無名草子 / 第2場面
源氏物語を讃える
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あらすじ・人物・読み方
源氏物語への全面的な讃嘆。好きな巻々と女君たち、男君たちを挙げ、雲隠・六十巻の数え方、夕顔・葵の上の死、須磨の別れ、賀茂の神への祈り、紫の上の歌など、心を動かされた場面をたどる。
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それを思って朝夕おこないばかりをしつつ、すべて世には心も留まらない様子であった人にとてもよく見えました、などと言い始めて。さてもこの源氏を作り出したことは思いますが、この世に並ぶものなく珍しく思われます。まことに仏に申し願ったしるしでしょうかと思われます。それより後の物語は、思えば思うほどとても安っぽいものです。あれを才覚で作ろうとするなら、源氏に勝ったものを作り出す人がありましょう。わずかにうつほ、竹取、住吉などばかりを物語として見た心地。あれほどに作り出したのは凡夫のしわざとも思われません、などと言うと。また先の若い声で、「まだ見ておりませんのが口惜しいです。それを語らせてくださいませ。聞きましょう」と言うと、「あれほど多いものを、そらでどうして語り聞かせられましょう。本を見てこそ言い聞かせ申し上げられましょう」と言うと。「ただまずとおっしゃってください」と、ゆかしげに思ったので、げにこのような宵のつれづれを慰めるべきわざなど口々に言って、「巻々の中でどれが優れて心に染みてめでたく思われますか」と言うと、「桐壺に過ぎた巻がありましょうか。いずれの御時からと打ち始めたのから、源氏は初めのゆひの程まで、言葉続き・有様をはじめ、あわれに悲しいことがこの巻にこもっております。帚木の雨夜の品定め、とても見る心が多くあります。夕顔は、一筋にあわれに心苦しい巻であります。紅葉の賀・花の宴、とりどり艶におもしろい。言いようもない巻々であります。葵はとても哀れにおもしろい巻です。賢木・伊勢への御出立の程も艶にすばらしい。院がお隠れになった後、藤壺の宮がお帰りになる程などあわれです。須磨はあわれにすばらしい巻です。京をお出になる程のこと(次ページへ)。どもや、旅の住まいの程など、とてもあわれであります。おかしいのは浦より浦に浦伝いなさる程。また浦を離れて京へお向かいになる程。「都を出した春の嘆きに驚くでしょう。年を経た浦を分かれた秋」などがある程に、都をお出になったのは、どうしてもこうして死ぬべきではないので、また立ち返るべき物と思われけむに、思い慰みなさったこの浦はまた花にしかはと、限りに思し留めけむ程、物ごとに目が留まりなさったでしょう。理です。蓬生はとても艶のある巻であります。朝顔、紫の上の物思いなさるのがとても惜しいことです。十七の並の中で、初音・胡蝶などは面白くめでたい。野分(=玉鬘十帖の巻)の朝こそさまざま見どころがあって、艶におかしいことが多い。藤裏葉はとても心ゆき嬉しい巻です。若菜の上下ともにうるさいことどもあれど、とても多くて見どころのある巻です。柏木の右衛門督の死は、とてもあわれです。御法・幻、とてもあわれなことばかりの死をはじめ、中の君などとてもとても、などと口々に言うと。この若い人が、「めでたい女は誰々でしょうか」と言うと、「桐壺の更衣、藤壺の宮、葵の上のおれから心を用い、紫の上はさらです。おかしくも心憎くすばらしいと言うのです。またすばらしい女は朧月夜の内侍の上。源氏が流されなさるのも、この一人のゆえと思うと、すばらしいことです。「いかなる方に落ちる涙でしょう」と帝がおっしゃられた程なども、とてもすばらしい。朝顔の宮は、あれほど心強い人であるようです。世にあれほど思い留められながら、心強くてやみた(次ページへ)。なさる程。ひどく思われます。空蝉もその方はむやみに人柄が悪い。後に尼姿で交わり渡る。また心づきなしなどと言うと。「空蝉は源氏にはまことに打ち解けず、うち解けた様子。