ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

土佐日記 / 第2場面

大湊の滞留と元日

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大湊の滞留と元日をもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

大湊に留まる年末から、若菜の贈り物に正月七日を迎えるまで。

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土佐日記・第2場面0 / 71
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二十八日、〔私たちは〕浦戸から漕ぎ出して、大湊を目指した。この間に、先の国守の子と山口の千岑が、酒やよいうまい物どもを持って来て、〔それらを〕舟に入れた。〔舟は〕進み進み、〔人々はその間〕飲んだり食べたりする。

二十九日、〔私たちは〕大湊に泊まった。医師が、ふりはへて、屠蘇と白散に酒を加えたものを持って来た。〔それは医師の〕心遣いがあるように思われた。

元日、〔私たちは〕相変わらず同じ所に泊まっている。ある者が、白散を夜の間のことだと思って舟の屋形に挿し挟んでおいたので、〔白散は〕風に吹き鳴らされて海に入ってしまい、〔私たちはそれを〕飲むことができなくなった。

芋もあらめも、歯固めの料理もない。〔ここは〕唐風のものがない国である。〔欲しいと〕求めたが、〔それは〕得られなかった。ただ、割れた鮎の口を吸うだけである。この〔鮎の口を〕吸う人々の口を、割れた鮎も知って〔いる〕と思えるようなことがあるだろうか。

今日は、京の霙までもが思いやられる(京では霙が降っているだろうと思われる)。〔京の〕この辺の門の、尻くめ縄や、なよしの頭、柊などは、どうなっているだろうかと、〔人々は〕言い合っていることだろう。

二日、まだ、大湊に留まっている。講師が、品物や酒を送ってくれた。

三日、〔気分は〕同じ心持ちである。もし、風波〔のためにしばらく滞在するうちに〕、ここを惜しむ心があるだろうか、〔この〕ところは頼りない。

四日、風が吹くので、〔外に〕出て立つことができない。まさつらが、酒のよいものを献上してくれた。このように、物を持ってくる人に対して、必ずしも〔返礼を〕するわけではなく、少し、わざわざ〔何かを〕させる者もいない。賑やかな様子であるけれど、〔馳走に〕負けるような心地がする。

五日、風波がやまないので、まだ、同じところにいる。人々が、絶えず、弔いに来る。

六日、昨日と同じである。

七日になった。同じ港にいる。

今日は、青馬〔の節会〕を思っても、かいがない。ただ、波の白いのが見える〔だけである〕。

こうしている間に、ある人の家の、池という名のあるところから、鯉はなくて、鮒をはじめとして、川のものも、海のものも、そのほかのものも、長櫃に、荷い続けて、送ってくれた。〔若菜は〕若菜籠に入れて、雉などを、花に付けて〔あった〕。若菜づけふを知らせた、歌がある。その歌は、浅茅の生えた野辺に〔若菜が〕あるので、水もない池に摘み積んだ若菜であることよ。

とても、趣がある。

この池というのは、〔池という〕場所の名前である。〔かつて〕身分のよい女が、〔その〕男に従って〔この地へ〕下って、住んだのである。この長櫃の品々は、皆の人々に、子どもにまで分け与えたので、〔人々は〕すっかり満ち足りて、舟の子どもたちは腹つづみを打って、海までも驚かして、波を立ててしまいそうである。こうして、この間に出来事が多かった。

今、割籠を持たせて来た人は、その名前は何だっただろうか、今思い出そう。この人は、歌を詠もうという心があってのことだった。あれこれと繰り返し言って、波が立つだろうことを心配して言って、〔その人が〕詠んだ歌、行く先に立つ白波の声よりも、〔別れを惜しんで人々に〕泣かれて泣く私〔の声〕の方が、もっと勝るだろう。

〔この人の〕持って来る品よりも、歌はどうであろうか。この歌を、あの人この人と〔人々は〕心を動かされながらも、ひとりも返歌をしなかった。帰るべき人も〔その中に〕交じっていたが、〔人々は〕この〔歌の場〕にだけ居たがって、物ばかり食べて、夜が更けてしまった。この歌の主は、「またまからず」と言って、立ち去った。

ある人の子である子どもが、ひそかに言う。「私が、この歌の返歌を作ろう」と言う。〔大人は〕驚いて、「とても面白いことだなあ。〔ぜひ〕詠んでくれないか。詠むことができるなら、早く言ってほしい」と言う。〔まからずと言って〕立ち去ろうとした人を、待て、詠もうと言って、〔歌を〕求めていたところ、夜が更けてしまったのだろうか、〔その人は〕とうとう帰ってしまった。

「そもそも、どのように詠んだのか」と、〔大人は〕不審に思って尋ねる。この子どもは、さすがに恥ずかしがって、言わない。無理に尋ねると、〔子どもが〕言った歌は、旅立つ人も、残って留まる人も、袖は涙の川〔のよう〕である。その水際だけが、ことさら濡れまさっているのだろうか。

〔子どもは〕そのように詠んだ。「このように〔見事に〕言うものだろうか」と〔大人は驚いた〕。子どもごとのことでは、いったい何ができようか。〔この歌は〕女や翁の作として押し付けるべきだ。悪くても、どうであっても、〔歌はできてしまった〕。

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底本:『国文講義土佐日記』池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]・国立国会図書館蔵 320-189。本文画像:所蔵機関の公開資料。

『国文講義土佐日記』(池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]、国立国会図書館蔵 320-189)の大字本文を原画像と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。