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土佐日記 / 第9場面

帰京と結び

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帰京と結びをもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

十六日の夕方に京へ入り、荒れた旧宅で亡き娘を思い、日記を破り捨てようとことわる結び。

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土佐日記・第9場面0 / 46
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十二日、山崎に止まっていた。

十三日、やはり山崎に〔いる〕。

十四日、雨が降る。車を、京へ取りに〔人を〕やる。

十五日、今日、車が〔人を〕率いて来た。舟のむつかしさのために、舟から、〔ある〕人の家に〔移る〕。移る。この人の家は、喜んでいる様子で、もてなしてくれた。この主人の、また、饗応の立派なのを見ると、情けなく思われる。〔主人のもてなしに〕色々に、返礼をする。家の人の、言葉づかいや出入りは、憎らしくなく、威儀があって立派である。

十六日、今日の夕方、京へ上るついでに、見ると、山崎の棚にある小櫃の絵も、曲がったほらのかたも、変わっていなかった。売る人の心は知らないものだというようだ。こうして、京へ行く途中で、島坂で、もてなしを受けた。必ずしも、あるはずのないことである。〔京を〕立って行った時よりも、帰って来る時こそ、人は、あれこれ〔もてなして〕くれるのであった。これにも、それにも、返礼をする。

夜にして、京に入ろうと思うと、急ぎもしないうちに、月が出た。桂川を、月の明るさの中で渡る。人々が言うには、この川は、飛鳥川でもないので、淵も瀬もまったく変わっていなかった。と言って、ある人が詠んだ歌、久かたの月に沿って流れる桂川は、底にあるかけも変わっていなかった。また、ある人が言った〔歌がある〕。

天の雲が、ずっと遠く広がる桂川は、袖をひたしても渡ってしまったことだなあ。

〔京の〕家に着いて、門に入ると、月が明るいので、たいそうよく、様子が見える。聞いていたよりもひどく、言いようもないほど、こぼれ破れている。家を預かっていた人の心も、荒れてしまっていたのだった。中垣だけはあるが、一つの家のようなものなので、〔隣の人が〕望んで、〔家を〕預かってくれているのだ。だから、頼りにすることにつけて、〔贈り〕物も絶えず〔こちらに〕得させてくれた。今宵は、こういうことだといって、声高に物を言わせない。とてもつらく見えるけれど、〔こちらも〕志(心ばかりの礼)はしようと思う。

さて、池のように、くぼんで、水がたまっている所がある。〔その〕ほとりに、松もあった。五、六年の間に、千年も過ぎてしまったのだろうか。片枝は、なくなってしまった。今、生えている〔松〕が、〔それに〕交じっている。ほとんどすっかり、皆、荒れてしまったので、哀れだと、人々は言う。

思い出さないことがなく、思い恋しいなかでも、この家で生まれた女子が、〔皆と〕一緒に帰ってこなかったのは、どれほど悲しいことだろう。舟の人たちも、皆、子を抱いて、騒いでいる。こうしているうちに、やはり悲しみに堪えきれず、ひそかに、心の通じ合う人と、詠んだ歌、〔この家で〕生まれたのに帰ってこなかった〔亡き娘〕のことを思うと、我が家に小松があるのを見る、その悲しさよ。と〔いう歌を〕詠んだのだった。やはり、飽き足りなかったのだろうか、また、〔言うには〕。

遠く〔土佐で〕、悲しい別れをしてしまったことだ。

忘れ難く、口惜しいことは、多くあるけれど、〔書き〕尽くすことはできない。とにかく、かくもあれ、早く、〔この日記を〕送ってしまおう。

早く〔これを〕破り捨てよと、〔私は〕言われているのだ。

この作品の最後の場面です。土佐日記の一覧から、もう一度読みたいところへ進めます。

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底本:『国文講義土佐日記』池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]・国立国会図書館蔵 320-189。本文画像:所蔵機関の公開資料。

『国文講義土佐日記』(池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]、国立国会図書館蔵 320-189)の大字本文を原画像と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。