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土佐日記 / 第3場面

那波の泊まりから室津へ

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那波の泊まりから室津へをもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

八日に留まり、九日に那波の泊まりへ漕ぎ出し、十一日に室津へ至る。

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土佐日記・第3場面0 / 54
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八日、〔旅の〕支障があって、やはり同じ所にいる。今宵、月は海に入る。これを見て、業平の君の「山の端逃げて、入れずもあらなん」という歌を、〔人々は〕思い出す。もし〔業平が〕海辺で詠んだとしたら、波が立って遮るので、〔月は山の端に〕入れずにいるだろうと、詠んだことだろう。

今、この歌を思い出して、ある人が詠んだ歌は、照る月が〔海に〕流れるのを見ると、天の川が流れ出るという湊は、海であることよ。と〔詠んだ〕。

九日、朝早く、〔私たちは〕大港から那波の泊まりを離れようとして、漕ぎ出た。〔那波の泊まりを〕漕ぎ出〔し〕たり。あれこれ互いに、国の境のうちだといって、見送りに来る人が、数多くいる中で、藤原言實・橘季衡・長谷部行政たちは、〔前国守が〕御館から出ておいでになった日から、ここそこと〔付き従って〕追って来ている。

この人々こそ、心遣いのある人々であった。これらの人々の深い心遣いは、この海〔の深さ〕にも劣らないはずである。これから、今は〔そうした中を〕漕ぎ離れて行く。これを見送ろうということで、この人々は〔ここまで〕追って来ていたのである。

こうして、漕ぎ行く間に、海のほとりにとどまる人も、遠くなってしまった。船の人も、〔岸からは〕見えなくなってしまった。岸にも、言いたいことはあるに違いない。船にも、思うことはあるけれども、返答のしようがない。このようではあるけれども、この歌を、独り言として〔詠んで〕終わりにした。

思いやる心は海を渡るけれども、文を使わなければ、〔岸の人は私の心を〕知らないでいることだろうか。

こうして、〔私たちは〕宇多の松原を行き過ぎる。その松の数は、いくそばく(幾十本ほど)、いく千年経ったとも、分からない〔ほどである〕。〔松の〕根元ごとに波が打ち寄せ、枝ごとに鶴が飛び交い、面も真っ白で、見るに堪えないほど〔見事〕で、舟人が詠んだ歌。

見渡すと、松の末ごとに棲む鶴は、千代の友というのだろう。私もそう思われることだ。

このような様子を見ながら、漕ぎ行く間に、山も海もすべて暮れて、夜が更けて、西も東も見えなくなって、天気のことは、ただ、梶取の心に任せてしまった。男も、〔船に〕慣れていないのは、とても心細い。まして女は、船底に、頭を突き当てて、声ばかり上げて泣く。

〔私たちは〕このように思うけれども、舟子である梶取は、船歌を歌って、何とも言いようがない。その、歌う歌〔は〕。春の野で、そねをばなく、若すずきで手を切るくくと、摘んだ菜を、親がまほらん、姑が食べるだろう、かへらや。

昨夜の、うなる〔という者〕がいたらよいのに。銭を、乞いたい。嘘をついて、わきのり、わざをして、銭も、持って来ず、〔当の〕本人さえ、来ない。

〔歌は〕これだけではなく、ほかにも多いけれども、〔ここには〕書かない。これら〔の歌〕を人が笑うのを聞いて、海は荒れているけれども、〔私の〕心は少し和らいだ。こうして一日漕ぎ暮らして、泊まり〔の地〕に着いて、おきな人〔翁〕一人と、たらうゆ〔老いた女〕が、ある所の中にいて、気分が悪くて、物も召し上がらず、ひっそりとしていた。

十日、〔私たちは〕那波の泊まりに泊まった。

十一日、明け方に船を出して、室津を通り過ぎた。人々は皆まだ寝ていたので、海の様子も見えず、ただ月を見て、西と東とを知った。こうしている間に、夜がすっかり明けて、〔人々は〕手を洗い、いつもの事などをして、昼になった。

今、羽という所に来た。幼い子どもが、この所の名を聞いて、羽という所は、鳥の羽のようであるのかと言う。まだ幼い子どもの言うことなので、人々が笑っているところにいた女の子どもが、なんと、この歌を詠んだ。本当に、名に聞く所が羽であるならば、飛ぶようにして都へ〔行きたい〕ものだなあ。と〔女童は〕言ったそうだ。

男も女も、どうにかして早く都へ〔行きたい〕ものだと思う心があるので、この歌は、よい歌というわけではないけれども、もっともだと思って、人々は忘れない。この羽という所について尋ねた子ども〔の歌〕のついでに、また昔の人〔亡くなった子〕を思い出して、〔母は、その子を〕いったいいつの時に忘れるのだろうか〔と思う〕。今日は、なおさら、母が悲しむことは、〔土佐へ〕下った時に〔いたはずの子が今はなく〕人数が足りないので、古い歌に、数は足りないまま帰ることになるようだ、ということを思い出して、ある人が詠んだ〔歌〕、世の中に思いはあっても、子を恋う思いにまさる思いはないことだなあ。と〔その人は〕言い続けているそうだ。

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底本:『国文講義土佐日記』池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]・国立国会図書館蔵 320-189。本文画像:所蔵機関の公開資料。

『国文講義土佐日記』(池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]、国立国会図書館蔵 320-189)の大字本文を原画像と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。