とりどりに人の申すのは、どんなことでしょうか」と言う人があると、帚木に言う、「何とて打ち解けなかったとは見えておりますものを、惜しい事を言い色えて申す人ども、もどきもどきで、仕え人の中にすばらしい」と。「このもしい人は、いはちる里。どれほどでもない顔・様子ながら、愛でたい人々に立ち交じって、さほど劣らぬ世の覚えで、まめ人の大将の子にしなごせられたのが、このもしくすばらしいことです」と言うと。また「まめ人をば養い君にしてございましょう。あれほど愛でたかった葵の上の御腹の君も、どうして人柄の悪い後の親をば儲けなさるべきか」とて、ひどく腹立たしげに見えるので、誰もうち笑った。また「末摘花はこのもしいと言うけれど、憎み合わせなさるけれど、大弐の誘いにも心強くなびかず、死に返り昔ながらの住まいを改めず、ついに待ちつけて深い蓬の元の心をとて開け入りなさるのを見る程は、誰よりもめでたく思われます。見目より始めて何事もなのめである人のためには、あれほどの事がすばらしいはずもありません。その人柄では仏にならむより有り難い救いの世にはおりません。六条の宮す所(御息所)は、あまりに物の怪に出られるのが恐ろしいけれど、人柄がすばらしく心憎く、このもしくあります。御子の中宮も我から心用いなど、すばらしく心憎い人の中にも、また世に聞こえつべきかななどと思われること。ねましいのは源氏の弟のあま(次ページへ)。
りにもてなしてくださるのが心づきないでしょう。玉鬘の姫君こそ、このもしい人とも聞こえつべきでしょう。見目形をはじめ人柄・心ばえなど、とても思うようによい人でいらっしゃる上に。世に取ってとりどりにいらっしゃる。弟たち二人ながら左右に親で、どちらも軽からず数えられている程、とてもあらまほしいこと。その身ではただ内侍の上で、冷泉院などにお思い時めかされ、でなければ年来心深く思い渡る兵部卿宮の北の方などであられたらよかったでしょうに。とても心づきない髯黒の大将の北の方になって、隙間もなく守りいさめられて、あれほどめでたかった夕顔のゆかりも取ることなく、あまりにほこりがに差が差がしくて、この世にこういう親の心はなどと言えるのは、あの人の御様にはふさわしくなく思われます。また筑紫下りもあまり品が下って思われます。けれど大方の人はこのもしい人です。とても惜しい人。紫の上は限りなく偏に愛しく、惜しくない人があるでしょうか。夕顔こそますます惜しい。母にも似ずすばらしい人のために持たれた、その身のありさまにはさらでもあり得たでしょう。このような恨む人は、ただ跡方の君。むやみに艶ある様子とぞ見えましたが、何となくおざなくとても惜しい人に思(次ページへ)。染めてした人です。内の中の宮こそますます惜しい。初めはそれほどにも思われませんでしたが、兵衛卿の宮がまめ人の婿になって、物思いしげなのがとても惜しいのです。ましてこれほどで、かけ離れなむなどと言うのは、見たたびに涙が今にもこぼれそうに思われます。女三宮こそとても惜しい人と言いつべきですが、袖を濡らせどやひぐらしのと詠んで、月を待ってもと言うなるものを、などある程は、とても心苦しいのを。あまりに言う甲斐のないものから、さすがに色めかしい所のおわするのが、心づきないのです。このような人は一筋に込めかしく、覚えどきたればこそうらやましい。あさましい文が衰えに見えても、その御心のしわざぞ賢い。覚えどき聞きを、さかしらに心苦しげなことどもを言い止めて、しいてその返しを出でんとぞ思さるべきを、さかしらに心苦しげなことどもを言い止めて、しいてその返しを出でんとぞ思さるべきを。手習いの君こそ、憎いものとも言いつべきです。人さまざま、身を一様ならず思い乱れて。鐘の音の絶える響きに声を添えて、私の世は尽きたと君に伝えておくれ。と詠んで身を捨てたことこそ、とても惜しい。兵部卿の宮の御事と聞きつけて、薫大将が、「涙越ゆる頃ども知らすゞ末の松待つらむとのみ思いけるかな」とおっしゃったのを、所違いであろうとて、結びながら返した程こそ、心が勝ります。