ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

紫式部日記 / 第6場面

五節の舞姫

あらすじ・人物・読み方

十一月の五節。舞姫たちの装束と立ち居への感慨が綴られ、内大臣への日陰の草子の戯れが語られる。

原文の一節を選ぶと、発音の読みと現代語を確認できます。読むだけでは音は出ません。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示設定

音声設定

紫式部日記・第6場面0 / 81
原文の一節を選ぶか、「次の一節」で読み始めます。

原文・発音の読み・現代語

現代語で読む

五節〔の舞姫〕は二十日に参上する。侍従宰相に、舞姫の装束などを遣わす。右宰相中将が、五節に鑾を申し出られた。〔装束を〕遣わすついでに、箱一双に薫物を入れて、心葉、梅の枝をして競って聞こえた。急に営む常の年よりも、競い合った評判があるので、東のお前の向かいの立蔀に隙もなく〔簾を〕張り渡しながら、灯した火の光が、昼よりもみっともないほどなのに、歩み入る様子どもは、あきれるほどつれない事だと思っても、人の上の事とは思えず、ただこのように、殿上人の真正面に向き合い、紙燭を差さないばかりだよ。屏風を引き覆いやろうとするけれど、大方の様子は同じように見られるだろうと思い出すと、まず胸がふさがる。業遠朝臣の傳〔付き人〕は、錦の唐衣が、暗い衣の中でも物に紛れず珍しく見える。衣がちで、動きも嫋やかでなく見える。殿上人は心とりわけ大切に扱う。こちらに上〔中宮〕もお渡りになって御覧になる。殿〔道長〕も忍んで遣戸から外にいらっしゃるので、心に任せられずうるさい。中清のは、丈なども等しく整い、とても雅かに心憎い様子で、人に劣らないと定められる。右宰相中将のあるべき限りのことは皆してある。樋洗の布〔が…〕〔樋洗の布が〕取り整えた様子は、賢そうだと、人々が微笑むのだった。最後に藤宰相の思いなしに、今風で心が違う。傳〔付き人〕が十人いる。また廂の御簾を下ろして、こぼれ出た衣の褄ども、したり顔に思っている様子どもは見所がまさって、火影に見え渡る。寅の日の朝、殿上人が参上する。常の事だけれど、月頃田舎びてしまったのか、若い人たちが珍しいと思っている様子である。それなら摺れた衣も見えないよ。その夕方、春宮亮を召して薫物を賜る。大きな箱一つに高く入れさせなさった。尾張へは、殿〔倫子〕がお遣わしになった。その夜は、御前の試みとかで、上〔中宮〕にお渡りいただいて御覧になる。若宮がいらっしゃるので、うち巻き騒ぐ。常と違う心地がする。物憂いのでしばらく休み、様子に従って参上しようと思って座っていたところ、小兵衛、小兵部なども炭櫃のところに座って、「とても狭いので、はかばかしく物も見えません。」などと言うほどに、殿〔道長〕がいらっしゃって、「なぜ、このように出過ぎて座っているのか。さあ一緒に。」と責め立てさせなさり、心にもなく参上した。舞姫どもがどれほど苦しいだろうと見えるのに、尾張守だけが、心地悪がって寝てしまったのは、夢の様に見えるものだなあ。事が終わって〔舞姫たちを〕下がらせなさった。この頃の公達は、ただ五節所の趣深い事を語る。「簾の縁、輪額まで各自に変わって、出た頭つき、もてなしの様子などまで、さらに通わず、様々に…」〔様々に〕あるのだ。」と聞き苦しく語る。こうでない年でさえ、御覧の日の童の心地どもは、おろそかでないものを、ましてどうなるだろうなど、心もとなく気になるのに、歩み並びながら出てきたのは、わけもなく胸がつぶれて気の毒なことである。それなら、とりわけ深く心を寄せるべきあたりもないことよ。私もとても、それほど人が思って、差し出した事なので、目移りしながら、劣ったり勝ったりはっきりとは見分けがつかない。今風の人の目にこそ、ふと物の区別も見取れるのだろう。ただこのように曇りのない昼中に、扇もしっかり持たせず、多くの公達が立ち交じっているのに、それでもあり得る身のほど、心持ちがよいと言いながら、人に劣るまいと争う心も、どれほど臆するだろうと、わけもなく傍らで痛々しく、頑ななことよ。丹波守の童の、青い白橡の汗衫を、趣深いと思ったのに、藤宰相の童は、赤色を着せて、下仕の唐衣に青色を押し返して着せたのは、妬ましいほどだ。童の形も、一人は、とても完全には見えない。宰相中将は童がとてもすらりとして、髪どもも趣深い。みな濃い袙で、表着は各自それぞれである。汗衫は五重である中に、終わりは、ただ葡萄染を着せてある。なかなか由々しく心ある様子で、物の色合いや艶などとても優れている、扇を取ろうとして六位の蔵人どもが寄るのに、心と泣かれるほど、優しいものだから、女ではないかと見える。私たちを彼のように出る様子だとしたら、またそれでも様〔子は…〕〔私たちが〕さまよい歩くばかりだろうよ。このようにまで立ち出ようとは思いかけたか〔いや思いかけなかった〕。しかし、目に見えず、浅ましいものは、人の心であるので、今から後の面目なさは、ただ馴れに馴れ過ぎて、すっかり面になっても易いだろうと、身の様子を夢のように思い続けられて、あるまじき事にまで思いかかって、恐ろしく覚えるので、目に留まることも例がなかった。

