるのもとてもすばらしく思われます。また斎宮の御下りの程こそ、何となく神さびすばらしい。暁の別れはいつも露が多いのに、これは世に知らない沖の空であることよ。松虫の鳴き交わした、折知り顔であるなどある程も。また伊勢まで誰かなとあるのもすばらしい。また流されなさる程の事ども、繰り返しすばらしいけれど、先におろおろ申しましたので。また常陸の宮の御もとをお通りになるとて、見た心地がする出立かなと思い出して、御車よりお降りになると、これ三つ。先に分けさせなさった蓬の露が多くありますと聞こえるのに、思い侘びて。「尋ねても我こととはめ。道もなく深い蓬の元の心を」とて、なおお入りになると、これ三つ先に立て、蓬の露を払って入れ奉る程、申しても申してもすばらしいともおろかです。源氏の野分(玉鬘十帖)の朝、まめ人の大将が御方々の有様を見歩いたことこそすばらしい。中にも中宮の御方がとてもおかしい。姫君の御方で、御硯・紙などを請い出して、文をお書きになる程もとてもすばらしい。御硯を取り下ろしてお書きになる程こそ、人柄は悪いけれど、それまでおられるべきかと思われる。御心が武かったのでしょう。「風騒ぎ群雲迷う夕べにも、忘れる間なく忘られぬ君」とて、軽茅につけて打ちさえめきてやりなさるなどもすばらしい。内のゆかりにもすばらしい所々が多くありますが、それのみはうるさい。とても惜しいこと。須磨の御出立の程の紫の上は、乙女の巻に六位の少く世をば下なめられて、「雲居の雁も我がことや」と独り言ちなるのを、まめ人たちが聞いて、「侍従の君や候」。(次ページへ)
「これ開けてください」とある程こそ、とても惜しい。若菜にて、紫の上の片敷き袖も染みこばり、伏し患いなさる暁におわして叩きなさると、空寝して人を開けぬ折のこと。内の中の宮が薫大将をはじめて。いたずらに分け来た道の露の茂み、昔が思われる秋の空であることよ。と言い遣る朝に、兵部卿宮がお渡りになって、御句の湿るのを咎めなさって、どうにも返事もできず、心が病ましくて。見慣れた中の衣と頼みにしたのを、我が身に占めて恨みつるかな。おっしゃると、女君は繰り返しとても惜しい。心が病ましいと。紫の上が済まされないとさえあるのに、明石の君を儲けて、問わず語りし起こすことも、浦より遠に漕ぐ舟の糸はれて、文の上包みばかり見せたこと。須磨の絵二巻を日頃隠して、絵合わせの折に取り出した事。「一人いて眺めた時よりは、蛍の住む方をこうしてぞ見るべきであった」とて、思束なさは慰みなましものを、などある所よ。これはとても惜しい事にも入れつべきです。女三宮を迎えて、紫の上に物思いをさせたこと。正月一日の日に御方々へ参り歩いて、いつしか御騒がれも宿は怒りながら、明石の御方に留まったこと。大内山の弟も源氏院との御仲が心良からずなったこと。玉鬘の君が髯黒の大将の北の方になったこと。夕霧の御息所がお亡くなりになろうとする折。(次ページへ)
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「無名草子」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、標題行・振り仮名・割注は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。