また例の人が、「男の中には誰々がおられますか」と言うと、「源氏の大臣の御事は良し悪しなど定めるのも、とてももったいなく傍ら痛いことなので、申すに及びませんが、そうでなくとも思われる節々が多くあります。お(次ページへ)。法華山の弟は、若い頃より互いに隔てなく、慣れ睦び交わして、雨夜の御物語をはじめ。一緒に大内山は出てきたけれど、行方を見せない十六夜の月よ。と言った。また源内侍の佐のもとで、立ち貫いておどろき聞こえた様子のことは、言い尽くすべくもありません。何事よりもあれほど難しかった世の騒ぎにも障らず、須磨の御旅住まいの程をお尋ねまいりなさって、あの大臣の女御と言い右にしなさる。とても心憂い御心です。絵合わせの折、須磨の絵二巻を取り出して、あの女御を負けになさったなど、繰り返し口惜しい御心です。ただ須磨へおわする程、あれほど心苦しげに思い入りなさる紫の上も具し聞くことは、せめて心を澄まして一筋に行い勤めなさるべきかと思う程に。明石の入道が無事にあって、日暮し琵琶の法師と向かいいて、琴を弾き澄ましておわする程、むやみに思い所がありません。またさまざまであった御事も静まって、今はそういう方に定まり果てなさるかと思う冬の末に立ち返って、女三の宮を迎えて、若やぎなさるだにつきないのに。衛門督(柏木)のことを見現して、あれほど落ちはばかり参らなかったものを、しいて召し出て、とかく言い紛らわし、果てには睨み殺しなさった程、むやみにけしからぬ御心です。すべてこのような方に連続やかな御心をおくれなさった程が思われます。兵部卿の宮は、さしてその事の良し悪しなどを覚えない人の、源氏の大臣の御腹からとても多い中に、とりわけ御仲が良くて。
何事もまず聞こえ合わせなさる。とても心憎いことです。玉鬘の御事をお知りにならない。むやみに心をくれた。大内山の弟ととても良い人です。まして須磨へお尋ねになった程など、繰り返しめでたい。まめ人をひどくわびさせたこと、恨めしいけれど、その理でしょうか。なでりなく思い弱って、許す程などは、とてもよくせられためれ。まめ人の大将は若い人ともなくあまりにうるわしだちたるのは騒々しいけれど、連続やかな方は弟に勝りなさる。さまざま聞こえる事どもにもなびかず、藤裏葉で心が解けなさるのを心長く待ちつけなさった程がありがたい。女でさえそうとはどうしてかと思われます。そうしてとても思うように住み果てなさった世の末になって、よしなき落葉の宮を迎えて、まめ人の名を改め、様子が変わりなさるのが思いがけないことです。柏木の衛門督は、初めよりとても良い人です。岩もる中将などと言われた程より、藤裏葉の裏解けした程なども、最もおかしからしい人の、女三宮の御事を、あれほど命に代えるほど思い入れけむのがもどかしい。諸共に見てまつりなさったけれど、まめ人はまあと心おどりしてこそ思っていたのに、あれほど心にしめけんのがとても心おどりします。紫の上をわずかに見て、野分のおした眺め入りけむまめ人こそ人柄が悪げなのが、あれほどもあるべきかと思われます。その弟の紅梅の大納言という人、因ふたきがあり、高砂を謡った時よりはじめ、弁少将などと言って、藤裏葉で足掻き謡った程なども、とても高かかりした人の、源氏などがお亡くなりになって、末の世に取りなきしま(次ページへ)。の香ばりとでも言うのか、薫大将が帝の御婿になるのを妬んで、つぶやきなどし歩く程こそ心づきない。匂う兵部卿宮は、若い人のたわばれた程は、それのみこそと言うのに、けしからぬ程に色めき好きなさる様子がふさわしくない。紫の上に取り分けなさったゆえ、二条院にお住まいなのがとても哀れです。薫大将は、初めより終わりまで、そうでなくとも思う節が一つも見えず、繰り返しめでたい人であるようです。まことに光源氏の御子でおられるだけで、母宮の物はかないことを思うにはあるべくもなく、紫の御腹などならば、とてもありがたくこそ、などと言うと。また人が、「そうは言っても、けじかくまめまめしげな方は劣った人でしょうか。