都出でて
君に逢はむ
心地しものを惜しかひもなく
別れぬるかな
都を出てあなたに逢う心地がしたものを、惜しむ甲斐もなく別れてしまうことよ。
発音の読み:みやこいでて / きみにあわむ / ここちしものお / おしかいもなく / わかれぬるかな
都出でて
君に逢はむ
心地しものを惜しかひもなく
別れぬるかな
都を出てあなたに逢う心地がしたものを、惜しむ甲斐もなく別れてしまうことよ。
発音の読み:みやこいでて / きみにあわむ / ここちしものお / おしかいもなく / わかれぬるかな
白妙の
涙路を遠く
行き交ひて我に似べきは
君ならなくに
白妙の〔衣の袖を濡らす〕涙の道を遠く行き交うて、〔私に〕似るはずの人は、あなたでなくてはならないのに。
発音の読み:しろたえの / なみだじおとおく / ゆきかいて / われににべきわ / きみならなくに
都へと
思ふもものは
悲しきは帰らぬ人の
あればなりけり
都へ〔帰る〕と思うと、何もかも悲しいのは、〔二度と〕帰らない人がいるからであることよ。
発音の読み:みやこえと / おもふもものわ / かなしきわ / かえらぬひとの / あればなりけり
あるものと
忘れつつなほ
亡き人をいづらと問ふぞ
かなしかりける
〔亡くなった子が〕いるものと思い、忘れようとしつつも、やはり亡くなった人はどこにいるのかと尋ねてしまうのが、悲しいことだ。
発音の読み:あるものと / わすれつつなお / なきひとお / いずらととうぞ / かなしかりける
惜しと思ふ
人や留まると
葦がものうち群れてこそ
われは来にけれ
〔私の〕別れを惜しいと思う人が、〔私が〕留まるのではないかと、葦のように群がり集まってこそ、私は〔ここまで〕来たのだ。
発音の読み:おしとおもう / ひとやとまると / あしがもの / うちむれてこそ / われわきにけれ
棹させど
櫓漕ぎ知られぬ
綿津見の深き心を
君に見るかな
棹をさしても、櫓を漕いでも分からない、海の神の深い心を、あなたの中に見ることだなあ。
発音の読み:さおさせど / ろこぎしられぬ / わたつみの / ふかきこころお / きみにみるかな
浅茅生の
野辺にしあれば
水もなき池につみつる
若菜なりけり
浅茅の生えた野辺に〔若菜が〕あるので、水もない池に摘み積んだ若菜であることよ。
発音の読み:あさちうの / のべにしあれば / みずもなき / いけにつみつる / わかななりけり
わりごを持たせて来た人 から わりごを持たせて来た人 へ
行く先に
立つ白波の
声よりも泣かれて泣かむ
我やまさらむ
行く先に立つ白波の声よりも、〔別れを惜しんで人々に〕泣かれて泣く私〔の声〕の方が、もっと勝るだろう。
発音の読み:ゆくさきに / たつしらなみの / こえよりも / なかれてなかむ / われやまさらむ
行く人も
留まるも袖の
涙川みきはのみこそ
濡れまさりけれ
旅立つ人も、残って留まる人も、袖は涙の川〔のよう〕である。その水際だけが、ことさら濡れまさっているのだろうか。
発音の読み:ゆくひとも / とまるもそでの / なみだがわ / みきわのみこそ / ぬれまさりけれ
照る月の
流るる見れば
天の川出づる湊は
海にざりける
照る月が〔海に〕流れるのを見ると、天の川が流れ出るという湊は、海であることよ。
発音の読み:てるつきの / ながるるみれば / あまのがわ / いづるみなとわ / うみにざりける
思ひやる
心は海を
渡れどもふみしなければ
しらずやありけん
思いやる心は海を渡るけれども、文を使わなければ、〔岸の人は私の心を〕知らないでいることだろうか。
発音の読み:おもひやる / こころわうみお / わたれども / ふみしなければ / しらずやありけん
見渡せば
松のうれごとに
棲む鶴は千代のどちとぞ
われも思ふべらなる
見渡すと、松の末ごとに棲む鶴は、千代の友というのだろう。私もそう思われることだ。
発音の読み:みわたせば / まつのうれごとに / すむつるわ / ちよのどちとぞ / われもおもふべらなる
まことにて
名に聞くところ
はねならば飛ぶが如くに
都へもがな
本当に、名に聞く所が羽であるならば、飛ぶようにして都へ〔行きたい〕ものだなあ。
