紫式部日記 / 第1場面
秋のけはひ
あらすじ・人物・読み方
寛弘5年秋、土御門殿の有様。五壇の御修法が始まり、道長が女郎花を折って贈る歌の贈答、薫物合せ、菊の綿の歌など、御産を控えた宮中の日々。
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秋の気配が立つにつれて、土御門殿の様子は、言いようもなく趣がある。池のあたりの青桐も、遣水のほとりの草むらも、それぞれ色づき渡り、空全体の艶やかさに引き立てられて、絶え間ない御読経の声々が、しみじみとした趣をいっそう増していた。ようやく涼しい風の様子にも、いつもの絶えることのない水の音が〔まじり〕、夜通し〔他の音と〕紛れて聞こえる。〔中宮の〕御前近くに伺候する人々が、とりとめのない話をする様子などもごく当たり前のことではあるが、憂き世の慰めには、このような御前こそお訪ね申し上げるべきなのに、正気の心を引き違えて、言いようもなく、あらゆることを忘れてしまうにつけても、一方では不思議なことだ。まだ夜の深い頃、月がさしては曇り、木の下が暗いところで、「御格子を上げ申し上げたい。〔まだ〕女官は伺候していないだろう。蔵人が参れ」などと言い合っているうちに、後夜の鐘が鳴って驚かし、五壇の御修法の時が始まった。我も我もと声を張り上げた伴僧の声々が、遠く近く聞き渡されるほど、仰々しく尊い。観音院の僧正が、東の対から二十人の伴僧を引き連れて、御加持に参上なさる足音が、渡殿の〔渡殿の〕橋をどしどしと踏み鳴らされる〔音〕までも、他のどんな様子とも似ていない〔ほど尊い〕。法住寺の座主は馬場殿へ、遍智寺の僧都は文殿などへ、連れ立った浄衣姿〔の僧たち〕までが、立派な唐橋を渡りながら、木の間を分けて帰って行く様子も、遠く眺めやられる気持ちがして、しみじみと趣深い。さいさ阿闍梨も大威徳〔明王〕を敬って腰をかがめていた。人々が参集したので、夜も明けてしまった。渡殿の戸口の局から〔外を〕見出すと、ほのかに霧がかかった朝の露もまだ落ちないうちに、殿〔藤原道長〕がお歩きになって、御随身をお召しになって遣水を払わせなさる。橋の南にある女郎花のたいそう盛んに咲いているのを、一枝折らせなさって、几帳の上から差し覗かせなさった。〔殿の〕お姿がたいそう気恥ずかしいほど〔立派〕であるうえに、私の朝顔〔寝起きの顔〕が思い知られるので、「これが遅れてはよくないでしょう」と〔殿が〕おっしゃるので、〔歌を詠む〕口実を作って硯のもとに寄った。女郎花の盛りの色を見るにつけても、〔朝露に濡れる花とそうでないものとを〕分けた露のように、〔花にも劣る〕わが身のほどが思い知られます。「ああ、早い〔見事な即詠だ〕」と〔殿が〕ほほえんで、硯をお取り寄せになる。
白露は〔花を〕分け隔てて置くことはあるまい。女郎花よ、お前の心から〔その魅力で〕色が染まるのだろうか。静かな夕暮れに、宰相の君と二人で物語をしていたところへ、殿の三位の君が、簾の端を引き上げてお座りになる。〔三位の君は〕年齢のわりにはたいそう大人びて、奥ゆかしい様子で、「人はやはり心ばえこそ〔判断が〕難しいものなのでしょうね」などと、世間の話をしみじみとしておられる様子を、「幼い」と人が侮って申し上げるのはよくないけれど、〔三位の君は〕恥ずかしそうに見える。打ち解けない様子で、「おおかた野辺に〔置くものぞ〕」と〔歌を〕口ずさんでお立ちになった様子は、物語の中でほめられている男のような心地がいたしました。これほどの事のうちにも、思い出されることもある。その折の趣深い事も過ぎてしまえば、忘れてしまうこともあるというのは、どういうことだろうか。