浮舟の君、すもりの中の君などが、兵部卿宮に思い劣しなさるのが口惜しい」と言うと、また「それは大将の咎ではなく、女の責めていろなる心の様が良くないゆえです。すもりの君は心憎い人の様子なので、匂う桜に薫る梅とこそ着ておりました。あわれにも愛でたくも、心に染みて思われさせなさる節々をおっしゃってください」と言うと、「とてもうるさい、よく深さかななんと」と、笑い笑い。「哀れなのは、桐壺の更衣の死の程、帝が嘆かせなさる程のこと。長恨歌の女も思いしかしぎりがあれば、筆が及ばなかったでしょう。尾花の風に靡いたよりはなよひかに、撫子の露に濡れたよりは、らうたく懐かしい御様は、花鳥の色にも音にもよそうべき方がないのです。
「尋ね行く幻もがな、伝えてむ玉のありかをそこど知るべく」と燈火を掲げ尽くして、眠るとなく眺めおわしますなどあるのに、何事も残りの六十巻は皆推し量られました。また夕顔の死の程のことも、空にうち曇って風が冷ややかなのに、ひどく眺めて。見た人の煙を雲と詠めば、夕べの空も睦まじいことよ。と詠んで、まさに長き夜などうちずしなさる所。葵の上の死の程のこともあわれです。御わざの夜、父大臣が闇に迷いなさるなど、終わりにあわれです。萎める御衣を奉り替えようとて、我先だたましかば、深く染めなさるでしょうなどと思って。限りがあるので薄墨衣は浅いけれど、涙が袖を淵と成しける。とお詠みになる所。また風が荒らかに吹き、時雨がうちしける程に、涙も争うこと閉じて、雨となり雲とやなったでしょう。今は知らずと独り言ちになる時に、頭中将が参って。「見た人との雨となり、時雨に掻き暗すかな」とある所。また可愛がりなさる童の、風見の装束が並べてよりも濃くて、ひどく湿りしめって侍るのを、とても哀れに思って取り分け可愛がりなさったので、私をそう思うべきだと慰めなさると、ひどく泣いて御前に侍る所など、とても哀れです。また御忌みが果てて、君もお出ましになり、日頃侍っていた女房どもが、めいめいお体に、などとて、めいめい別れを惜しむ所、ひどく哀れです。またお書きになった御手習いどもを驚き見て、泣きなさり(次ページへ)。などするのも、すべて哀れなことです。須磨の別れの程のことも、葵の上の故里に参り申して、おわして。鳥部山の燃える煙に紛れるかと、蛍の塩焼きを恨みにぞ行く。とある所。また鏡台に御自ら向きなさるとて御覧になると、とても面やせた影が、我ながら清らなのも哀れに思われて、この影のように世に侍ろうとて。身はこうして流離っても、君のあたりを去らない鏡の影は離れてしまった。と聞こえなさると、紫の上は涙を一目受けて身を起こして。別れても影だけでも留まる物ならば、鏡を見ても慰みましょうに。とある所。また賀茂の下の御社の程で、神に参り申そうとて。浮き世をば今ぞ別れる。と言い残す名をば糺の神に任せて。とある所。またお出ましになる丘月(?)、紫の上。惜しくない命に代えて、目の前の別れをしばし留めてほしい。とおっしゃったこと、とても人柄が悪い。何の人数にもならない花散る里でさえ。月影の宿れる袖は狭くとも、留めても見たい、飽かぬ光を。と聞こえなさるようです。また浦にお着きになって、渚に寄る波の返るのをご覧になって、うらやましいとうちずむじて眺める。空は同じ雲間に、とある所。また心づくしの秋風に海は少し遠いけれど、行平のそちの関が緩むと浦の涙がとても近く聞こえて。(次ページへ)
底本:『群書類従 第11輯』塙保己一編(経済雑誌社、明治27年[1894])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
明治27年(1894)塙保己一編『群書類従 第11輯』(経済雑誌社)所収「無名草子」の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、標題行・振り仮名・割注は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。