御伽草子「浦島太郎」 / 第4場面
別れと贈答歌
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あらすじ・人物・読み方
三年が過ぎ、父母を案じた太郎は三十日の暇を乞う。女房は正体が龍宮城の亀であることを明かし、開けてはならない筥を形見に授ける。二人は歌を贈答し、太郎は帰郷する。
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こうして面白いことごとに、心を慰め、栄華を誇り、明かし暮らし、年月がたつうちに、三年に及ぶほどにもなった。
浦島太郎が申したことには、私に三十日の暇をください。ふるさとの父母を見捨て、かりそめに出てきて、三年を送りましたので、父母のことが気がかりですから、お会いして、安心して戻ってまいりましょうと申したところ、
女房がおっしゃったことには、三年の間は、鴛鴦のふすまのゑたに比翼の契りをなし、片時もお見えにならないことなどあろうか〔と思っていました〕。このようであろうと心を尽くしてまいりましたのに、今別れたら、またいつの世にお会いできるでしょう。二世の縁と申しますから、たとえこの世ではあめまぼろしの契りでございましょうとも、必ず来世では、一つ蓮の縁とお生まれくださいと言って、さめざめとお泣きになった。
また女房が申したことには、今は何を包み隠しましょう。私は、この龍宮城の亀でございますが、ゑじまが磯で、あなたに命を助けていただきました。その御恩をお報い申し上げようと、こうして夫婦となりました。また、これは私の形見にご覧くださいと言って、左の脇から美しい筥を一つ取り出し、くれぐれも、この箱を開けてはなりませんと言って渡した。
会者定離のおらひのままに、会う者には必ず別れがあることは知りながら、止めがたくて、こう詠んだ。日数を数えて着重ねたこの世の旅衣。立ち別れながら、いつまた着て見ることができるでしょう。
浦島の返歌。別れて行く、うわのそらの唐衣。契りが深いのなら、まだ着て見ましょう〔また会いましょう〕。
さて浦島太郎は、互いに名残を惜しみながら、こうしてはいられないことだから、形見の箱を取り持って、ふるさとへ帰った。忘れられない昔のことを、たゆく先々のことまで思い続けて、はるかな波路を帰ることよ、と浦島太郎はこう詠んだ。かりそめに契った人の面影を、忘れることもできないこの身を、どうすればよいのでしょう。
底本:『御伽草子 後』今泉定介・畠山健校定、吉川半七、明治24年[1891](国立国会図書館蔵 913.49-O-I)所収「浦島太郎」。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治24年(1891)今泉定介・畠山健校定『御伽草子 後』(吉川半七、国立国会図書館蔵 913.49-O-I)所収「浦島太郎」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本は渋川版の本文を明瞭な字形で伝える明治の校定本で、通行字体・現行仮名へ写し、句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。