発音の読み:まことにて / なにきくところ / はねならば / とぶがごとくに / みやこえもがな
世中に
思ひあれども
子を恋ふる思ひにまさる
思ひなきかな
世の中に思いはあっても、子を恋う思いにまさる思いはないことだなあ。
発音の読み:よのなかに / おもいあれども / こおこうる / おもいにまさる / おもいなきかな
雲もみな
波とぞ見ゆる
海人もがないづれか海と
言ひて知るべく
雲がみな波のように見える。海人がいてほしい。どれが海かを〔海人に〕言ってもらって知りたいものだ。
発音の読み:くももみな / なみとぞみゆる / あまもがな / いずれかうみと / いいてしるべく
立てば立つ
寝ればまた居る
吹く風と浪とは思ふ
とちにやあるらん
立てば立ち、寝ればまた居る、吹く風と浪とは、思うに友同士なのだろうか。
発音の読み:たてばたつ / ねればまたいる / ふくかぜと / なみとはおもふ / とちにやあるらん
霜だにも
置かぬ方ぞと
言ふなれど浪の中には
雪ぞ降りける
霜さえも置かない方だそうだが、浪の中には雪が降っている〔ように見える〕。
発音の読み:しもだにも / おかぬかたぞと / いうなれど / なみのなかには / ゆきぞふりける
水底の
月の上より
漕ぐ船の棹にさはるは
桂なるらん
水底にある月の上から漕いで行く船の、棹に当たるのは〔月の〕桂であるのだろう。
発音の読み:みなそこの / つきのうえより / こぐふねの / さおにさわるわ / かつらなるらん
かけ見れば
波の底なる
久方の空漕ぎ渡る
我ぞ侘びしき
ふと見ると、波の底である〔ように見える〕広々とした空を漕ぎ渡る私こそは侘びしいことだ。
発音の読み:かけみれば / なみのそこなる / ひさかたの / そらこぎわたる / われぞわびしき
磯振りの
寄する磯には
年月をいつとも分かぬ
雪のみぞ降る
磯振りの波が寄せる磯では、年月をいつとも区別できないほど、雪ばかりが降る。
発音の読み:いそふりの / よするいそにわ / としつきお / いつともわかぬ / ゆきのみぞふる
風による
浪の磯には
鶯も春もえ知らぬ
花のみぞ咲く
風によって立つ浪の磯では、鶯も春も知ることのない花ばかりが咲く。
発音の読み:かぜによる / なみのいそにわ / うぐいすも / はるもえしらぬ / はなのみぞさく
立つ浪を
雪か花かと
吹く風によせつつ人を
はかるへらなる
立つ浪を、雪か花かと、吹く風に寄せながら、〔波が〕人を惑わせるようであることだ。
発音の読み:たつなみお / ゆきかはなかと / ふくかぜに / よせつつひとお / はかるへらなる
青海原
ふりさけ見れば
春日なる三笠の山に
出でし月かも
広く青い海原を、遠く見渡すと、〔この月は〕春日の三笠の山に出た月であるのだろうか。
発音の読み:あおうなはら / ふりさけみれば / かすがなる / みかさのやまに / いでしつきかも
都にて
山のはに見し
月なれどなみより出でて
波にこそ入れ
都で山の端に見た月であるけれど、〔今は〕波から出て波にこそ入る〔月だ〕。
発音の読み:みやこにて / やまのはにみし / つきなれど / なみよりいでて / なみにこそいれ
猶こそ國の
かたは見やらるれ
わが父母ありとし思へば
かへらや
それでもやはり故郷の方は見てしまう、わが父母がいらっしゃると思うと、〔ああ〕帰りたいよ。
発音の読み:なおこそくにの / かたわみやらるれ / わがちちはは / ありとしおもえば / かえらや
我が髪の
雪と磯辺の
白浪といづれまされり
沖つ島守
〔心配で〕白くなった私の髪の雪と、磯辺の白波と、どちらが勝っているだろう、沖の島守よ。
発音の読み:わがかみの / ゆきといそべの / しらなみと / いずれまされり / おきつしまもり
漕ぎて行く
舟にし見れば
足引きの山さへ行くを
松は知らずや
漕いで行く舟の上から見ると、足を引きずるようにそびえる山までも〔一緒に〕行くように見えるが、松は〔それを〕知らないのだろうか。
発音の読み:こぎてゆく / ふねにしみれば / あしひきの / やまさえゆくお / まつわしらずや
波とのみ
一重に聞けど
色見れば雪と花とに
紛ひぬるかな
波だとばかり一様に聞いていたけれど、色を見ると、雪と花とに見間違えてしまうことだ。