侍従宰相の五節の局は、宮の御前をただ見渡すばかりである。立蔀の上から香に聞く簾の端も見える。人の物を言う声もほのかに聞こえる。「あの女御の御方に、左京、馬という人が、とても馴れて交わっている。」と、宰相中将が、昔見知って語りなさるのを、ある夜、あの搔籾〔身づくろい〕のところにいた、東であったという、左京と源少将も見知っていたのを、物の縁で、伝え聞いた人々が、「趣深くもあったなあ。」と言いながら、「さあ知らない顔ではないだろう、昔心憎く立ちて見慣らした内裏あたりを、このような様子で出て立てるだろうか。」隠そうと思うだろうのを現そうという心で、御前に扇どもが数多く控える中に、蓬莱作りのを特に選んだのは、心配りがあるはずだ。〔彼女が〕見知っただろうか〔いや見知らないだろう〕。箱の蓋に広げて、日陰〔鬘〕を丸めて、そら色の櫛どもや白い物を、たいそう丁寧に結い添えてある。「少し定まり過ぎなさったあたりで、櫛の反り様が、なおなおしい。」と君達がおっしゃると、今風の様子が悪いほどに、褄も合わせ〔…〕〔手紙を〕そらして眺めまわし、黒方〔の硯〕を押し回して、二日ほど前に尻先を切った白い紙一重に、竪文〔縦書きの文〕にした。大輔を主として〔宛てて〕、書きつけさせる。大勢いた豊の宮人たちが、さし分けて〔立つ〕白い日陰を、しみじみと見たことだ。〔中宮の〕御前では、「どうせなら風流な様にして、扇などもたくさん〔用意なさい〕」とおっしゃるけれど、「大げさすぎるのも、事の様子にふさわしくないでしょう。わざわざ〔人を〕遣わすのでは、ひそかに様子をお見せになるべきでもございません。これは、このような私事でございます」と申し上げて、顔が知られていない局の人を使って、「これは中納言のお手紙、女御殿から左京君に差し上げます」と、声高に置いてきた。引き留められたら見苦しいだろうと思うところへ、走って来て女の声で「どこから入ってきたのか」と尋ねたのは、女御殿の〔女房〕だと疑いなく思われる。これといって耳に留まることもなかった日頃なのに、五節が過ぎてしまったと思う内裏あたりの様子は、急に騒々しい。小忌の日の夜の調楽は、実に趣があった。若々しい殿上人などは、どんなにか名残惜しく退屈なことだろう。高松の小君たちまでが、このたび〔中宮が〕お入りになった夜からは、女房に付き添われ、聞くまでもなく行き来なさるので、とてもきまりが悪いことよ。〔年齢が〕定まり過ぎたのを効能として、こうして隠れている。五節が恋しいなどとも特に思わず、〔私は〕休んでいて、小兵衛などが、その裳の裾を汗衫にまつわりつかせて、〔次ページへ続く〕〔裳の裾をまつわりつかせて〕小鳥のようにさえずり戯れておられるようだ。

任意の復習へ

底本:『紫式部日記』長連恒校註(国民図書、昭和4年[1929])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

昭和4年(1929)長連恒校註『紫式部日記』(国民図書)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、頭註・傍註は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。