無名草子 / 第8場面
名を残すこと――結び
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あらすじ・人物・読み方
歌や物語を書き残すことの意味を説き、紫式部の名の由来と紫式部日記の読みどころ、更級日記に描かれる定子・彰子、大斎院・待賢門院の宮々を讃える。老尼自身の宮仕えの思い出(九月十日の月見)が明かされ、男の事は大鏡に譲ると言い置いて筆を置く。
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散り散らす聞かまほしきに故郷の花見て帰る人もあらなむ、と詠んで献上した程の事どもなどこそ、繰り返し心も言葉もめでたく思われますと言うなれば、また必ず歌を詠み物語を選び、色を好むのみやは、すばらしくめでたいべき。何事に歌の道に足りぬるばかりは、すばらしく愛たいべき事やはあります。その中にも簫の事は女の仕業と覚えて、懐かしく哀れな物の音なれど、怪しい生女房・童べ仕えなどまで、大方良からぬ妻並まして、並べて見え慣らしたのが最も口惜しい。琵琶は並べて弾く人が少なく、まして女などは偶々真似ぶを聞くも、とてもめでたく心憎く奥床しくこそあります。伯牙の三位が逢坂の関へ百代まで行きて、蟬麿の手より智を伝えなさった程、思うもとても有り難くめでたいのに、兵衛内侍と言いける琵琶弾き、村上の御時の相撲の節に、還饗を賜って仕えたのが、陽明門まで聞こえた事などこそ、とてもめでたい。伯牙の三位だにかばかりの音は弾き立てなさらずと、時の人が褒めた程こそ、女の身には有り難い事にあります。歌などを詠み、優れて人に響かれる例は、昔も今もとても多い。これはとても有り難く羨ましい事にありますなど言うなり。様々心の程見えて、とてもおかしく聞く所あるのに、すばらしく差し応えも世間ほしき事多いけれど、由なければ身動きをだにしないで、空寝をしてあります。また、されど左様の事は我が世にある限りにて、亡き跡まで留まって、末の世の人が見聞き伝える事なきことこそ口惜しい。男も女も管絃の方などは、その折にとって(次ページへ)。優れた例は多いけれど、いつらは末の世にその音の残ってはいます。歌をも詠み詩をも作って、名をも書き置いたことこそ、百年千年と世を経て見れども、ただ今その主に差し向かった心地して、すばらしく哀れな物はあれ。さればただ一言にても、末の世に留まるばかりの節を書き留めるべきとは思われます。繰り返しのようでありますが、尽きもせず羨ましくめでたくあるは、大斎院より、上東門院がつれづれ慰みぬべき物語やありますと尋ね参らせなさった時に、紫式部を召して、「何をか参らすべき」と仰せられければ、「珍しい物は何かあります。あたらしく作って参らせなさい」と申せば、「作れと仰られけるを承って、源氏を作ったのをこそ、すばらしく愛たい」と言う人があれば、またいまだ宮仕えもしないで里にあった折、かかる物作り出でたりけるによって召し出されて、それゆえ紫式部という名は付けたとも申すは、いずれか真実でありましょう。その人の日記という物があったのにも、参った初めばかり恥ずかしくも心憎くも、また添い苦しくも笑うだろうと、おのおの思っていた程に、とても思わずに惚けづき、片方にて一つも文字をだに引かぬ様であったので、「かく思わずどもたちども思われる」などこそ見えてあります。君の御有様などは、すばらしくめでたく思い聞こえながら、露ばかりもかけかけしく慣らし顔に聞こえ出でない程もすばらしく、また皇太后宮の御事を限りなくめでたく聞こえるにつけても、相行き付き懐かしく候った程々の事ども、君の御有様も懐かしくすばらしくおられたなど、聞こえ現したるも、心憎くないと言って思われます。か(次ページへ)。つはまた、御心柄であるべきなど言えば、また皇后宮・上東院門いずれも今少しめでたくおられましたと言えば、皇后宮は御見目も美しくおられたのにこそ、院もとても御心指し深くおられました。亡くなりなさるとて、知る人もない別ちに今はとて心細くも思い立つかな。夜もすがら契りし事を忘れずは、恋いむ涙の道ぞ床しい。など詠ませなさるだろうことこそ、哀れにあります。後に御覧じけむ帝の御心地、真にいかばかりかは哀れに思いなされたでしょう。さて御業の夜、雪の降りましたので。野辺まで心一つは通えども、我が御幸とは知らずやあらむ。と詠ませてなさったことも、とてもめでたい。おられない後まで、さばかりの御身に御目も合わず思いなされおかしかった程なども、繰り返しもめでたい。また中関白殿が隠れなさり、また内の大臣が流されなどして、御世の中が衰えなさった後、微かに心細くておられたのに、頭中将がそれそれ参って、簾の側が風に吹き上げたるより見なさると、ひどく大きな女房の清げなる七八人ばかり、色々の単重ねも、唐衣なども厳かにて候ったのも、とても思わずに、今は何ばかりおかしい事もないだろうと、思い侮りけるも、あまり正しく思えましたのに、庭の草は多く茂り渡ってありましたので、などかくはこれをこそ払わせておられましょうと聞こえなさっても、宰相の君となむ聞こえける人、「露を風で御覧ぜん」とて、答えけむことこそは、なお古り難くすばらしく思わせなさいます。上東門院の御事は良し(次ページへ)。