発音の読み:なみとのみ / ひとえにきけど / いろみれば / ゆきとはなとに / まがひぬるかな
わたつみの
ちふりのかみに
手向けする幣の追ひ風
絶えず吹かなむ
海のちふりの神に手向けをする幣の追い風が、絶えず吹いてほしいものだ。
発音の読み:わたつみの / ちふりのかみに / たむけする / ぬさのおいかぜ / たえずふかなむ
追ひ風の
吹きぬる時は
行く船の帆て打ちてこそ
嬉しかりけれ
追い風が吹き抜ける時は、行く船の帆が〔風に〕打たれてこそ嬉しかったことだ。
発音の読み:おいかぜの / ふきぬるときわ / ゆくふねの / ほてうちてこそ / うれしかりけれ
日をだにも
天雲近く
見るものを都へと思ふ
道の遥けさ
日をだけでも天雲の近くに見る〔ことができる〕のに、都へ〔帰る〕と思えば、道の遥かなことよ。
発音の読み:ひおだにも / あまくもちかく / みるものお / みやこえとおもう / みちのはるけさ
吹く風の
絶えぬ限りし
立ちければ波路はいとど
遥けかりけり
吹く風が絶えない限り〔波が〕立ったので、波路はますます遥かであった。
発音の読み:ふくかぜの / たえぬかぎりし / たちければ / なみじわいとど / はるけかりけり
おぼつかな
今日は子の日か
海人ならば海松をだに
引かましものを
心もとないことだ、今日は子の日かどうか。海人ならば、海松をだけでも引くであろうものを〔私は引けない〕。
発音の読み:おぼつかな / きょうわねのひか / あまならば / うみまつおだに / ひかましものお
今日なれど
若菜も摘まず
春日野の我が漕ぎ渡る
浦になければ
今日であるけれど、若菜も摘まず、春日野の若菜も、私が漕ぎ渡る浦にはないので。
発音の読み:きょうなれど / わかなもつまず / かすがのの / わがこぎわたる / うらになければ
としころを
住みしところの
名にし負へば來よる波をも
あはれとぞ見る
長年住んだところの名を〔自分の名に〕負っているので、寄せて来る波までもいとしく見える。
発音の読み:としころお / すみしところの / なにしおえば / きよるなみおも / あわれとぞみる
玉くしげ
箱のうち浦
たたぬ日は海を鏡と
誰か見ざらん
玉櫛笥――箱の内浦が、〔波の〕立たない日には、海を鏡として、誰が見ないことがあろうか〔誰もが見るだろう〕。
発音の読み:たまくしげ / はこのうちうら / たたぬひわ / うみおかがみと / たれかみざらん
行く船の
綱手の長き
春の日をよそかいかまで
我は經にけり
行く船の綱手のように長い春の日を、よそかいかまで、私は過ごしてしまった。
発音の読み:ゆくふねの / つなでのながき / はるのひお / よそかいかまで / われわへにけり
詠み手(本文に明示なし) から 詠み手(本文に明示なし) へ
緒をよりて
甲斐なきものは
落ちつもる涙の玉を
貫かぬなりけり
緒を通しても甲斐のないものは、落ちてたまる涙の玉を貫くことができないのだ。
発音の読み:おおよよりて / かいなきものわ / おちつもる / なみだのたまお / ぬかぬなりけり
寄する波
打ちも寄せなむ
我が恋ふる人忘れ貝
ありて拾はん
寄せる波よ、〔忘れ貝を〕打ち寄せてほしい。私が恋い慕う人を忘れる貝があったら、拾おうと思う。
発音の読み:よするなみ / うちもよせなん / わがこうる / ひとわすれがい / ありてひろわん
忘れ貝
拾ひしもせじ
白玉を恋ふるをだにも
形見と思はん
忘れ貝は拾うまい。白玉〔である亡くなった子〕を恋うことだけでも、形見と思おう。
発音の読み:わすれがい / ひろいしもせじ / しらたまお / こうるおだにも / かたみとおもわん
手をひてて
寒さも知らぬ
泉にぞ汲むとはなしに
日ごろ経にける
手を浸して、寒さも知らない泉で、汲むということもないまま、日々を過ごしてしまった。
発音の読み:ておひてて / さむさもしらぬ / いずみにぞ / くむとわなしに / ひごろへにける
行けと猶
ゆきやられぬは
妹が産む小津の浦なる
岸の松原
「行け」と言われても、なお行きやってしまえないのは、妹が産む〔という枕詞で導く〕小津の浦にある岸の松原〔のためだ〕。
