紫式部日記 / 第3場面
御産養の日々
あらすじ・人物・読み方
三日・五日・七日・九日の御産養の儀式と、居並ぶ女房たちの装束の見事さ。十月、水鳥の歌や小少将の君との時雨の歌の贈答がある。
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〔若宮が〕三日におなりになる夜は、宮司や大夫をはじめとして、御産養いを仕え奉る。右衛門督は御前のことを、沈の懸盤や銀の御皿など詳しく見る。源中納言と藤宰相は御衣、御襁褓、衣箱の折立、入帷子、包覆、下机などを、同じことの同じ白さであるけれども、仕方に人の心それぞれが見えながら仕え尽くしていた。近江守は、大方のことを仕え奉るのだろう。東の対の西の廂は上達部の座で、北を上座として二行に〔並び〕、南の廂の殿上人の座は西を上座である。白い綾の御屏風を母屋の御簾に添えて、外側に立て渡してあった。五日の夜は殿の御産養いで、十五日の月が曇りなく趣深いので、池の汀近くに松明を木の下に灯しながら、閉門の番人たちを立て渡す。怪しい賤しい男がさえずり歩く様子までも、色節に立ち顔である。主殿が立ち渡っている気配も、怠らず昼のようであるところに、ここかしこの岩陰や木の下ごとに群れて座っている上達部の随身のような者たちまでも、それぞれ語り合うにふさわしいことは、このような世の中の光〔若宮〕がお生まれになったことを、賭けにいつかと思っていたのも、老い顔にこそ〔表れる〕。〔皆が〕なんとなく微笑んで心地よさそうであることよ。まして殿の内の人は、どれほどの数でもない五位たちなども、なんとなく腰を屈めて行き違い、忙しそうな様子で時に逢った顔つきである。
御物を参らせるといって、女房八人が一色に装束して、髪を上げ白い元結をして、白い御盤を持って続いて参る。今宵の御賄いは中宮の内侍で、たいそう重々しく鮮やかな様子で、本結いが映えた髪の下がり端は、常よりもあってほしい様子で、扇に外れた傍らの目なども、たいそう清らかであったことよ。髪を上げた女房は、〔次のとおりである〕。
源式部は加賀守景好の娘、小左衛門は故備中守道ときの娘、小兵衛は左京守あきまさの娘、大輔は伊勢の祭主輔親の娘、大うまは左衛門大夫よりのぶの娘、小うまは左衛門佐道のぶの娘、小兵衛は蔵人なりちかの娘、小木工は木工丞平ののぶよしと言った人の娘である。
容貌などが趣ある若い人ばかりで、差し向かって座り渡っていたのは、たいそう見る甲斐があった。例では御膳が参るといって髪を上げることをするのだが、このような折といって、ふさわしい人々をお選びになったのを、心憂い、ひどいと嘆いて泣くなど、甚だしいほどに見た。
御帳の東表二間ほどに、三十余人が座り並んでいた人々の気配こそ、見ものであった。威儀御膳は采女たちが参らせる。戸口の側に、御湯殿の隔ての御屏風に重ねて、また南向きに立てて、白い御厨子一双を参らせて据えてあった。夜が更けるままに月に隈がないところに、采〔女が…〕。〔采〕女、水司、御髪上たち、殿司、掃司の女官が、顔も知らないほど〔大勢〕座っている。開司などのような者だろうか、粗略に装束して化粧しながら、おどろの簪を公々しい様子にして、寝殿の東の渡殿の戸口まで、隙もなく押し込んで座っていたので、人も通ることができない。御膳が参り終わって、女房は御簾のもとに出て座っていた。火影にきらきらと見え渡る中でも、大式部のおもとの裳と唐衣に、小鹽山の小松原を縫った様子がたいそう趣深い。大式部は陸奥守の妻で、殿の宣旨である。大夫の命婦は唐衣には手も触れず、裳を銀の泥絵にして、たいそう鮮やかに大海に摺ったのは、際立たないながらも目安である。弁の内侍の裳に、銀の洲浜に鶴を立てた仕方が珍しい。縫い物も松の枝の齢を競わせたもので、心遣いが才気立っている。少将のおもとはこれらには劣るというのに、銀箔を人々が付け競う。少将のおもとというのは、信濃守すけみつの妹で、殿の古くからの人である。その夜の御前の有様が、たいそう人に見せたいほどだったので、夜居の僧が伺候する御屏風を押し開けて、「この世にこれほどめでたいことは、また見ることはありますまい」と言ったところ、「ああ畏れ多い」と本尊を置いて、手を押しすりして喜んだ。
上達部は座を立って御階の上に参りなさる。殿をはじめ申し上げて攤を打ちなさる。紙の争いがたいそう〔…〕。〔紙の争いが〕甚だしい。歌々がある。女房が、「杯などがある折に、どのように言ったらよいでしょう」などと、口々に思い試みる。
珍しい光が差し添う杯は、〔この〕持ちながらこそ千代をも巡るであろう。四条大納言に差し出そうとするほど、歌をその道のものとして、声遣いや言い延べ方などを囁き争ううちに、事が多くて夜がひどく更けたからだろうか、特に〔杯を〕差さずにお退出なさる。禄は上達部には、女の装束に御衣、御櫃などが添えてあったのだろう。殿上の四位は十一襲、六位は袴一具が見えた。またの夜は月がたいそう趣深く、時節までも趣あるので、若い人は舟に乗って遊ぶ。色々な折よりも、同じ様に装束した様子は、髪のほどく曇りもなく見える。小大夫、源式部、宮木の侍従、五節の舞、右近、小兵衛、小衛門、うま、やすらひ、いせ人などが、端近く座っていたのを、左宰相中将と殿の中将の君が誘い出して、右宰相中将兼隆に棹をささせて、舟に乗せなさる。一方は滑り留まって、さすがに羨ましいのだろうか、外を見出しながら座っていた。たいそう白い庭に月の光が合わさった様子は、容貌も趣あるようである。北の陣に車が数多くあるというのは、上〔高位〕の人々であった。藤三位をはじめとして、侍従の命婦、藤少将の命婦、うまの命婦、左近の命婦、筑前の命婦、近江の命婦などが、聞こえていた。
