ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

更級日記 / 第5場面

山里の秋

あらすじ・人物・読み方

東山の山里に移り、同行の人や知りたる人と歌を交わす。荻の葉、鹿の音、有明の月。宿の主との贈答もある。

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四月の末頃、しかるべき事情があって、東山にある所へ移る。道の程、田の、苗代に水を任せたのも、植えたのも、なんとなく青み、趣深く見え渡っている、山の、影が暗く、前が近く見えて、心細くあわれた夕暮れ、水鶏がひどく鳴く。叩くことも誰が水鶏なのか、日が暮れたのに、山路を深く尋ねて来るだろう。霊山が近い所なので、詣でて拝み申し上げると、ひどく苦しいので、山寺にある石井に寄って、手に掬いながら飲んで、『この水が飽きずに思われることだ』と言う人があるのに、奥山の石の間の水を掬い上げて、飽きないものとは今こそ知る。と言うと、水を飲む人が、山の井の雫に濁る水よりも、これはなお飽きない心地がする。帰って、夕日が際やかに差しているのに、都の方も残りなく見渡されるのに、この雫に濁る人は京に帰ると言って、心苦しそうに思って、また翌朝、山の端に入り日の影は入り果てて、心細く眺めやられる。

念仏する僧の、暁に額づく音が尊く聞こえるので、戸を押し開けると、ほのぼのと明けゆく山際、木暗い梢どもに霧が渡って、花や紅葉の盛りよりも、なんとなく茂り渡った空の景色、曇りがちで趣深いのに、時鳥がすぐひどく近くの梢で幾度も鳴いたた。誰に見せ、誰に聞かせよう、山里のこの暁も、遠くから返る音も。

この月末の日、谷の方にある木の上に、時鳥がかしましく鳴いた。都では待っているだろうものを、時鳥よ、今日一日中鳴き暮らすことだ。などとばかり眺めながら、一緒にいる人が、『たった今、京にも聞いている人がいるだろうか、こうして眺めているだろうと思いを寄せる人がいるだろうか』などと言って、山深く誰が思いを起こすだろう、月を見る人は多いだろうけれど。と言うと、深い夜に月を見る折は、知らないけれど、まず山里が思いやられる。

暁になったのだろうと思う程に、山の方から人が大勢来る音がする。驚いて見やると、鹿が縁の元まで来て、鳴いたのが、近くては懐かしくないものの声である。秋の夜の妻を恋い慕う鹿の音は、遠山でこそ聞くべきであった。

知っている人が近くの程に来て帰ったと聞くと、まだ人目に知られない山辺の松風も、音を立てて帰るものと聞きなさい。

八月になって、二十余日の暁方の月が、ひどくしみじみと、山の方は木暗く、滝の音も似るもののないのばかり眺められて、思い知る人に見せたい、山里の秋の夜深い有明の月を。

京に帰り出ると、渡った時は水ばかり見えた田々も、皆刈り終えていた。苗代の水影ばかり見えた田の、刈り終えるまで長居してしまった。十月の末頃に、ふと来て見ると、木暗く茂っていた木の葉どもが、残りなく散り乱れて、ひどくしみじみと見え渡って、さらさらと音を立てて流れていた水も木の葉に埋もれて、跡ばかり見える。水さえも澄み絶えてしまった、木の葉が散る嵐の山の心細さに。

そこにいる尼に、『春まで命があったら、必ず来よう。花盛りはまず知らせよ』などと言って帰ったのを、年が改まって、三月十余日になるまで音沙汰もないので、約束しておいた花の盛りを告げないことだ、春はまだ来ないのか、花はまだ匂わないのか。

旅である所に来て、月の頃、竹の元が近くて、風の音に目ばかり覚めて、うち解けて寝られない頃、竹の葉のそよぐ夜ごとに寝覚めして、何でもないのに物悲しい。

秋頃そこを立って、他へ移って、その主に、どこでも露の哀れは別れることはないのに、浅茅が原の秋が恋しい。

継母であった人が、下った国の名を宮中でも呼ばれているのに、別の人を通わせて後もなおその名を呼ばれると聞いて、親が、『今は詮ない旨を言ってやろう』と言うのに、朝倉よ、今は雲居に聞くものを、なお木の丸が名乗りをするのか。このように際限ないことを思い続けるのを務めとして、物詣でもわずかにしても、はかばかしく人のようになろうとも念じられない。この頃の世の人は、十七八からこそ、経を読み、修行もするが、そういう事は思いもかけられない。ようやく思い寄ることは、ひどく高貴で、姿形が、物語にある光源氏などのようにいらっしゃる人を、年に一度でも通わせ申し上げて、浮舟の女君のように、山里に隠し据えられて、花や紅葉、月や雪を眺めて、ひどく心細げに、素晴らしいお手紙などを、時々待ち見などしそうなことばかり思い続け、粗いことと覚えた。親が隣にいたら、ひどく高貴に私の身もなったろうなどと、ただ行方ないことを思い過ごすと、親が、ようやく、遠く離れた東国になって、『長年、いつか思うように近い所になったら、まず胸が開くほど大切にし申し上げて、連れて下って、海や山の景色も見せ、それをそうしたものとして、私の身よりも高くもてなして大切にして見ようと思っていたが、私も人も宿世が拙かったので、こうこうして、こんなに遠い国になってしまった。幼かった時、東国に連れて下っただけでも、心地も少し悪かったのに、これをやこの国に見捨てて惑うだろうと思う、人の国の恐ろしさにつけても、私の身一つならば、安らかでいられたろうに、所狭く引き具して、言いたい事も言えず、したい事もできないなどあるのが、わびしくもあることだと、心を砕いたのに、今は参って大人になっているのを、連れて下って、私の命も知らず、京の中でさすらうのは例の事、東国で、田舎人になって惑うのは、ひどいだろう。京でも、頼もしく、迎え取ってくれそうに思う類い、親族もいない。そうかといってわずかになった国を辞し申し上げるべきでもないので、京に留めて、長い別れで終わってしまうべきなのだ。京にも、そうしたい様にもてなして留めようとは、思い寄ることでもない』と、夜も昼も嘆かれるのを聞く心地は、花や紅葉の思いも皆忘れて、悲しく、ひどく思い嘆くけれど、どうしよう。

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底本:『新註更級日記』吉川秀雄著(精文館書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

大正15年(1926)吉川秀雄著『新註更級日記』(精文館書店)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、頭註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。