播磨守某が〔扇の競べに〕負けの罰を演じた日、〔私が〕ふと退出した後に、御盤の様子などを〔人々が〕御覧になったところ、華足〔盤の脚〕などがゆるゆるしていて、洲浜のほとりの水に〔絵を〕かき混ぜてあった。
紀の国の白らの浜で拾うというこの石こそは、岩のように〔立派なもの〕であれ。〔この歌を書いた〕扇どもが趣深いので、その頃は人々が〔それを〕持っていた。
八月二十日過ぎの頃からは、上達部や殿上人たちは、しかるべき人は皆宿直がちで、橋の上や対の簀子などに、皆うたた寝をしながら、とりとめもなく遊んで夜を明かす。琴や笛の音などでは、まだ拙い若人たちが調子を競い、今様歌などもその場に応じて趣深かった。宮の大夫斉信、左宰相中将経房、兵衛督、美濃の少将斉政などが〔集まって〕お遊びになる夜もある。改まった御遊びは、殿〔道長〕のお考えもあるのだろう、〔中宮に〕させなさらない。長く里に下がっていた人々の〔参仕の〕途絶えを思い起こしながら、参集する人々の様子が騒がしくて、その頃は静かなことはない。
二十六日、御薫物合わせが終わって、〔薫物を〕人々にも配らせなさる。参り競った人々が、たくさん集まった。上〔中宮〕から下りてくる道で、弁の宰相の君の戸口を差し覗いたところ、〔宰相の君は〕昼寝をなさっている最中だった。萩や紫苑など色々の絹〔の重ね〕に、濃い〔紫〕の擣目で心のこもったものを上に着て、顔は〔袖に〕引き入れて、硯の箱を枕にして横臥しなさっている額の付き具合が、たいそう可愛らしく優美である。綸〔の糸で綴じた冊子〕に書かれた物語の姫君のような心地がするので、〔宰相の君の〕口覆いを引きやって、「物語の女のような心地もなさっているのですね」と言うと、〔目を〕見開けて、「物狂わしいお姿ですね、寝ている人を無遠慮に驚かすものですか」と言って、少し起き上がりなさった顔が赤らんでおられる様子などが、細かいところまで趣深く感じられたことだ。もともと立派な方が、時宜を得てまた格別に優れているという振る舞いだった。
九日、菊の綿を兵衛のおもとが持って来て、「これを殿の上〔道長〕が、取り分けて、たいそうよく老い〔の穢れ〕を拭い捨てなさいとおっしゃいました」と言うので、菊の露にほんの僅か袖が濡れて、花の持ち主〔道長〕に千代〔の長寿〕は譲りましょう。と〔歌を詠んで〕お返し申し上げようとしているところに、「〔道長は〕あちらにお帰りになった」と言うので、することもなく〔菊の綿を〕留めておいた。その夜、御前に参上したところ、月が趣深い頃で、端の方で御簾の下から裳の裾などがほころび出ている、そのあたりごとに小少将の君や大納言の君などが伺候なさっている。御薫炉で一昨日の薫物を取り出して〔香を〕試させなさる、御前の様子の趣深さ、蔦の色の頼りなさなどを、口々に〔人々が〕申し上げるのに、いつもより具合の悪そうな御様子でいらっしゃるので、御加持の僧たちも集まる方角であり、騒がしい気持ちがして〔局へ〕入った。人が呼ぶので、局にいて、しばらく〔起きていよう〕と思ったけれど、寝てしまった。夜中頃から騒ぎ立って大声で騒ぐ。
底本:『紫式部日記』長連恒校註(国民図書、昭和4年[1929])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
昭和4年(1929)長連恒校註『紫式部日記』(国民図書)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、頭註・傍註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。