紫式部集 / 第7場面
七夕と重陽の歌
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あらすじ・人物・読み方
弁宰相の君との衣の贈答、七夕の歌、重陽の菊の歌、少将の君の時雨の歌とその返し。
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五節の程、参らなかったのを残念がるなど、弁宰相の君が仰るのに、珍しいことと君が思えば、生きて見えるだろう。擦れる衣の端は過ぎないけれど。返歌。ならば君、痩せない衣は過ぎないけれど、恋しいほどに、着ても見えるだろう。
人の音させたのを、ひそかに数え明かせば、猪の目の、朗らかにだけでも、夢を見ないことよ。
七月一日頃、明け方にあった返歌として、猪の目の空に霧が渡り、いつしか、秋の景色に世はなってしまった。
七日、大方を思えば行かしい。天の川よ、今日の逢う瀬は、うららかに生まれたよ。返歌。天の川の逢う瀬は、よその雲井で、絶えない契りを世々に負わなければ。
門の前から渡るといって、打ち解けた様子を見ようとあるのに、書き付けて返しやる(歌)。名技の便りに問う人ごとに、打ち解けては見せまいと思う。
月を見る朝、どう言ったのか、夜止めをも夢と言ったか。誰あれ、秋の月にさえ、どうして変わって見ようか。
九月九日、菊の小枝を、上の御方から頂いたので、菊の露、若湯ばかりに袖を触れて、花の主人に千代は譲ろう。
時雨のする日、少将の君が里から、雲間が明く、眺める空を掻き曇らし、どう堪えるのだろう、時雨のある頃は。返歌。理の時雨の空は雲間があっても、眺める袖は乾く世もない。
底本:『日本歌学全書 第3編』佐々木弘綱・佐々木信綱共編並標註(博文館、明治24年[1891])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治24年(1891)佐々木弘綱・佐々木信綱共編並標註『日本歌学全書 第3編』(博文館)所収「紫式部集」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、標註・傍註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。