語り手の老尼
『無名草子』の語り手。八十三歳の老尼で、若い日に皇嘉門院の北の政所に仕えたという。最勝光院参詣の折、檜皮屋に集まった女房たちに物語・歌の批評を語る。

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最勝光院に参詣した八十三歳の老尼が、女房たちと物語を語り合う枠組みで、源氏物語への讃嘆と批評を中心に、同時代までの物語・歌集・女流歌人を論じた、現存最古級の物語評論・歌論書。
鎌倉初期成立とされる、現存最古級の物語評論・歌論書。八十三歳の老尼が最勝光院参詣の折に檜皮屋で女房たちと語り合う枠物語の形を取り、源氏物語への讃嘆と批評を中心に、狭衣・夜の寝覚・浜松中納言・うつほ・とりかへばや等の物語評、伊勢・大和の歌物語評、八代集と百首歌の歌集論、小野小町・清少納言・和泉式部・赤染衛門・伊勢大輔ら女流歌人の評、紫式部日記・更級日記の読みへと論が及ぶ。底本は塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社、明治27年)。
挿絵・人物画は本文をもとにした創作イメージです。原典の図版や史料の再現図ではありません。
最勝光院の夜語り八十歳を三つ越えた老尼が最勝光院に参り、檜皮屋に宿って、集まった女房たちと物語や歌について語り合う。老尼は若い日に宮仕えした思い出を述べ、月・文・夢・法華経をめぐる問答の末に、源氏物語への讃嘆へと話を進める。第2場面
源氏物語を讃える源氏物語への全面的な讃嘆。好きな巻々と女君たち、男君たちを挙げ、雲隠・六十巻の数え方、夕顔・葵の上の死、須磨の別れ、賀茂の神への祈り、紫の上の歌など、心を動かされた場面をたどる。第3場面
源氏の名場面と源氏の欠点須磨の歌、藤壺との贈答、柏木と女三の宮の歌の応酬、朝顔の姫君・朧月夜との贈答、斎宮の歌、宇治の薫と中の君・匂宮の歌など名場面を拾いながら、源氏の欠点への批評にも踏み込む。第4場面
狭衣・寝覚・浜松・うつほ狭衣物語への高い評価とうつほへの批判を経て、夜の寝覚を詳しく論じ、浜松中納言物語、さらにうつほ物語(俊蔭の唐渡り、仲忠とあて宮、吉野の姫君ら)を評する。第5場面
とりかへばやと歌物語とりかへばや物語(女中納言・四の君の贈答、今とりかへばやへの賞賛)を評し、伊勢物語(業平の歌)、大和物語ほかの歌物語、落窪物語、松浦宮などへ論を広げ、伊勢・大和は実話かと問う。
歌集と百首歌後撰・拾遺への批評、定家少将の八代集論(万葉集から千載集まで)、後拾遺集、四条大納言公任の公葉集、建久七年の百首・堀川院百首・新院百首、良経の百首、俊成の千載集など、歌集と歌合を論じる。第7場面
女の歌人たち集を選ぶ女がいないという嘆きに、紫式部・清少納言を挙げて反論し、女の歌人たちを一人ずつ評する。小野小町とその老後・骸骨の伝説、清少納言と枕草子、小式部内侍、和泉式部、赤染衛門、伊勢大輔へと続く。第8場面
名を残すこと――結び歌や物語を書き残すことの意味を説き、紫式部の名の由来と紫式部日記の読みどころ、更級日記に描かれる定子・彰子、大斎院・待賢門院の宮々を讃える。老尼自身の宮仕えの思い出(九月十日の月見)が明かされ、男の事は大鏡に譲ると言い置いて筆を置く。『無名草子』の語り手。八十三歳の老尼で、若い日に皇嘉門院の北の政所に仕えたという。最勝光院参詣の折、檜皮屋に集まった女房たちに物語・歌の批評を語る。
檜皮屋に集まり、老尼と問答する女房たち。
『源氏物語』の主人公。評論の中心として、その歌と行動が繰り返し論じられる。
源氏の正妻格。須磨の別れの贈答などが名場面として挙げられる。
源氏の妻の一人。鳥辺山の煙に寄せた歌が引かれる。
柏木との歌の応酬(鐘の音の歌、烟くらべの歌)が引かれる。
女三の宮への思慕と、その贈答の歌が引かれる。
源氏の孫。いざよひの月の歌、中の君への恨みの歌の詠み手として本文に現れる。本文の表記は「兵部卿の宮」「匂宮」。
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「無名草子」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、標題行・振り仮名・割注は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。