更級日記 / 第4場面
夢と祈り
あらすじ・人物・読み方
等身の薬師仏を作って祈り、夢に現れた猫の言葉に前世を思う。物語に耽ることへの戒めの夢、母の遺骨を野辺に尋ねる悲しみの歌の応酬が続く。
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三月の末頃、土忌みで人のもとに移っていたところ、桜が盛りで面白く、今まで散らないのもある。帰って翌日、置いて飾った宿の桜を、春が暮れて、散り難くしているのを一目見たことだ。と言ってやる。
花の咲き散る折ごとに、乳母が亡くなった折だなあとばかり哀れであるのに、同じ折に亡くなられた侍従大納言の御女の筆跡を見ながら、わけもなくしみじみしていると、五月頃、夜が更けるまで物語を読んで起きていると、来るだろう方も見えないのに、猫がひどく長く鳴いたのを、驚いて見ると、ひどく趣のある猫がいる。どこから来た猫だろうと見ると、姉である人が、『しっ、人に聞かせるな。ひどく趣のある猫だ。飼おう』と言うのに、ひどく人に馴れて、そばに臥している。尋ねる人がいるかと、これを隠して飼うと、まったく下衆のあたりにも寄らず、じっと前にばかりいて、物も、穢そうなのは、よそ向きに顔を向けて食べない。姉弟の間にじっとまとわりつかれて、面白がり、可愛がるうちに、姉が患うことがあるのに、物騒がしくて、この猫を北面にばかり置いて呼ばないと、かしましく鳴き立てるけれども、なおそうであろうと思っていると、患っている姉が驚いて、『どこだ、猫は。こちらへ連れて来い』と言うのを、『どうして』
と尋ねると、『夢に、この猫がそばに来て、『私は侍従の大納言殿の御女がこうなったのです。そうなるべき縁が少しあって、この中の君がわけもなくしみじみと思い出してくださるので、ただしばらくここにいるのを、この頃下衆の中にいて、ひどくわびしいこと』と言って、ひどく泣く様子は、高貴で趣のある人と見えて、ハッと目覚めると、この猫の声であったのが、ひどく哀れなのだ』とお語りになるのを聞くと、ひどく哀れである。その後は、この猫を北面にも出さず大切にする。ただ一人座っている所に、この猫が向かい合って座っているので、撫でながら、『侍従大納言の姫君のていらっしゃるな。大納言殿にお知らせ申し上げたいものだ』と言いかけると、顔を見守りながら長く鳴くのも、心がないのに、ふと目をやると、いつもの猫ではなく、聞き知った様子で、しみじみする。
世の中に長恨歌という文を、物語に書いてある所があるそうだと聞くと、ひどく見たいけれど、言い寄ることもできないのに、しかるべき北の方の人を尋ねて、七月七日に言ってやる。約束したという昔の今日の懐かしさに、天の川の波に漕ぎ出してしまったことだ。返しは、立ち出る天の川辺の懐かしさに、いつもは忌まわしいことも忘れてしまう。
その十三日の夜、月がひどく隈なく明るいのに、皆も寝た夜中頃に、縁側に出て座って、姉である人が、空をつくづくと眺めて、『たった今、行方もなく飛び去ってしまったら、どう思うだろう』と尋ねるのに、なんだか恐ろしいと思っている様子を見て、別の事に言いなして笑ったりなどして、聞くと、そばにある所に、先追う車が止まって、『萩の葉』と呼ばせるけれど、答えがない。呼びかねて、笛をひどく趣深く吹き澄まして過ぎてしまった。笛の音がただ秋風と聞こえるのに、どうして萩の葉がそよとも答えないのだろう。と言うと、本当にその通りだと、萩の葉が答えるまでも吹き寄らずに、ただ過ぎてしまった笛の音が恨めしい。このように夜が明けるまで眺め明かして、夜が明けて皆が寝る。
その翌年、四月の夜中頃に火事があって、大納言の姫君と思い大切にした猫も焼けてしまった。大納言殿の姫君と呼ぶと、聞き知った様子で、鳴いて歩み寄るなどしたので、父である人も、『珍しくしみじみすることだ。大納言に申し上げよう』などと言っていた程に、ひどく哀れで残念に思われる。
広々と物深い深山のようではありながら、花や紅葉の折は、四方の山辺も何でもないのを見慣れていると、例えようもなく狭い所の、庭の程もなく、木などもないのに、ひどく心憂いのに、向かいにある所に、梅、紅梅などが咲き乱れて、風に付けて香って来るにつけても、住み慣れた故郷が限りなく思い出される。匂って来る隣の風を身に染み込ませて、かつてあった軒端の梅が恋しい。
その五月の一日に、姉である人が子を産んで亡くなった。他所の事でさえ、幼い頃よりひどく哀れと思日が経つのに、まして言いようもなく、哀れで悲しいと思い嘆く。母などは皆亡くなった方にあるのに、形見に残った幼い人たちを左右に臥せていると、荒れた板屋の隙間から月が漏れて来て、稚児の顔に当たるのが、ひどく不吉に思われるので、袖を打ち覆って、『今一人をも掻き寄せて、思うことはひどいものだ。その程が過ぎて、親族である人の元から、『昔の人の折には見つけ出せなくなっていたのを、今ちょうど人がよこしたのが、哀れで悲しいこと』と言って、かばねたづぬる宮という物語をよこした。本当に哀れなものだ。
返事に、埋もれない骸を何のために尋ねたのだろう、苔の下には身があったのだ。
乳母であった人が、『今は何のためか』などと、泣きながら元のあった所に、こうこそ人は帰ったのだ、ああどんな別れであったろう。故郷にこうこそ人は帰ったのだ、ああどんな別れであったろう。などと書いて、『硯の水が凍れば、皆閉じられて、書き留めた』と言うのに、書き流す跡は氷柱に閉じてしまった、何を忘れない形見と見るのだろう。と言ってやった返事に、慰める方法もない渚の浜千鳥が、どうして憂き世に跡を留めようか。
この乳母が、墓所を見て、泣きながら帰って来た。上っただろう野辺は煙もなかっただろう、どこを墓と尋ねて見たのだろう。
これを聞いて、継母であった人が、そこだと知って行かないけれど、先に立つ涙が道の道標であったのだ。かばねたづぬる宮をよこした人が、住み慣れない野辺の笹原に跡頼りもなく、泣く泣くどう尋ね悩んだことだろう。
これを見て、兄はその夜送りに行っていたので、見たままに燃えた煙は尽きてしまったのに、どう尋ねたのか、野辺の笹原を。
雪の日を経て降る頃、吉野山に住む尼君を思いやる。雪が降って稀な人目も絶えてしまうだろう、吉野の山の峯の懸け道は。
翌年、正月の司召に、親が喜ぶべきことがあったのに、甲斐ない翌朝、同じ心に、思うべしい人の元から、『そうであろうと思いながら、夜の明けるのを待つもどかしさ』と言って、夜の明けるのを待つ鐘の声にも夢が覚めて、秋の百夜の心地がしたことだ。と言った返事に、思うことが成るとも聞こえない鐘の音が響く。
底本:『新註更級日記』吉川秀雄著(精文館書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)吉川秀雄著『新註更級日記』(精文館書店)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、頭註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。