発音の読み:いけとなお / ゆきやられぬわ / いもがうむ / おづのうらなる / きしのまつばら
祈り来り
風間とおもふを
怪なくに鴎さへただ
波と見ゆらん
祈り続けてきた甲斐あって、風の凪ぐ間だと思って、疑いもなくいると、鴎さえもただの波と見えるのだろう。
発音の読み:いのりくり / かざまとおもうお / あやなくに / かもめさえただ / なみとみゆらん
今見てぞ
身をは知りぬる
住の江の松より先に
我は経にけり
今見て初めて自分の身を知ったことだ。住の江の松よりも先に、私は年を経てしまったのだ。
発音の読み:いまみてぞ / みおわしりぬる / すみのえの / まつよりさきに / われわへにけり
住の江に
船さし寄せよ
忘れ草忘るる心ありやと
摘みて行くべく
住の江に船をさし寄せてください。忘れ草を、忘れる心があるかどうかと、摘んで行くことができるように。
発音の読み:すみのえに / ふねさしよせよ / わすれぐさ / わするるこころありやと / つみてゆくべく
千早振る
神の心を
荒るる海に鏡を入れて
かつ見つるかな
荒々しい神の心を、荒れる海に鏡を入れて、たちまち見たことだなあ。
発音の読み:ちはやふる / かみのこころお / あるるうみに / かがみおいれて / かつみつるかな
いつしかと
いぶせかりつる
難波潟葦漕ぎそけて
みふぬきにけり
いつ〔出られる〕かと、気がふさいでいた難波潟で、葦の間を漕ぎ分けて、〔船の〕抜けて行くのを見たことだ。
発音の読み:いつしかと / いぶせかりつる / なにわがた / あしこぎそけて / みふぬきにけり
来と来ては
川の堀江の
水を浅み舟も我身も
なづむ今日かな
来ては来ては、川の堀江の水が浅いので、舟も私自身も、進み悩む今日であることだなあ。
発音の読み:きときては / かわのほりえの / みずおあさみ / ふねもわれみも / なづむきょうかな
疾くと思ふ
舟悩ますは
我ために水の心の
浅きなりけり
早く〔都へ行こう〕と思うのに舟が進み悩むのは、私のために、水の心が浅かったのだなあ。
発音の読み:とくとおもう / ふねなやますわ / わがために / みずのこころの / あさきなりけり
千代経たる
松にはあれど
いにしへの声の寒さは
変はらざりけり
千年を経た松ではあるけれど、昔の〔松を渡る風の〕声の寒々しさは、変わらないでいることだ。
発音の読み:ちよえたる / まつにわあれど / いにしえの / こえのさむさわ / かわらざりけり
君恋ひて
世を経る宿の
梅の花昔の香にぞ
なほ匂ひける
君を恋しく思うと、年月を経た宿の梅の花は、昔の香りのままに、今も匂っている。
発音の読み:きみこいて / よおふるやどの / うめのはな / むかしのかにぞ / なおにおいける
無かりしも
ありつつ帰る
人の子をありしも無くて
来るが悲しさ
〔もとは子が〕なかった人までも、〔子を連れて〕帰って来るのに、いた子さえなくして帰って来る〔私〕の悲しさよ。
発音の読み:なかりしも / ありつつかえる / ひとのこお / ありしもなくて / くるがかなしさ
さざれ波
寄する文をば
青柳の影の糸して
織るかとぞ見る
さざれ波が寄せる、その波の文様を、青柳の影を糸として織っているのかと見えることだ。
発音の読み:さざれなみ / よするあやおば / あおやぎの / かげのいとして / おるかとぞみる
久かたの
月におひたる
桂川そこなるかけも
変はらざりけり
久かたの月に沿って流れる桂川は、底にあるかけも変わっていなかった。
発音の読み:ひさかたの / つきにおいたる / かつらがわ / そこなるかけも / かわらざりけり
天雲の
遥かになりつる
桂川袖を干てても
渡りぬるかな
天の雲が、ずっと遠く広がる桂川は、袖をひたしても渡ってしまったことだなあ。
発音の読み:あまくもの / はるかになりつる / かつらがわ / そでおひてても / わたりぬるかな
生まれしも
帰らぬものを
我が宿に小松のあるを
見るか悲しさ
〔この家で〕生まれたのに帰ってこなかった〔亡き娘〕のことを思うと、我が家に小松があるのを見る、その悲しさよ。
発音の読み:うまれしも / かえらぬものお / わがやどに / こまつのあるお / みるかかなしさ