惜しなど聞こえるべきにもありません。何とも愛たい例には、まず引かれさせなさる時なれば、とかく申すに及ばず。何事も御幸いを極めさせなさるあまりに、御命さえこちらくて、多くの帝に遅れさせなさることこそ日惜しくあります。その度に、とても哀れな御歌どもを詠ませなさったのは、優しくこそあります。一条院が隠れなさって、「逢うとも今は無き寝の夢ならで、いつかは君を又は見るべき」など詠ませなさったのも、とてもめでたくこそあります。また源中納言の御返事に、「世は再びは背かざらまし」などあるのも、とても哀れです。何事もより言うなる人が多く候ったこそ、ますます心憎くめでたく思われますと言えば、その御大臣の琵琶殿の皇太后宮と聞こえさするにこそ、とても花やかに物好みした人々が多く仕えました。大和歌・詠んもその宮の女房であるべし。折々の女房の装束・出で立ちなども、例しなき程に勢威を破り、女房の一品経供養などしけた事も、とても夥しくありました。女院にはさばかり名を残した人々が仕えましたが、慎ませなさった程も、様々心の色々見えて、めでたくこそと言えば、また昔の様の宮ばらの御有様、多く承る中に、大斎院こそめでたくおられましたと思わせなさいます。対今の時、后にておられましょう御方々は、花やかに今めかしくも、また心憎くもおられましょう。道理なる御住まいにて、いつも弛みなくおられました程こそ、限りなく愛たく思わせなさ(次ページへ)。へ。さりながら御年なども若くおられましょう程は道理であろうか、無下に老い衰え、御世も末になって、その上参り慣れてあった人もおさおさなく、今の世の人もはかばかしく参る事もなき末の世になってしも、九月十日宵の月が明々と照りましたのに、雲林院の不断の念仏の果てに参った殿上人四五人ばかり、帰さに本院の帝の細目に飽きたるよりやおら入って、昔より心憎く言われさせなさる院の内を忍んで見ようと思ったのに、人の香もせず湿々とおったのに、御前の千歳が心に任せて高く老い茂るのを、露は月の光に照らされて煌めき渡り、虫の声々が騒がしいまで聞こえ、遣り水の音がのどやかで、船岡の颪風が冷ややかに吹き渡ったのに、御前の簾が少し働いて、焚き物の香がとても香ばしく匂い出でただけでも、今まで御格子も参らないで、月など御覧じけるにやと、浅ましくめでたく思われましたのに、奥深く簫の琴を調べられたりけるが、仄かに聞こえたりける。さはかかる事とこそ留め難く思えました。道理です。さてかかる御有様を見たと知らせ奉らざらむ、口惜しい事とて、人などの参る方へ立ち回りなさった。そこにも女房二三人ばかり物語して、もとよりあったのに、とてもおかしくて琴など弾き遊んで、明け方になってこそ、内に帰り参って、めでたかった事どもを語りなさいました。時の所などは明け暮れ人が多く、殿ばら・宮々も常に立ち交じりなさるので、弛みなからむは道理であろう。皇太后宮と時聞こえたのは、大二条殿の女、公任の大納言の御まで、世を逃れて、籠もりおられた(次ページへ)。参った後、雪の押し太白川院の御幸が図らずあってあったのに、いささか跡もなく、法華堂の方に三昧経を忍びやかに読んで、南面に出で、十句ばかりあった中より切りて袖共いたして弾くその間に、院は御車ながら立たせなさっていたので、上着着たる童一二人、銀の銚子に御神酒入れて、白銀の折敷に金の杯を据えて、大柑子を御肴にて参りなさった程こそ、とてもめでたい。かねて用意したでしょうには、それに優る事は何事かはなかろう。俄にはとても有り難い御用意なりかし。今の世には何事もと言う中に、かようの事こそ無下に有り難いでしょうなど言うなり。また如何なる事と言わんずらむと聞き交わしたるに、例の人、「さのみ女の沙汰に出でてのみ、世を犯させなさる事の、無下に男の交じらざらむこそ人悪けれ」と言えば、「げに昔も今もそれはとても聞き所あり。すばらしい事いかに多いでしょう。同じくば、さらば帝の御上よりこそ言い立ちはならす。世継ぎ・大鏡などを御覧なさい。それに過ぎた事は何事かは申すべき」と言いながら。
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「無名草子」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、標題行・振り仮名・割注は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。