詳しく見知らない人々なので、間違いもあろうかと、舟の人々も惑い入ってしまった。殿が出てお座りになって、思うことのない御様子で、もてはやして戯れなさる。贈り物も品々にお与えになる。
七日の夜は、朝廷の御産養いで、蔵人少将道雅を使者として、品々の数を書いた文を、柳〔の箱を〕宮に入れて参らせた。すぐに〔文を〕お返しになる。勧学院の衆たちが歩みして参っている。見参の文もまた〔天皇に〕奏上する。〔それを〕お返しになる。禄もお与えになるはずである。今宵の儀式は格別に優れて、たいそう大げさに騒ぐ。御帳の中を覗き参ると、このように国の親ともて騒がれなさるのに、麗しい御様子にもお見えにならない。少し思い悩んで面やせして、お休みになっている御有様は、常よりもか弱く、若く美しい。小さい燈籠を御帳の内にかけたので、隈もないところに、ますます御色合いの底も知れず清らかであるのに、こんもりとした御髪は、結って増やさせなさる仕業であったと思う。書こうとするのもたいそう恐れ多いので、書き続けることができない。大方の方々のことは、一日の〔例と〕同じように、上達部の禄は御簾の内から、女装束や中宮の御衣などを添えて出す。殿上人は、頭二人を始めとして順々に取る。公の禄は大桂、傘、腰差などで、例の公家様であるらしい。御乳母を仕え奉った橘三位の贈り物は、例の女の装束に織物の細長を添えて、銀の衣箱や包みなどもそのまま白いのだろうか。また包み〔…〕。〔包ん〕だ物を添えてなどと、聞いていた。詳しくは見ていない。八日、人々は色々に装束を着替えた。
九日の夜は、東宮の権大夫が仕え奉りなさる。白い御厨子一具を参らせて据えてあった。儀式はたいそう様子が違って今風である。銀の御衣箱は海部を打ち出して、蓬莱など例のことではあるけれども、今風に細かく趣あるのを、取り離しては真似し尽くせるものでもないのがよくない。今宵は、表が朽木形の几帳で、例の様子で、人々は濃い打物を上に着ていた。珍しく奥ゆかしく艶やかに見える。透けた唐衣どもに、つやつやと押し渡して見えたのを、また人の姿もはっきりと見えさせられた。こまのおもとという人が、恥を見た夜である。
十月十余日までも、〔中宮は〕御帳をお出にならない。西の側の御座に夜も昼も〔殿が〕伺候なさる。殿が夜中にも明け方にも参りなさりながら、御乳母の懐を引き探させなさると、打ち解けて寝ていた時などは、何の心もなくぼんやりして驚くのも、たいそういとおしく見える。心もとない御様子を、自分の心を慰めて、支えて慈しみなさるのも道理でめでたい。ある時は無理なことをしかけ申し上げなさったのを、御紐を引き解いて御几帳の後ろで乾かさせなさる。「ああ、この宮の御しと〔小水〕に濡〔れて…〕」「れるのは嬉しいことだなあ。この濡れたものを乾かすことこそ思うようである心地がする」と、〔若宮を〕喜ばせなさる。中務の宮あたりの御事を御心に入れて、そちらの心寄せのある人と思って語らせなさるのも、本当に心の中は、思い続けていることが多かった。
行幸が近くなったといって、殿の内をいよいよ造り磨かせなさる。世に趣ある菊の根を探しながら、掘って参る。色々に移ろったものも、黄色いのが見どころあるものも、様々に植え立てたものも、朝霧の絶え間に見渡したのは、本当に老いもしぞきそうな心地がするのに、どうして、まして思うことの少しも並大抵でない身であったなら、風流にふるまって若やいで、無常な世をも過ごすだろうに。めでたいことや面白いことを見聞きするにつけても、ただ思いかけていた心の、引く方だけが強くて物憂く、思わずに嘆かしいことが増えるのがたいそう苦しい。どうして、今はなお物忘れしてしまおう、思い甲斐もない。罪も深いなどと、明け立てば物思いにふけって、水鳥たちが思うこともなく遊び合っているのを見る〔と、こう詠んだ〕、水鳥を水の上とよそに見ようか、私も浮いた世を過ごしながら。あれもそのように心を慰めて遊ぶと見えるけれど、身はたいそう苦しいのだと、思いを寄せられる。小少将の君が文をよこした返事を書くのに、時雨がさっと掻き曇らせたので、使いも急ぐ。また空の〔…〕。〔景色が〕そわそわと騒がしくなってきたので、出来の悪い歌などを書き交ぜてしまったのだろうか、〔あたりが〕暗くなってきたので、〔舟から〕戻ってきて、ひどく霞んだ濃染めの紙に、雲の切れ間もなく眺める空もすっかり暗くなって、どのように堪えている時雨なのだろうか。〔自分が今〕書いたであろうことも覚えていない。
底本:『紫式部日記』長連恒校註(国民図書、昭和4年[1929])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
昭和4年(1929)長連恒校註『紫式部日記』(国民図書)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、頭註・傍註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。